17.交流
「それじゃ後は頼むよ」
借り物の馬車に乗り込んだクロエが、ローズ以下のクランメンバーにそう言い残して出発する。
同行するのは侍女役のノイアと、御者兼護衛兼補佐役のクランメンバー二名。両名ともA級の凄腕である。あまり使用されない【水晶宮殿】の制服を着用して、良い意味で冒険者らしくない。役割的に上流階級出身者を選んだためもあるだろう。
「制服なんてあったんだな」
「やば、あたしの放置しすぎて虫食ってるかも」
クロエを見送った後、各クランメンバーはあらかじめ指示されていた通り配置につく。
配置と言っても簡単なものだ。まず正面玄関は、昼の間は施錠して防衛機構を発動させたうえで、来訪者には玄関前に配置したメンバーで対応する。夜にはそれも引き上げて完全に引き籠る予定だ。
そして主要メンバーは、武装の上でラウンジで待機する。
現在ラウンジで待機中のメンバーはローズを含め八名。他に玄関に一名、クランハウス二階の自室で休んでいる交代要員が数名となる。
彼女らの指揮を執るのはローズである。
「で、なんでフラムがここにいるんだ?」
ラウンジで各々がくつろぎ、マリーが忙し気に飲み物を給仕して回っている中、我関せずとふわふわと漂っているフラムにローズが問いかける。
ここ数日ですっかりクランに溶け込んでいたフラムは、メンバーの間でベルやマリーと同じポジションの存在と認識されていた。要するに一種のマスコット扱いである。
なお、フラムが宙を浮いていることには、未だに誰一人疑問を持った様子はない。
「さくばんは、おたのしみ? でしたね?」
「……何のことだ」
若干心当たりのあるローズは思わず目を逸らす。
「二人も仲良くなる。佳き哉、佳き哉。フラム、充実した、生を送ってる。実感?」
「……お前まさか覗いてたのか?」
「みてないよ。感じたのだ」
逆さまになりながら両手を広げて、むふぅーとどや顔になるフラム。
何言っているのかいまいち分からないが、まともに相手をするのが間違いかと諦めるローズ。
そこに一人のメンバーが自分の傍らに近づいてきたのに気づく。
「ところで、なんであんたが指揮官な訳?」
「……カインか」
【水晶宮殿】の古参クランメンバーにして、A級冒険者のカインだ。男名であるが女性である。
ロイズの頃はクランの中では比較的親しくしていたメンバーの一人であるが、ローズになってからはほぼ初対面である。
そのカインが座っているローズを傍らから見下ろしていた。不満げな表情を隠しもせずに。
女騎士然とした長身、釣り気味で少しきつく見える目元、少しくすんだ金髪をポニーテールにして背中まで流している。クロエやエリザベートを見慣れているローズでも、美女と評す容姿をしている。ただし綺麗と言うより凛々しいとか格好良いと言われそうであるが。
防具は胴体がブリガンダイン、片や手足を革鎧としている。防御より早さを重視した装備と言える。武器は長剣でそれを杖にように床に突いて、その柄に片腕を乗せている。その容姿と、立ち居振る舞いの雰囲気から、若い女性に受けそうな女剣士だ。
睨みつけてくるカインの目を見返しながら、ローズは彼女の経歴を思い出す。
騎士家の生まれだが、どうしても男子が欲しい父親により男名をつけられ、半ば男として育てられたという変わり種だ。幼少期において、その育成方針は本人の性格には合っていたようだが、十二歳の時に弟が生まれたことでそれも終わる。
父親が正気に戻ったのだ。
『あー、やっぱり女に剣術とかありえないよな、今日からは女らしく振舞っていいぞ?』
グレた。
母親も娘の教育方針については、それまで夫に対してさんざん不満を言い募っていたのだが、夫の娘に対するそのあまりの言い草に、とうとうキレて夫をボコボコに殴りながらこう叫んだそうだ。
『教育方針として一本筋を通すならともかく、そんな簡単にやめるようなものなら、最初からやるな、この猪野郎!』
結果、殊更頑迷でも傲慢でもなく、政治的野心もなく、娘にはむしろ負い目すら感じていた父親は、政略結婚などは求めず、自由に生きて良いとのお墨付きをカインに与えることになった。
グレた娘はそのまま冒険者として鬱憤を晴らすように暴れまわり、結果として実績を積み上げ、才能があったようでついにはA級に到達する。
冒険者活動の初期には男だと思われていたそうだが、年頃になって女らしい体つきを隠せなくなってきたころに、それによる様々なトラブルを経験することになり、疲れ果てたころに【水晶宮殿】に加入する。当年とって二十五歳、独身。恋人募集中。ただし、誠実で包容力があり経済力もあり女性を対等に扱い嫌らしい目で自分を見ない人に限る。つまり理想が高すぎて(以下略
ちなみに自分を拾ってくれたクロエの信奉者である。
そんなクランの有力メンバー(人望あり)が自分の指揮に疑問をぶつけてきている。ローズとしてはこれは無視できないことだ。
「なんでと言われてもな」
「クロエ様が指名なさった以上、あんたも相応の実力は持ってはいるんだろう? だが、俺たちはそれを見てもいない」
「……」
周囲を見渡すと似たようなことを思っているのが、困惑しているクランメンバーの顔がちらほら見える。残りは無関心。例外は心配そうに見てるユキと、何を考えているのか笑っているマリアくらいか。
確かに実力を知らない者に命を預けるのが、心もとない思いがするのも分かる。だが冒険者なら臨時の編成で見知らぬ者と連携を強いられることなど日常茶飯事だ。殊更騒ぐものとも思えない。
にもかかわらずこのような行動をとるということは、つまりカインの個人的な意趣であると同時に、これが現在のクランメンバーの最大公約数的な思いを代表してのことだということだろう。
一か月前の盗賊ギルドとの抗争、その原因がローズだったということも影響しているかもしれない。
「交流をさぼっていたツケが出たか」
ローズとしてメンバーとの交流が欠けていたことには自覚がある。しかしローズも突然性別と種族が変わって、メンバーにどう接すべきか迷いがあったのだ。元々さほど交流があったわけでもない、と言うのもある。
とはいえ、その様な事情はローズ側の都合でありカインには関係ない。そしてカインにそれらを弁明するには、話せないことが多すぎる。
「どうすべきか」
ローズが悩んでいると、傍らで漂っていたフラムが正面に回り込む。
「フラム、いい考えある」
「ん?」
先ほどと同じようなどや顔で、自身のアイディアを開陳するフラム。
「ここはやっぱり、力試しの模擬戦が定番。死力を尽くして戦う二人。紙一重の決着。お互いの健闘を称えて芽生える友情。そして恋」
「なんでだよ。特に最後」
こてりと首を傾げるフラム。
「ダメ?」
「そんなことをやってる暇はない」
ところでカインを無視して話をしているように見えるが、実のところローズやクロエとフラムとの会話は、他者にはほとんどスルーされることがこれまでの実験で明らかになっている。
その副作用というべきか、フラムと会話している間はあたかも一時停止でもしていたかのように、他の者との会話を保留できるのである。理解しがたい現象であるが、今のローズには都合が良かった。多少なりども時間稼ぎになっているからだ。もっとも時間を稼いでも大して良い考えは浮かばなかったのだが。
ため息をついていると、カインの口から予想外の名前が飛び出してきた。
「はぁ、まったくロイズさんならまだしも」
「なんでそこでロイズが出るんだ?」
「ん? あんた、ロイズさん知ってるんだ? ならわかるだろ?」
「??」
先ほどまでの隔意のある態度だったものが、突然親しげに肩を叩かれてローズは首を傾げる。
「落ち着いた雰囲気で、理知的で、気遣い上手で、世話焼きで、相手が女でも対等に扱ってくれて、旅先とかでは逆に良い意味で性別の違いを理解してくれて……」
「あー、あの人良いよね」
「女側の口に出しにくい都合にもよく気が付いてくれて、それでいて押しつけがましくもなくて助かるわ」
「人の体をいやらしい目で見ないし」
「結構お金もため込んでるらしいよ」
「おいおい、どこ情報だよそれ」
集まってきたクランメンバーの口から、次々と浴びせられる自分に対する評価や賛辞。皆ローズがロイズであることなど想像もしていないため、遠慮なく本音を口にしてくるのだ。それが分かってローズは思わず赤面する。
「それほど交流はなかったはずだが、そんなに評価されてたのか……」
「ロイズさんって実は、結構俺の理想の男性に近いんだよね」
「え!?」
カインのその告白のような言葉に慌てるローズ。
「クロエ様の思い人でなければなぁ」
「あー、それねぇ」
「クロエさんはなんで……」
「やっぱ種族の壁が……」
「クラマスが男なら、むしろ遠慮なく愛を語れたでしょうに……」
一部おかしなことを口走っている者もいたが、それよりも聞き捨てならないことがある。
「えーと、クロエがロイズを思ってるって、みんな知ってたのか?」
「そりゃねぇ」
「本人は隠してるつもりみたいだけどさぁ、バレバレだよね。あっはっは」
カインが大笑いしながらローズの肩をバシバシ叩く。
「ロイズさんの方も、普段は女性をむやみにじろじろ見ないくせに、クロエ様だけは思わず!って感じで目で追っちゃっててさ」
「そうそう。すぐに気が付いて誤魔化そうとするのが可愛くって」
「誤魔化し下手だよねぇ」
「さっさとくっつけば良かったのに、まさかあのまま引退でさよならなんてね」
「え、ロイズさんって男が好きなんじゃないの?」
「ん? 両方おーけーってこと?」
やはりおかしなことを言っているのは無視するとして、ローズは自分の恥ずかしい行動がバレバレだったことを知って、背中に冷や汗をかく。そしてまたもや聞き捨てならないことが。
「えーと、つまり、ロイズがクロエの事を思ってるのも?」
「うん、バレバレだね。知らないのって新参メンバーと、クロエ様とロイズさん本人くらいじゃない?」
「マジかぁ……」
自分の思いが全然秘められていなかったことが発覚し、思わず頭を抱えるローズ。
そして、予想外に他人からはそのことについて好印象を持たれていたことに驚愕する。
年齢差(ただし見た目のみ)で諦めていたというのに、自分のこれまでの葛藤は一体何だったのか。
そこまでバレバレなら、さっさと告白しておけば良かった。思わず出来もしないことで後悔してしまうローズであった。
「そういやロイズさんって、ココにはあんまり立ち寄らないくせにマメな人だったよね、季節毎に差し入れとかお土産とかもってきてくれて」
「そうそう。なんかコネがあるのか知らないけど、なかなか買えないものくれるんだよね」
「やっぱ対人関係は、こまめな気づかいだな」
「それならローズさんも大丈夫じゃない? 加入直後に差し入れくれたし」
その言葉に驚くカイン。
「え! 俺貰ってないけど……」
「あの頃、あんた丁度長期依頼でいなかったじゃない」
「ローズ・カフェのショコラケーキ、あれマジでおいしかったぁ」
「ええー!! あの幻の……、俺食ったことないのに……、ってひょっとしてローズって関係者なのか?」
若干焦り気味のカインが、挙がった店名とローズの名が一致することについて疑問を口にする。
「いや、名前の一致は偶然だよ。名前を覚えてもらうのに丁度いいかなと思ってね。ちょっとコネもあったし」
「ほー」
カインが感心したように頷く。
「よし、ならローズ・カフェで一杯奢れ。それで認めてやらんでもないぞ」
「まぁ、それくらいなら……」
「えぇー! ずっる、それパワハラじゃん」
「平然とパワハラするゲスな先輩。略してゲスパイ」
「うっさい、これは正当な交流ってやつよ」
「はは……」
先ほどの険悪な雰囲気は何だったのか。ローズは一瞬そう思いかけたが考え直す。ある程度予定調和だったのかもしれないと。
カインはそれなりに気の利く女性であるし、そもそもあまり細かいことは気にしない質だ。それが敢えて突っかかってきたのはやはりそういうことなのだろう。ローズと言う新参者に思うところがあるメンバーも、古参のカインが認めるならばと納得する者も多いはずだ。
カインからアイコンタクトと、にやりと意味深な笑顔を向けられてそれを確信する。
急な展開で準備不足が否めない所をうまく助けられた形だ。
「借りができたかな」
一度メンバー全員を招待して、ローズ・カフェあたりを貸し切りしてお茶会でも開かねばならないだろう。想定される出費を計算したローズの顔に苦笑いが浮かぶ。
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