15.反省と対応
ノイアがマグカップを各々の前に置く。
今食堂にはクロエ、ローズ、ノイアの三人だけが残っている。他の者は特に出来ることもないため、自室に戻らせた。
ちなみにマリーとフラムとついでにマリアは、騒ぎにもかかわらず起きてはこなかった。
「ホットミルクです。ハチミツを入れてます」
マグカップを手に取ろうとして、ローズは自分の手がいまだに震えていることに気づく。
「ん? もしかして怪我してる!?」
慌てるクロエに力なく首を振るローズ。
「いや、かすり傷だけだ」
治療済みの頬を指した後、震えていた右手を掴んで、深く、長く、深呼吸する。
「……完全に負けていた。多分クロエに助けられなければ死んでいた」
「え」
「そんな馬鹿な」
思わぬ言葉に驚くノイアとクロエ。
「今のローズはA級、ことによるとS級に届くレベルに達していると私は見ているよ? 魔導人形ごときに後れを取るはずがないよ」
戦闘用魔導人形の最大の欠点は、戦闘力が製作者の設計通りにしかなりえないことだ。そして戦闘行動は単純労働とはわけが違う。
仮に製作者が練達の戦士だったとしても、高度な戦闘パターンを作り出し、魔導人形に組み込むのは至難の業だ。ましてやS級冒険者に届かんとしているローズを圧倒する戦闘力を与えるなど、非現実的とすら評せる。
もしそれを成そうとするならば、戦闘パターンの作成とは全く異なるアプローチが必要だろう。それはもはや歴史に残る偉業だ。
「私も信じられないが、間違いないと思う。いや、むしろ良い教訓になった。最近は調子に乗りすぎていたことを自覚できた」
笑って言うローズだったが、少々無理をしているのは自分自身はもちろん、二人にも明らかだった。
「それより、この襲撃が誰によるものなのか、そしてその目的は何なのかの方が大事だ」
「うーん」
話題転換を受け入れる意味で、クロエが腕を組んで唸る。
「最近の心当たりと言えば、盗賊ギルド。それにレオン王国かな」
「盗賊ギルドはないだろう。今更蒸し返す意味がない。それにあちらから忠告もあったしな」
「忠告?」
「死臭のする奴がうちのことを嗅ぎまわっていたらしい。雰囲気の死臭ではなく、本物の死臭の方を」
「なにそれ、アンデッド? 魔導人形関係ないじゃん」
「そうなんだよなぁ」
ローズもホットミルクを一口飲みこんで、考え込む。
「レオン王国も考えにくいだろう。何か知らないけどこれから交渉するってのに襲撃なんて」
「脅し、とか?」
「脅す意味がないと思うよ」
クロエはノイアの思い付きを否定する。
「そもそもレオン王国とエリザベートさんの因縁、交渉したいことって何なんですか?」
「う、実は怒って追い返したから、議題聞いてないんだよね」
「おい……」
「でも大体予想はできてる、というか他にないし」
「というと?」
「あー、私も当事者じゃないからそれほど詳しくはないんだけどね。おそらくは……」
かつてのレオン王国とエリザベートとの戦闘行為は少々複雑な経緯を辿って発生している。
元々はレオン王国とその縁戚であった帝国諸侯エステル伯爵との間で起こった紛争だったのだが、当時エステル伯領に客分として滞在していたエリザベートが、それに巻き込まれたのだ。
結果としてエステル伯爵家は全員が死亡もしくは行方不明、レオン王国の王族もその多くがエリザベートに殺害され、最終的には貴族間の紛争ということで帝国政府により裁定されている。無論、紛争の名分も勝敗もエリザベート有利としての裁定だ。
妥結した和平条件の主な項目は次のようなものだった。
◎継承者が居なくなったエステル伯爵位及びその遺領はエリザベートに与えられる。レオン王国はそれを承認する。
◎レオン王国はエステル伯領への領土請求を永久に放棄する。
◎レオン王国はエステル伯爵位の請求を永久に放棄する。
等々、以下賠償や細々とした条件が続くが、レオン王国にとって非常に重い条件が以下の二つだ。
◎レオン王国の王族、官吏、軍人は、今後エステル伯領の通行を認めない。
◎エステル伯領はレオン王国との輸出入関税を任意に設定できる。
仲の悪い貴族同士では実質的に相手の領地を通行できないという例はあるが、条約として明文化されるのは極めて異例だ。これはその紛争の最初にレオン王国が普遍的に認められている国内通行権を悪用した奇襲を行ったのを原因としている。
また関税についても異例だ。帝国では国内の領地間関税は双方の交渉と合意によって、それもごく低い規定の税率以下とすることを帝国政府から求められている。これは形式上は要請であるが、実質的には命令であり国法に等しい。それに対して、『任意』すなわち一方的に関税を設定できるという条件を帝国政府が黙認したのは、一種の特例といえる。
「レオン王国は地理的にエステル伯領を通れないと、帝都との行き来がものすごく遠回りになるんだよね。関税も常識外れの高率で設定されててね。どちらも解除、もしくは緩和して欲しいはずなんだけど」
「けど?」
「エリザベートが意地悪でね。絶対拒否してる。統治を代官任せにして行方をくらませてるくせにね。
しかも長期の行方不明で死亡認定が出ないよう、定期的に生存証明になることしてるらしいんだよね。まぁ死亡認定されると、仮の継承者の私に爵位が回ってくるから、私からするとそれはそれで困るんだけど」
「領主としてどうなんだそれは……。代官は勝手に解除できないのか?」
「絶対ダメって厳命されてるんだって。板挟みになってて可哀そうだよね」
ローズとノイアが顔を見合わせる。エリザベートをそこまで怒らせるとは一体何をやったのだろうかと。
だが、今そこは論点ではない。
「そうだとすると余計にレオン王国の可能性はないだろう。泣きつきに来た相手を脅すとか、間違いなく逆効果だ」
「だよねぇ。よっぽどのバカでない限り脅しはない。バカの可能性もあるけど」
「それはまぁ……。だが、結局良く分からないな。
とりあえず犯人が誰かは置いておくとして、当面をどうする?」
「一応私が結界を補強するのと、しばらくはここに籠城かな。すまないが主要メンバーのお出かけは当面禁止で」
「仕方ありませんね」
不満気なクロエとノイアだったが、ローズとしては心の準備をする余裕ができて内心ほっとしていた。
「あと、こちらからも探りを入れよう」
「探り?」
クロエは得意げに自分の案を開陳する。
「当然、レオン王国さ。
可能性は低くとも、とりあえずの第一容疑者ではあることに間違いはない。向こうから申し入れてきた交渉にさっさと応じて、反応を見てみようじゃないか」
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