幕間・暗室

 オーディル代官邸の客間。そこを短時間で改装した昼なお暗い室内で、ひとりの佳人が手ずから燭台に火を灯していく。

 黒い髪、黒い瞳のあまり印象に残らない容姿。まずます整った容貌であるが、その顔にはまるで感情が感じられず、まるで人形のような印象を受ける。

 落ち着いた色とデザインの日常着用のドレスを纏ったその立ち居振る舞いは、ある程度年齢を重ねた高位貴族女性を思わせるが、顔立ちは見た目十代にしか見えない。

 いくつもの燭台に火が灯され室内が十分に明かるくなると、満足したように作り物めいた微笑を浮かべて振り返る。


「それで、エリザベートの姿は確認しましたか?」

「は、それがやはり不在であると……」

「その目で確認したのですか?」

「いえ、流石に家探しするわけにもいかず……」

「そうですか」


 その返答に気にした風もなく、佳人は侍女の引いた椅子に座る。

 侍女が淹れた紅茶を手に取り、香りを楽しむ。

 長い沈黙。佳人が僅かにたてる衣擦れの音のみが室内にかすかに響く。

 その間、ルアール子爵は直立不動で声掛かりを待つ。緊張のあまり背中に薄っすら汗が浮かぶが、表情には出さぬよう、浅くゆっくりを呼吸を整える。

 佳人はそんなルアールの内心を知ってか、思惑の見えない瞳を彼の胸のあたりに向けたまま、紅茶をゆっくりと楽しむ。

 十分に味わったか、ようやくカップをソーサーに戻し、問う。


「黒髪のエルフというのは?」

「エクロリージェ殿下が申されますには、無関係の者とのことです」

「……良いでしょう。仮にその者をエリザベートと見做します」

「体格も異なるようですが?」

「アレならば、どうとでもなります。髪の色も、体格をも。ただし種族の偽装はアレにも難しいはずです。魔力の質が人族とは異なりすぎますからね」

「ですが」


 異見を差し挟もうとしたルアールを、ことさら作った微笑で遮る。


「良いのです。本人ならばそれで良し、違うのならばそれもまた良し」

「は……」


 その赤い眼をルアールの目に合わせ、言い聞かせるように言葉を重ねる。


「エクロリージェを会談中引き離している間に、終わらせる算段を整えなさい」

「……かしこまりました」

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