13.レオン王国の申し入れ
翌朝の【水晶宮殿】クランハウスでは、早朝からノイアとクロエに捕まったローズが、両腕を二人に抱えられながら外出の準備をしていた。と言っても両腕を取られているので、二人の成すがままなのだが。
「そんなことしなくても流石に逃げないぞ」
「そんなこと言いながら、ダンジョンに何度逃げたんだい? 君は」
「信頼度ゼロですよね」
この一か月でローズが揃えた数着の外出着を、あーでもないこーでもないと組み合わせるノイアとクロエ。
アクセサリーを含めても組み合わせパターンは限られるというのに、なぜここまで真剣に議論できるのか、感覚がいくらか女性化した気がしていたローズでも未だについていけない領域だった。
三階の食堂スペースを使って姦しい三名(マイナス一名)と、それを無表情で眺めるフラム、微笑んで眺めるマリー。
そこに入ってきたベルが呆れ顔で、開きっぱなしの扉をコンコンとノックする。
「お楽しみのところ申し訳ありませんが、……ちょっと厄介な客が来てんだけど」
「こら、ベル、言葉遣い途中であきらめるな」
「少々厄介なお客さまがいらしてらっしゃるんですがね」
「あんま変わってない」
客となればクランマスターであるクロエが対応すべきだが、今日のクロエはアポなしの客に対応する気はさらさらない。
「アポイントを取り直せって言っといてよ」
「いや、それが今回の来訪自体がアポイントらしいんだよね」
「ん?」
そう言いながらベルから差し出された、二枚の封書を受け取る。
「コーズ伯――代官の紹介状と……レオン王国全権の会談申し込み? ……エステル伯宛てぇ!?」
「そのような方は居りませんが、って言ったら、エリザベートのことらしいじゃん」
「……今居ないって言っておいて」
「言ったよ。そしたら“ほーてーそうぞくにん”の“エクロリージェでんか”に代行して欲しいって。でんかって何?」
「……そんな人居ない」
「それも言った。クロエの事らしいじゃん。『必ず返答を受け取るようにと申し付けられております。申し訳ありませんが待たせて頂きます』だって」
「……はぁ、これ逃げれない案件かぁ。なんでこんなタイミングで……。応接室にお通ししておいて」
「はいはい、承知致しました」
クロエの指示を受けたベルが、最後だけ丁寧に礼をして一階へ戻る。
話についていけないローズとノイアが、頭を振るクロエを不思議そうに見つめる。
「エクロリージェ?」
「殿下?」
気まずそうにクロエが目を逸らす。
「もうちょっと先に話すつもりだったんだけど……」
クロエはしばらく躊躇った後、意を決して口を開く。
「エクロリージェってのは私の本名ね。殿下の方は……まぁエルフで女王の血縁は結構居るので……つまり、そういうことで」
「本名……」
「クロエさんが王族……?」
しばしショックを受けるローズとノイア。
「そういえば……、婚約書類もやけにたくさんサインさせられたな」
「文字がエルフ文字で読めませんでしたよね」
「名前のサインもやけに長いなとは思ってた。『クロエ』の二~三倍くらいあった気がする」
「そこら辺も追々……ね?」
焦るクロエが、恐る恐るローズの方を見る。隠していたことに後ろめたいものがあるのだろう。
「まぁ、元々S級冒険者にしてクランマスターなんて、冒険者の王みたいなものなんだから、追加で何か出てきても今更気にしないさ」
「……本当?」
「本当だ。それより待たせてるんじゃないか?」
「あー、気が進まないけどね。ごめん今日は一緒に行けないかも……」
「明日も……その会談とかになるのか?」
「いや、こういうのは慣例やらなんやら色々あるんだけど、申し込みされた翌日とかに即対応とかはしないんだ。余程親密なら別だけど今回は親密の逆だし。なんで明日は大丈夫! 多分」
「なんか面倒そうだな……」
「すっごく面倒だよぉ……」
とぼとぼと歩いて応接室へ向かうクロエを見送くると、ローズとノイアは顔を見合わせる。
服選びと言う空気でもなくなったため、一旦ソファーに落ち着いてマリーに紅茶を頼む。
「明日も逃げないでくださいね」
「流石に逃げないよ」
ノイアが釘を刺すのに苦笑いで答える。
部屋の隅でそれらの様子を(性懲りもなくふわふわ浮いたまま)眺めていたフラムが、不満そうな顔をする。それに気づいたマリーはそのフラムを引っ張って行って、ソファーに座らせる。
「むぅー、なんか変なのが横入りしてきた?」
「変なのですか?」
フラムの口にクッキーを放り込みながらマリーが尋ねる。
「もぐ……、今日は贈り物イベントのはずだったのに」
「そうですねぇ」
同行予定だったマリーも不満そうだった。
「まぁ、一日延びるだけだろう」
本当にそうだろうか?
不安な予感が頭によぎるローズだった。
―――――
「それで、態々相手の身分を暴くような真似までして何のつもりか」
「は……」
ルアール子爵を名乗る使者が直立不動のまま口ごもる。
彼に冷や汗を流させている相手――クロエは不機嫌さ隠さず、傲岸不遜な態度で上座で足を組んでいる。身分の差もさることながら、単純な力の差が明らかであり、それを隠そうともしていないクロエの発する威圧感が彼を委縮させていた。
だが彼の方も委縮してばかりもいられないのだ。勇気を振り絞って職務を遂行すべく口を開く。
「会談の内容につきましては、詳細は当日説明させていただく予定であります。本日の段階でご質問があれば、可能な限りお答えするようにと申し付けられており……」
「そうではない。こちらはわざわざ偽名を使って市井に出ているのだ。それを知ったうえで私の名前を出した事、その影響やそれによるこちらの被害についてどう考えているのか、ということだ」
「は……」
ルアールとしては上役から命じられて、返答を持ち帰るよう言われただけで、クロエ側の事情の正確なところなどは知る由もなかったのだ。
相手側の事情を考慮せず不快感を与えたことは失態と言えば失態かもしれないが、レオン王国側としては元々選択肢はあまりない。やむを得ない所であったのだが、立腹している相手に、それも会談を申し入れている立場からそう反論するのは下策だ。かと知って安易に失点と認めてはレオン側を不利にしかねない。返答に窮するところだった。
「まぁいい。貴殿はあくまで使者だ。ここでそれを追求するのも拙い。会談とやらで申し開きを聞くとしよう」
「では」
「会談とやら、受けるとしよう。……内容も大体想像がつく。日程については後日こちらの都合を連絡する」
応接室に備えられた書類棚から羊皮紙を取り出し、その場で『受諾』と『日程は後日連絡する』とだけ書きなぐり、するすると丸めて蝋で封をする。
最後に魔力を込めた指輪で封印すると、優雅な手振りでルアールに投げ渡す。完全に礼儀を逸しているが、所作がそれを感じさせない。
飛んできた封書を慌てて受け取ったのを確認すると、有無を言わせず手を振って退出を促す。
控えていたベルが扉を開いたところで、ルアールが恐る恐るクロエに確認する。
「あの、エステル伯は……」
「叔母上は不在だ。今どこに居るかも知れん」
「エルフの方が滞在していると伺いましたが」
「残念ながら無関係の別人だ」
「そうでしたか……」
ルアールはそこまで聞くと諦めたように退出する。
クロエはソファーに行儀悪く座りなおして、軽く握ったこぶしを顎に当ててしばらく考え込んだ後、首を振ってため息をつく。
「はぁ」
ルアールを見送ったベルが応接室に戻ってきて、だらけた格好のクロエに声をかける。
「さっきのがあんたの素? おしっこちびりそうだったんだけど」
「客が帰ったからって、すぐに言葉を崩すなよ」
先ほどまでと違って力の抜けたその言葉に肩をすくめるベル。
「さっきの方が威厳あって良いんじゃね?」
「んー、あれでやってた頃、十年ほど前だけど、クランメンバーが数人まで減ってねぇ」
「まじか……」
「私としても今の方が楽だし、戻すつもりはないよ」
「ふぅん。で、今日の予定はどうすんの」
ベル自身が気になるというよりは、付き添いを楽しみにしていたマリーの事を考えての質問だった。
「……ちょっと色々準備と考えることがあるから中止かな。気分も最悪だし……、くそ、ベスの奴め……。
まぁいいや。よし、切り替えて明日だ、明日!」
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