幕間・調薬

 いずことも知れぬ、窓のない魔法の明かりに照らされた室内。

 作業台の上にはありきたりなものから、並の冒険者の一生を贖えるほどの貴重なものまで、多種多様な素材が並べられていた。

 各素材は下処理済みで、いずれも投入を待つばかりの状態だ。


「……【心月の雫】……【マンドラコラの根】……【風竜の心臓】……【ブルーミント】……【幻霊妖精の羽根】……」


 エリザベートはそれらの素材を次々と大鍋へ投入していく。いっそ無造作にも見えるが、見る者が見れば瞬時の魔力加工から、劣化を最小限に抑えるための間をあけぬ迅速な手技に瞠目することだろう。

 大鍋の中身は素材投入の勢いとエリザベートの魔力の影響とで緩やかに回転を始める。エリザベートは攪拌が適切かを確かめるため液面をじっと見つめる。

 頃合いを見計らってハサミを取り出すと、背中に流していた金色の髪を掴み、大鍋の上にかざす。

 そしてその髪先を剣の柄ほどの長さで大雑把に切り落とす。

 その顔色に動揺は見られない。並のエルフ女性ならば、たとえ事情があろうと髪を切るのは、嫌々で、苦しんで、時に涙を流しながらというのが相場である。今のエリザベートの態度はエルフらしからぬものと言えた。

 魔力の伝導剤として最適な自身の頭髪を加え、自らの魔力を素材と馴染ませることで準備は整った。

 即座に術式を発動。


「天に月あり、龍を墜とすは白銀の剣……」


 古代エルフ語、すなわち天龍から伝わりし真言。それを聞き取れないほど小声で詠唱する。

 魔力を込めることで力ある言葉となった不可視の真言が、渦を巻きながら大鍋へと吸い込まれていく。

 虹色に輝き始めた大鍋の中身、その光度が最大に達すると同時に奇妙なほど真っ白な木製と思しき棒を差し入れ、ゆっくりと掻きまわす。


 ……

 …………

 ………………


 どれほど回し続けただろうか。いつしか発光は収まり、固形物の一切は融解され均質な液体が鍋の底に残る。煮詰め続けたにもかかわらず粘度は低く、意外なほどさらさらな透明な液体となっていた。

 棒を引き上げ、その先から滴る雫の様子を眺めると、満足したように頷く。


「【充填】」


 エリザベートが一言唱えると、残った液体が大鍋から飛びでて、そのまま傍らに立てたポーション瓶へと自ら収まっていく。瓶から液体が噴き出すのを逆再生したかのような不思議な動きだった。

 その紫色の透明な液体が全てポーション瓶に収まると、蓋をして魔術的封印を施す。これによりキーワードを唱えない限り蓋は開かず、長期にわたり劣化せず、余程のことが無ければ割れることもない。

 目の高さまで持ち上げたその瓶を灯りに透かす。


「これもまた無駄になるのでしょうね」


 ポーションを手荷物と共に仕舞い込むと、使用した道具の後片付けを始める。


「あっさりと素材が集まったせいで、いつもより早く戻れそうだけれど……」


 順調すぎる時はろくなことがない。

 長年の経験則。


「あるいは今回は……。はぁ、急いで戻ったほうが良さそうね」

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