6.覚醒
「で、連れて来ちゃったんだ、それ? ここに」
【水晶宮殿】のクランハウスのギルドマスター執務室。クロエは室内をふよふよと漂っている白い少女を指さしながら、困惑した声を上げる。
岩山で発見された毛玉は、マリアとユキの努力により概ね人間らしい姿にまで昇格していた。その服装は、一見してそれが一枚の白布であるとは思えない。
(南方には一枚の布を用いて、巧みに身に纏う民族がいると聞いたことがあるな)
マリアもユキも出身地はオーディルからそう遠くなく、その民族のような布の取り扱いの知識は当然ない。
だが二人は、まるで元から知っていたかのように少女の服装を、数本のピンを使って整えてみせた。
単純に二人のセンスなのかもしれないが、どうもそれだけではないようにローズには思えた。
「名前はフラムちゃんですか。あの辺りは村とかありませんよね。迷子を放っておくわけにもいきませんし、連れ帰ってくるのも仕方ないのでは?」
「いや、迷子って……」
「?」
一月前から【水晶宮殿】に移籍して働いているノイアは、手元の書類を片付けながら困惑するクロエを不思議そうに見返す。
現状に何も疑問を抱いていないノイアのその態度に、ますます困惑するクロエ。
そこにローズが近寄って耳打ちする。
「どうも、私とクロエ以外はフラムが浮いているのを不思議に思わないらしい。街中でも注目すらされなかった」
「とびきりの厄介案件じゃないか」
フラムは半目になりながら、天井近くまで浮いて部屋の中をきょろきょろと見まわしている。表情を見る限り、半覚醒半睡眠といったところだろう。
ちなみにフラムという名前は、彼女の体に巻き付いていた布の端っこに刺繍されていたものだ。本人に確認したところ頷いたのでおそらく合っている。眠気でこっくりしただけではという説(ユキ提唱)もあったが。マリアが肯定のうなずきであると断言したのでまず間違いないだろう。全く根拠はないが野生の勘の信頼度は抜群だった。
ローズはエリザベートの姿が執務室にないのを見て、そう言えばと記憶を振り返る。
「フラムの異常に気づける者とそうでない者の差は何なのか、そもそもフラムが何者なのか、分かる者が居るとすればエリザベートとあてにしてたんだが……。そういえばここ数日見ていない気がするな」
「言ってなかったっけ? 一週間前に手紙だけ置いてどっか行っちゃったよ。
ベスって不定期に短期間姿をくらますことがあってね。多分今回もそれかな」
「いつ帰ってくるんだ?」
「いつも通りなら三年くらい戻らないね」
「エルフって」
あてが外れるにもほどがあると、エルフの時間間隔の違いに天井を仰ぎ見る。
「流石のベスも天龍カッコカリはもて余すと思うけどね。
あー、ユキとマリアは冒険者ギルドに報告に行ってきてくれないか。三人とも戻ってきたことと、あと『迷子を一人保護した。他に異常は見つからず』ってとこかな」
「了解しました」
「はーい」
二人が退室した後、クロエがため息をつく。
「二人ともまるで催眠にでもかかってるみたいだね。ノイアもだけど」
「?」
ノイアが軽く首を傾げるのを横目に見て、さらにため息を重ねる。
その間、ローズは宙を漂っているフラムを回収してソファーに座らせる。
そのままだと再び浮かび上がるのは目に見えているため、隣に座って肩を抑える。
「ふみゅー……」
半眼のまま、なんとなく不満そうな声を出すフラム。
「しかし、ダンジョン=天龍の蛹説なんてよく知ってたね。エルフでも知ってる人少ないよ」
「昔クロエに聞いた話だよ」
「あれ、そうだっけ?」
「クロエの愛想があまりなかった頃、私の呟いた『ダンジョンってなんなんだろうな』って独り言に返事を返してきたんだ。あの時は驚いたよ」
「あー、そんなこともあったような」
昔のちょっと(?)荒れていた自分を思い出して、遠い目になるクロエ。
「しかし、ダンジョンが天龍の蛹だってのも眉唾なのに、そのうえ人型だなんて……、つまりいわゆるところの『人外』か……。
ダンジョン消滅とこのふわふわ女児が無関係とも思えないし、あーどうすんのこれ……」
ぶつぶつと独り言を呟きながら頭を抱えるクロエ。
その反応から、フラムについてはクロエでもお手上げ状態なのは明らかであり、現状これ以上の進展はなさそうだった。
そのためローズは気になっていた別件を追求することにした。
「ところでクロエ、なんでユキの事を黙っていたんだ?」
「ん? ひょっとしてユキの素性のこと?」
「そうだ。ユキが私の妹だとか聞いてないぞ」
「ユキさんがローズさんの妹?」
書類仕事をしながら横で話を聞いていたノイアが思わず顔を上げる。父親のシルトもノイアには伝えていなかったようだ。
「うん、実はね。
そうかそうか、まずは親交を深めてからと思っていたんだけど、わずか半日でお互いの身の上を打ち明けるまで打ち解けるとは、これは嬉しい誤算だね」
クロエがうんうんと満足げに頷く。
しかしその言葉にローズは苦い顔をする。
「いや……、お互いじゃないな」
「ん?」
「こっちはユキが妹であることを知ったが、あくまで話の流れで知っただけで……、ユキは私が兄のロイズであることをまだ知らない」
「そうなの? ってゆーか、兄じゃなくて姉だよね」
「それも含めて!」
「なんでさ」
「いや、タイミングが……、色々あったし……、というかこれをどう説明するんだ」
『これ』とは無論、女性化&エルフ化の事である。
「それは困ったね。実はちょっと企んでることがあってね。ローズには早急にユキの兄、じゃなかった、姉であることを告白してもらいたいんだよね」
「はぁ?」
ローズの困惑の声に、クロエは得意げな笑顔で答える。
「ロイズの“遺産”の件さ。全額とはいかなくてもいくらかは取り戻せるかもしれないよ? ユキに協力してもらえれば」
「“遺産”? ひょっとして……」
ロイズの銀行口座。それをわざわざ“遺産”と表現したことから、クロエの言わんとすることがローズにも想像できた。
「そう。現在のところ旧ロイズの扱いは微妙だ。
冒険者ギルドとしては資格情報をローズに引き継げたけど、銀行口座としては凍結状態。これってこのままだと実質的に行方不明と同じになるんだ。行方不明者の財産は、法的に死亡認定が出れば相続の手続きができる」
どや顔のクロエはさらに続ける。
「ロイズは実家と縁を切っていただろう? どうせ遺言状も残していないだろうし、このままだと一年後、ロイズが行方不明で法的に死亡認定された時点で、相続人なしで遺産は国に没収になる。
そこでユキさ。正真正銘の妹だからね、相続人に指定すれば間違いなく認められる。そしてユキから贈与してもらえば、えーと、半分くらいは取り戻せるはずだよ」
手元の書類を確認するクロエの視線の動きにノイアが目敏く気付き、その手元の書類を覗き込む。
「それって、帝国銀行内務次官って方が置いていった資料ですよね」
「あ」
クロエが咄嗟に隠そうとするが当然手遅れだ。
「なるほど、引継ぎは無理と言いつつ、ちゃんと次善の方法を提示して下さっていたんですね」
「んー、そうかも?」
ノイアの指摘に目を逸らすが、観念したのかしぶしぶ認める。
「自分の手柄のように言ってたが、他人の策だったわけか」
「ちぇ、ばれたか。でも君だって、貰った書類をちゃんと確認してなかったんだろう?」
「う……」
昨日はショックでダンジョン行きの準備を言い訳に、書類を放置していたのは事実だ。あまりクロエのことは責められない。
だがそれはそれとして、問題点にも気付いていた。
「だが、その策には問題がある」
「問題?」
「あるんだよ、遺言状。ギルドに預けてある」
「え、まじ?」
冒険者は死後の遺産相続等のため、遺言状を冒険者ギルドに預けることができる。
とはいっても、遺言状を預けている冒険者は少数派だ。遺言状を預けない理由は、縁起が悪いというものから、手続きが面倒、そもそも死んでもろくな遺産がない、など様々である。
「でも一体誰を相続人に指名しているんだい?」
「あー、それは……」
ローズは困ったような顔をして口をおさえ、目を彷徨わせる。
その顔が微かに赤くなっているのに気づきクロエが色めき立つ。
「え、まさか、遺産を託すような女性が……」
「いや! そんなんじゃ! ない……のか?」
ますます慌てるローズであるが、どうにも歯切れが悪い。
クロエとノイアの不信の目に観念したのか、ためらいながら口を開く。
「遺言執行人はシルト。財産相続人は……、ノイアとクロエだ」
「え」
「へ?」
ノイアもクロエも、ローズの言葉にぽかんと口を開ける。それくらい意表を突かれていた。
一般的に遺言状で指名する遺言執行人は、遺言を残す者の最も信頼する者である。それにシルトが指名されるのは不思議でも何でもない。
しかし財産相続人は、単純に相続対象というだけではない。家業の後継者指名や時として最も親愛を寄せる対象の表明ともなる。
この場合ロイズの後継者という意味がないのは明らかであり、血縁関係もない二名をあえて指名したことは、余程のへそ曲がりでない限り素直に親愛の表明と受け止めるだろう。
「いや、遺産をあの実家に渡すのも業腹だし、ユキの存在も知らなかったし、もし遺産を渡すなら昔から付き合いのあるシルトの娘のノイアと、あと一応世話になってる? クロエとか? ま、まぁ、お金に不自由していないクロエには迷惑だと思うが……」
ローズが俯きながら、歯切れ悪く言い訳じみた指名理由を口にする。それが照れ隠しなのは明らかだが、そこに居合わせた三人は三者三様の反応を示す。
「……」
ノイアはローズの気持ちを嬉しく思うとともに、それがおそらく家族としての情であることを察して同時に不満も抱く。そして何より、自分と並んでクロエを指名したローズの意図が、大いに問題であることをはっきりと認識していた。
「……?」
クロエは遺言状というものの一般的な意図については理解しているが、人族との寿命の違いからか実感として理解しているとは言い難く、ローズの隠れていない意図についてもいまいち理解できていなかった。ただ、自分を特別に考えていてくれたことには感動しているのだが。
それはそれとして、急にノイアから自分への圧が高まっていることに困惑し、冷や汗が浮かんでいた。
そしてフラム。
その赤い瞳がカッと見開かれる。
「……きた!」
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