5.白い少女

「物語……」

「もっとも根拠はないけどね。天龍教の教えも混ざってるし」


 天龍教の教えでは、天龍たちによる天地創造と四族創造の動機は、人に物語を紡がせるためとされる。それが真実か否かは原初エルフたちも語らないことである。

 それはそのまま先ほどローズが述べた天龍の蛹とダンジョンの関係の相似形となる。天龍教の影響を受けているのは容易に想像できる。


「そもそもダンジョンは天龍の蛹という説が正しいとしての話だな」

「もし正しいとすれば、ダンジョンが消えたのは……」

「……蛹が羽化した?」

「羽化したらどうなるの?」

「天龍が飛び出てくる! とか?」

「外にいた人たちは、そんなものは見てないみたいだけど」

「そっかぁ」


 ローズは二人の話が盛り上がっているのを後ろに聞きながら、藪を切り開いて進む。


「もし羽化したというなら天龍がそこら辺に転がっているかもね。この岩山の上とか」


 言いながらローズは茂みを切り開いて山頂に出る。


「まあ、そんなわけが……え」

「……」

「わーお」


 岩山の山頂、そこに一つの白い毛玉が浮いていた。

 いや、毛玉というのは正しくない。その白い塊の隙間には人の顔が覗いていた。


「……ぐぅ」


 どうやら眠っているようだった。

 輝くような真白い髪は腰ほどの長さ。それが空気をはらんでふわふわと揺れている。

 そして長く白い布がその細い体に纏われ……


「絡まってる」


 ぐちゃぐちゃに絡み合っていた。

 結果、全体としてボリューミーな白い毛玉のように見えていた。

 絡まった布は服の機能を果たしているとはとても言えず、その隙間から白い肢体が所々覗いている。

 所々きわどい箇所までさらけ出しそうになっていることに気づき、ローズはその場で回れ右をする。


「……えーと、マリア、ユキ、すまないがその女の子……子なのか? まぁいいや、その子の服装を整えてやってくれないか」

「ん? いいけど」

「?」


 マリアとユキは後ろ向きになったローズを不思議そうに追い越して、白毛玉(仮称)を白少女(仮称)とすべく、絡まった布を解く作業を開始する。


「エルフの人って、同性でも肌を見るのは恥ずかしいんだっけ?」

「ローズさんって良い所の育ちなのかも」


 二人の囁き声が聞こえてくるが、ローズの主観としては犯罪じみた行為になってしまうため手が出せない。未だに女性の体、というか自分の体にも慣れていないのだ。


(まぁ、幸い不審には思われていないようで助かった。こんなところで宙に浮いてる少女に出くわす……なん……て……?)


 微かな違和感に引っかかる。


(浮いて……?)


 そこで唐突に我に返る。


「……なぜ、私は疑問に思わなかった? なぜ自然に受け入れた? 宙に浮いてるってどういうことだ……?」


 今更ながらに疑問を抱く。

 消えたダンジョンの周囲を捜索していて、謎の少女に遭遇した。しかも宙に浮いている。

 そして、そのことに驚きこそすれ、疑問を抱くことなく受け入れている。

 三人ともがだ。

 明らかな異常事態だった。


「ユキ! マリア!」


 慌てて振り返る。


「はい」

「なに?」


 振り返ると、ちょうど絡まった布を解ききって、白い少女を真っ裸の状態にした所だった。

 昼の太陽に照らされて、少女の健康的な輝くような肌が、惜しげもなく晒されていた。

 逆さまで。

 浮いたままで。


「むにゃ……」

「……」


 無言のままローズは再び回れ右をする。

 色々見えてしまった。

 本当に見えてはいけないところまで。

 それを認識したとたん、心拍が急上昇する。

 顔が熱い。


「…………あ」


 鼻の下に違和感を感じて手で触ると、液体が手に触れる。赤い。


「鼻血」


 慌てて懐から手拭いを出して、鼻を拭う。


「あ! どうしたの? 怪我した? ってか顔真っ赤だよ!? 耳まで。どうしたの!?」


 ローズが突然声を上げたことでマリアが戻ってきた。そして血まみれの手拭いで顔を抑えるローズに驚いておろおろする。


「な、なんでもない! 大丈夫! ちょっと……そう! ちょっと鼻をぶつけてしまって」

「どこに?」

「あー、なんだろう。手に?」

「そうなの? ローズちゃん意外とドジっ子だなぁ」


 少女の裸体で興奮して鼻血が出たなど、ローズとしては死んでも認められない。認めたら完全に変態オヤジである。

 客観的には別の意見もあろうが、今のローズの倫理観、プライドの問題なのだ。雑な誤魔化しがマリアに通じたのは幸いであった。


「それじゃ、ユキ手伝ってくるね」


 ローズの顔を手拭いで拭いて、鼻に布切れを詰めて応急処置をすると、マリアは再び少女の元へと向かう。


「あ」


 そこでローズは肝心なこと――さきほど振り返って鼻血を出すことになった、そもそもの理由を思い出すが、なんだか色々手遅れな気分になってすっぱり諦めて開き直ることにした。


「まぁ取って食われるということはなさそうか。もしあれが本当に天龍なんだとしても」

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