2.冒険者的屋外女子会

 ローズが今の姿となって、今日で丁度一月が経過していた。

 ローズは早朝からクランメンバーのユキ、マリアと共にダンジョン【竜王の風穴】へ向かっていた。

 昨日のやらかし――クロエの目の前で大泣き――を思い出して、内心どんよりしつつも、無関係の二人に気を使わせないよう、表面は取り繕っている。


「ローズちゃん、あのダンジョンそんなに潜ってるんだ?」

「ああ、もう数えきれないな」

「その割には見かけたことがないような?」

「あ、えーと、色々あるんだよ色々」

「そっかぁ」


 ローズの雑な誤魔化しであっさり納得するマリア。ユキはそんなマリアを見て困った顔をしているものの、口には出さない。


「そんなベテランさんだとは思ってなかったよ。てっきり新人さんかと」

「はは……」


 一月前に精神的ショックで座り込んでいたローズを新人と勘違いしたのが、マリアやユキにとっての『ローズとの初対面』だった。もっとも、ロイズの時からせいぜい顔見知り程度だったので大した差はなかったのだが。


(思い返してみると、男だった時はなんか避けられてた気がする)


 避けられる心当たりがないのと、現在の距離感との格差で少々複雑な気分になるローズ。


「あ、見かけたといえば最近ロイズさん見ないね」

「ごほっ! えーと、ロイズ?」


 ローズがロイズであることは、ごく一部の親しかった者にしか知らされてない。ローズもさほど親しくなかったマリアとユキには知らせていない。

 そのマリアから唐突にロイズの名前が出たことに驚いて、ローズは咄嗟に知らないふりをする。


「うん、ユキのお兄さんなんだけどね」

「へぇ」


 カバーストーリーをもう少しよく考えた方が良いかもしれない、などと別の事を考えてきたローズは、唐突に開示された情報をスムーズに受け取れずに生返事を返す。


「ん?」


 マリアの言葉に引っ掛かりを覚え、しばらく首をかしげて情報を咀嚼する。

 そして頭が理解した瞬間、驚愕のあまり声を上げる。


「は!? ユキの兄がロイズ!!??!!??」

「あれ? ロイズさんのこと知ってるの?」

「え? あっ! えっと、一応? 知り合い的な?」


 知り合いどころか本人である。


「そなんだ? クラマス繋がりかな」

「まぁ、そんな感じかな」


 内心激しく動揺しつつ、どう答えるべきか激しく悩む。

 以前シルトに妹の存在を教えられておきながら、その後の騒動ですっかり忘れていた。そんな薄情な自分に気づいて愕然としたのと、そもそもなんで今まで向こうから妹であると名乗り出てくれなかったのかとか、今のこの姿で名乗り出て良いものかとか、悩む材料だらけで容易に結論が出ないのだ。

 ローズの内心の混乱や葛藤など知らぬげに、マリアがさらにローズの混乱を加速させる。


「そういえば、ローズとロイズって名前似てるよね」

「えっ!? いや、そうか? そうかも。そうかなぁ?」

「実は親戚?」

「えっ!?」

「んー、家名ってある? ローズちゃん」

「家名!?」


 マリアの直感――根拠になっていない根拠から的を射る――が今日も冴え渡り、ローズを無意識のまま追い詰めていく。


「こら、冒険者の素性を追求するなんてマナー違反でしょ」

「あ、そっか」


 ユキが止めてくれたことにほっとするローズ。あのままではろくでもないことを口走っていた可能性が高い。

 兄と名乗り出るにしてもタイミングがあるだろう。もう姉だが。


「……あっ! 見えてきた。ダンジョンに入る前に軽く腹ごしらえをしよう」


 とりあえず、動揺を抑えて考えをまとめるため、時間を稼ぐことにしたローズであった。




「それって乾燥スープ?」

「ああ、昨日のうちにシチューを作って乾燥機にかけておいたんだ」

「うはー、シチュー!」


 ダンジョンの入り口前の野営地で、鍋を魔法で生成した水――これも以前は他人に頼んだり、水源に頼っていた――で満たして火にかけながら、白い粉と固形物の混じったものを紙袋からざらざらと流し込む。


「乾燥機とか、干し肉作りや洗濯もの乾かすときくらいしか使ったことないや」

「それはさすがにどうなんだ……。

 まぁ単純に乾燥させただけだと、言うほど保存は効かないから、使いどころは意外と少ないけどね。二~三日内の行動なら荷が軽くなって便利だよ。干し肉に堅パンだけだとどうしても気分が落ち気味になるし」

「干し肉おいしくないもんねぇ」


 乾燥機とは、その名の通り中に入れたものを脱水乾燥させる魔道具だ。それなりに高価ではあるものの、機能の単純さから魔道具としては比較的安価な方であり、一定以上の経済水準の一般家庭にも普及している。

 乾燥機を使って固形の料理のみならず、液状の食品まで乾燥させて持ち運び、食べるときに湯で戻すことは古くからおこなわれている。


「……ローズさん」

「ん!? な、なに?」


 鍋をかき混ぜているところを、道中口数の少なかったユキに突然話しかけられ、不自然なほど動揺してしまうローズ。

 幸いユキには疑問を持たれなかったようだ。


「冒険中の料理とか、お詳しいのですか?」

「あー、まぁ、ほどほどかな」

「後日、ご教授願えませんか?」

「ん? いいけど……」


 その様子を眺めていたマリアは、またしてもピンと来たのか、勢いよく二人に話しかける。


「ねぇ、ローズちゃんとユキって、ちょっと似てない?」

「えっ!?」

「そう?」


 ユキとしては、ローズと自分の顔を見比べることができないのであまりピンと来ていないのだが、心当たりのあるローズは激しく動揺する。

 実際のところはそっくりというほど似ているわけでもないのだが、種族の違いがあるにもかかわらず雰囲気が似通っているのも事実だった。特に黒髪がそれを助長している。


「そ、そうか、似てるのか……」


 ついさっき知ったばかりの妹と似ている……、ほのかに嬉しいようなこそばいような感覚に戸惑うローズ。少し頬がにやけてしまっているのを誤魔化すため俯き加減になる。


「黒髪は一緒かもしれないけど、こんなに綺麗なローズさんと私を比べるなんて失礼じゃない?」

「むぅ、それって暗に似てる自分も美人だって言ってる?」

「え!? そんなつもりは……」

「冗談冗談。ユキも美人だよ、エルフのローズちゃんにも負けないくらい」

「あ、ありがとう……」


 真っ赤になって俯いているユキを複雑な顔で眺めるローズ。


(これで、マリアの方には好意が伝わっていないのはどういうことだ?)


 どういうことも何も、マリアの性格のせいとしか言いようがない。


「と、そろそろいいかな」


 木製の椀にシチューを注いで、木匙を添えて今朝調達したパンと一緒に二人に差し出す。


「……お椀と匙」

「あは、鍋直食い、お玉共用だとやっぱ食べにくいもんね」


 嬉しそうに受け取るマリアの台詞に若干不穏なものを感じるが、気付かないふりで聞き流すローズ。

 一方ユキは妙にデザインの良い椀と匙を受け取りながら、ちょっと落ち込んでいた。


「女子力……」

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