3.斬鉄
「んー、長期行動時に荷物を軽くしたいのは分からんでもないが……。今回はそれほど潜る予定はないから余裕もあったし」
「予定に合わせて持ち込むお椀と匙の用意が……」
「えーと、自炊は? ってクランハウスに住んでるから必要ないのか」
「はい。そもそもとして、冒険に無駄なものは極力持って行きたくなくて、鍋もできれば避けたいくらいで」
「ちょっとストイック過ぎないか?」
ダンジョン【竜王の風穴】第四十一層。
今回ローズは、ユキの剣技の実戦練習相手となる丁度良いダンジョンモンスターの出現場所を教えるために同行していた。ユキがクロエに相談し、ローズにお鉢が回ってきた形だ。
ただ、ユキがローズの妹であることが発覚したことにより、クロエには別の意図があったことがローズにも容易に想像ついた。
その意図通りに雑談で交流を深めながらダンジョンを進む一行の前に、二足歩行の人影が姿を現す。
「いたぞ。このダンジョンでは単独出現するから、斬鉄の練習には丁度良いんだ」
人間の平均より頭二つほど背が高く、四肢は細くもなく太くもない。のっぺりとした鈍い銀色の体表は、それが全て鉄であることを示す。
「アイアンゴーレムですか。まさに斬鉄の練習相手にはうってつけと言うわけですね」
斬鉄とはその名の通り、鉄を斬る技術である。当然ながら普通の人間が普通の剣で行えることではない。武器強化魔法と身体強化魔法の併用がほとんど必須となる。
鎧を着た人間や、硬度の高い外殻を持ったモンスターを剣士が倒すための技術であり、一般人でも知るような有名な技術であるが、知名度のわりに難易度が高く使い手も少ない。
「据え置きの鎧なら斬れるようになったのですが」
「動きのある相手に刃筋を立てるのは難しいからね」
いかに強力な武器強化や身体強化を使えても、金属を斬るためには正確に刃筋を通す必要がある。止まっている置物ならまだしも、動く相手にそれを行うのは非常に難しく、それこそが斬鉄の習得が困難となる要因となっている。
「でもアイアンゴーレムとか、あんなぶっといの斬れるの? あんなの私でも無理かも」
アイアンゴーレムは手強い割りに実入りが少ないダンジョンモンスターとして、冒険者には嫌われている。マリアも交戦経験はないようだった。
ハルバードをメインウェポンとするマリアは鉄の鎧でも切り裂くことができる。と言っても、武器強化と身体強化で力任せに鎧を叩き斬るため、これを斬鉄と呼ぶかどうかは意見が分かれるところだろう。
正当な斬鉄を極めれば鉄の塊でも切り裂けるが、今のマリアの力任せのやり方では限界がある。
「アイアンゴーレムってのは実は中空なんだ」
「え、そうなの?」
「あんな鉄の塊が中身まで詰まっていたら、あまりにも重すぎていかな魔法生物と言えど動きが鈍くなるさ」
「なるほど」
とはいえ、人間の着るプレートメイルよりは分厚いのは間違いない。
そのアイアンゴーレムを斬ることができれば、大抵の敵には通用するだろう。
「それじゃ、行きます」
ユキは背中から小剣を一本抜き放ち、のっそりとこちらへ向かってくるアイアンゴーレムと対峙する。
「……」
ローズ、マリアの二人が見守る中、ゴーレムは自らの間合いにユキを捉えた瞬間、間を置くことなくゴウと音を立ててパンチを繰り出す。
「ハァッ!」
サイドステップでそれを躱しざま、アイアンゴーレムの腕に小剣を振り下ろす。伸びきった瞬間の腕を捉えた小剣は、狙い通りその腕を断ち切る。
腕が音を立てて床に落下するのを待たず、ユキはゴーレムとの間合いを取る。
「おおー」
「……駄目ね、思わず止まったところを狙っちゃった」
「実戦ではそれで正しいんだが、今回の目的からすると敢えて動いているところを狙った方が良いな」
「はい!」
ユキは再び繰り出されるパンチを避けながら、今度は敢えて早いタイミングで剣を振り下ろす。
「ぐっ!」
腕を断ち切り損ね、剣が鋼鉄の腕に嚙みこむ。
咄嗟に剣を引き抜こうこうとするが果たせず、ゴーレムの剛力に引っ張られ体勢を崩し、剣を手放してしまう。
ゴーレムにとってはチャンスであるが、感情を持たない彼は逸ることなく淡々と攻撃行動を続ける。
「ユキ!」
「しまっ」
コンッ。
体勢を崩したユキを攻撃すべく、剣を噛みこんだままの腕を振りかぶったゴーレムが、乾いた音と共にそこで停止する。
「?」
次の瞬間、光の粒子と化して消滅したゴーレムの背後から、ローズが姿を現す。
「え、いつの間に」
「すまないが危なそうだったから手を出させてもらった。
ちなみにアイアンゴーレムのコアは空洞の胴体の背中側にある。少々分厚いが背中側の装甲を貫けば、今みたいに簡単に倒せるんだ」
そう言いながら、逆手で突き出した状態で保持していた竜牙製の短剣を腰の鞘に仕舞う。
「簡単?」
「場所を間違えないようにする必要はあるかな」
「そんな軽い短剣で斬鉄? 自信無くします……」
ダンジョンの床に落ちた自分の剣を回収しながら、ユキがぼそりと呟く。
「目にも止まらないとはこのことだね」
流石のマリアも呆れたような感心したような感想を漏らす。
「大抵の冒険者が避ける『割に合わないモンスター』の代名詞の弱点を教わっても、使う機会なさそう」
「いや、ノーマルのアイアンゴーレムは慣れれば誰でも倒せるよ。その証拠にドロップアイテムなんて、鉄インゴットと稀にちょっとしたアイテムが出る程度だから」
「本気で言ってそうで怖い」
「あ、そういえば稀に金や銀のインゴットも出るか」
「それって、かなりやばいモンスターの証拠なんじゃ……」
言いながらマリアが床に落ちていた鉄インゴットを拾う。
ちなみにダンジョンにおいては、ドロップアイテムの価値の平均がそのモンスターの危険度というのが、冒険者の間での通説である。
「一個千ノルムくらいだっけ? 重いわりに安いんだよね」
「品質の良い鋼だ。鍛冶屋に持ち込めば喜ばれるんだが、回収せずに捨てられていくことが多いな」
「晩御飯代に足りるかな?」
「千ノルム分の晩飯? 食べ過ぎでは……」
インゴットをバックパックに仕舞い込み、「次いこー」と言いながらマリアが二人の方を振り向く。
と同時にそれは起こった。
「ん?」
「地震……?」
「……!」
ダンジョン全体が唸りを上げるように振動を始める。
「うわ、逃げ!」
「どこに!?」
「くっ」
揺れはすぐに立っていられなくなるほど激しくなり、三人はやむを得ず床に伏せる。しかし抵抗はそこまでだった。
視界が暗転し、それに続くように意識が中空に溶けていく。
驚愕も動揺も感じる間もないほど迅速に。
闇へと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます