1.帝国銀行からの通告
「それでは、帝国銀行としての結論を述べさせて頂きます。
まず、ロイズ・ウェルズ氏の口座のローズ・ウェルズ氏への移行・引継ぎについて。これは不承認となります。
次に、ローズ・ウェルズ氏の新規口座開設について。これは、通常の冒険者登録に付随するものとして承認されます。
ただし一応付言致しますと、先に述べました通り引継ぎは不承認であるため、ロイズ・ウェルズ氏の口座残高の、ローズ・ウェルズ氏への口座への移行は認められません」
冒険者ギルドの第一応接室。
帝国銀行から派遣された、内務次長を名乗る四十~五十代の紳士の言葉に、同席した三人は反応できず無言を返す。
「えーと、つまりどういうことだ?」
そもそも何を言っているか理解できなかったシルトが疑問の声を上げる。
「分かり易く言いますと、ローズ氏への口座の引継ぎは認められず、新規口座の開設のみ認められたということです。当然残高はゼロですが」
「……判断理由を伺っても?」
固まったままのローズに代わり、クロエがその理由を問う。
「実のところ、今回の事例は帝国銀行としても判断が分かれました」
眼鏡の位置を人差し指で直しながら、内務次長が続ける。
「アストラル研究で名高いエリザベート氏の判断となれば、ローズ氏がロイズ氏であるということは、凡そ疑う余地がないのでしょう」
「それならばなぜ?」
「公的機関はその判断に公平性が求められます。今回のような口座引継ぎの申請についても、公平性を確保するため、その判断基準が設けられています。それに照らし合わせると、残念ながら不承認という結論が導かれます」
「判断基準?」
「はい、内規として明文化されているものなのですが、詳細な条件は機密のため申し上げられません。
概要だけ述べますと、要するに世間一般で人物の識別をどうしているのか、ということです。例えば『この街のロイズ氏を見知った人間のうち何人が、今のローズ氏を同一人物と認めるのか』を想像していただくと、分かりやすいかと」
「因子で、ってことにはならないね。顔とか声とか身体的特徴かな」
「はい。種族因子での本人判定は、個人的には将来性を感じますが、現時点で判断基準にはなりえません。適用できる人の割合があまりにも少なすぎるのです。帝国臣民の大多数は因子登録などしていませんから」
「となると……」
「はい、ローズ氏の場合、この街にロイズ氏の顔見知りが百人いたとして、その百人全てがロイズ氏とは同一人物ではないと判断するでしょう。無論、それだけが判定条件ではありませんが、容姿はおろか、種族も性別も異なるというのは、ほとんど決定的です」
「総合的に判断しても、客観的に本人であると認められない。と?」
絞り出すようにローズが確認する。
「残念ながら、それが当方としての結論となります」
「……」
内務次官がいくつかの書類を残して応接室から退出すると、無言の三人がその場に残された。
当事者であるローズはソファーに深くもたれかかり、幼さを残す顔貌を呆然とさせながら、視線を宙に向けている。おそらくその目には何も映っていないだろうことは、他の二人には容易に想像がついた。
ローズの後見人として同席したクロエ――【水晶宮殿】のクランマスターにしてS級冒険者――は、オロオロとするばかりで、ローズにかける声もない。
冒険者ギルド長のシルトは、二人の様子を見ながら白髪の混じり始めた頭をガシガシと掻く。
「あー、なんて言ったらいいか」
「……」
「ま、まぁまた稼げば良いじゃねぇか。エルフになって時間はいくらでも余ってるだろ。はは……」
さして面白くもない冗談で場を和ませようとするが、当然うまくいかない。
「……」
「ローズ……」
心配そうにクロエが声をかけ、ローズの顔を覗き込んでぎょっとする。
ローズがその黒い瞳をゆっくり瞬きさせ、はらはらと涙を流し始めたのだ。
「ロ、ローズ!? どどどどどうしたの!?」
「あー……、いや、すまん。勝手に涙が……。でも別に金のことは……、良いとは言わないが、そんなに気にはしてないんだ」
「そうなのか?」
シルトが不思議そうに聞く。
「ああ、貯金がなくなったこと自体ではなく、それがなくなったことで、これまで二十数年必死に働いてきたことが、なんだか否定されたような気になって……、それが無性に悲しくて……、うぅ……」
「わわわ、どうすれば」
しゃっくりを上げ始めたローズにますます動揺したクロエが、慌ててハンカチを取り出して、それを差し出す。
「はい! これ!」
「……あいがどぅ……」
ハンカチに顔をうずめたまま、くぐもった声で礼を返すローズ。
「本当にこいつが三十八歳おっさんだったのか? なんか自信がなくなってきたな」
「間違いなくローズはロイズだよ。年齢相応のエルフの女の子の素が出るようになったってだけで」
「……」
「ふぅむ、枷が外れた感じなのかねぇ」
かつてのロイズの趣味嗜好、よくよく考えてみれば若干少女趣味と言えなくもなかったかと、シルトは思い返す。
「気持ちが落ち着くまでしばらく休め。あれからもちょくちょくダンジョン行ってただろ、お前」
「……ああ」
「というか、なりがそんなに変わったのに、即ダンジョンに入ってるのもどうなんだ?」
「いや、色々試したくて……」
「ローズの場合はダンジョン潜ってた方が落ち着くかもね。あ、そうだ」
「?」
クロエが何か思いついたようにソファーから勢いよく立ち上がり、ローズがそれをぼんやりとした視線で追う。
「とりあえず帰ろうか。ちょっと思いついたことがある」
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