19.会談 *
「組?」
「ああ、うちは元は『屍肉漁り』のグループなんだが色々と手を広げていてね。あまり適当な名称がないので今のところ仮に『組』と呼んでる。なのでわしは組長というわけさ」
クロエが腕組みをして言う。
「ふぅん。まー女っ気がないのは仕方ないとして、椅子もないのかい? 仮にも会談だろう」
「気が利かなくてすまんな。だが椅子を用意しても、どうせあんたら座らんだろう」
「……」
まともな交渉になると考えていない以上、臨戦態勢を崩すわけにもいかない。ジョンの言う通り、椅子が用意されていてもクロエは座らなかっただろう。
「しかし、ベルが寝返るのは計算外だったな。それなりの待遇は与えていたつもりだが、何が気に入らなかったんだ?」
「むしろ気に入ったことがないよ」
ベルの言葉が気に入らなかったのか、痩せぎすの男――フィリップが目を剥く。
「貴様、拾ってやった恩を忘れやがって!」
「拾われた覚えもないね」
「なんだと!?」
なおも言い募ろうとするフィリップを止めたのは冒険者風の男――ガロアだった。
「そんなことは後にしろ。話を進めろ」
ガロアは左手でフィリップを制して一歩前に出ながらたしなめる。
ガロアの行動を意外に思ったのか、クロエが片眉を上げる。
「君、護衛とかじゃないんだ?」
「ああ、俺はこいつ等とは別組織でね。立会人と思ってくれればいい」
「ふぅん? まぁいいけど」
クロエもその言い分を信じたわけではないが、双方三人づつという指定は守られているのでとやかくは言わなかった。
ジョンやフィリップの反応からして、上位組織の人間なのだろう。クロエは改めてガロアを観察する。
冒険者風の装備。背の大剣に両腰の小剣。重装備に応じて体格は良いが鈍重さはなく、むしろ身のこなしは並ではない。かなりやる。
とすれば、実質的にこの場を仕切るのはこの男である可能性が高い。クロエはガロアを一応は警戒すべき対象として認める。
ガロアの歩みを合図に、お互い建物の中央付近まで近づく。そして十歩ほどの距離を隔てたところで止まる。
ローズがガロアをまじまじと見つめるのを、当のガロアはいぶかしげに見つめ返す。
「見覚えのある顔だな」
「……」
ローズのぼそりとした声に、ガロアは若干疑問に抱きつつも無言を決め込む。
ローズのほうも反応は期待していなかったので、特に言葉を続けることはなかった。
ガロアとローズ=ロイズは同年代であり、冒険者として何度か顔を合わせたことがあった。もっとも、お互い顔と名前が一致しない程度の関係性だったが。
クロエが機先を制するように口を開く。
「初めにひとつ言わせてもらえるかな?
そもそもさ、こっちはそちらの言いがかりで一方的に迷惑を被ってるだけだよね?
なんで会談だか交渉だかって話になるの?
こっちから歩み寄ることなんて何もないよね?
さっさと消えろ潰すぞ。以上」
「ひとつじゃないし、交渉でもないじゃないか」
クロエの宣戦布告同然の口上にローズが小声でツッコミを入れる。
一方、ジョンはクロエの言葉に肩をすくめるだけだった。
「言いがかりと言うがね、あんたらがロイズという冒険者の口座乗っ取りを図ったのは事実だろう?」
「事実じゃない」
「こちらには証拠もあるんだが?」
「冒険者登録情報の書き換えの事なら正当な手続きだ。私がロイズ本人であることは専門家のお墨付きだ」
「何言ってやがる、人族のおっさんとエルフの女が同一人物なわけないだろうが」
「いや、そこは話すと長くなるんだが……」
「バカ丁寧に説明してやる必要もないよ……ってなに?」
早速水掛け論になりつつあったところで、ガロアが手を挙げて注目を集める。
「あー、いいか? 事のあらましは大雑把には聞いてるが、これはどうせ水掛け論にしかならないんだろう? それより、現実的な落としどころを擦り合わせた方がよくないか?」
ガロアの言葉に気に入らないとばかりにクロエが睨み返す。
「こちらは実力行使でもいいけどね」
「ふっ、だろうな。しかしそうなればうちも黙ってはいられない。もっとややこしいことになるぜ?」
「盗賊ギルド全体でうちに敵対すると?」
「展開次第ではな」
ガロアは自身が、盗賊ギルドの意思決定を左右できるレベルの上位組織から送られた者であることを、暗に肯定する。
「ふん、面倒臭いのは認めるよ。で、君がわざわざここに足を運んだってことは、何か仲裁案でもあるってこと? 立会人さん?」
クロエの皮肉気な物言いにガロアが苦笑する。
「そちらからすれば、俺も同じ穴の狢だろうが……ある。双方とも納得のいく案がな」
「へえ? どんな案だい?」
「それはな……」
そう言うとガロアはおもむろに背負った大剣の柄を右手で掴む。
「!?」
ガロアの言葉と行動の乖離に、一瞬クロエとローズは困惑する。
柄に手をかけたとはいえ、ガロアの体はリラックスしたままであり、到底戦闘態勢には思えない。
意図を掴みかね、二人は思わずその行動を注視してしまう。
「……つまりだ」
その視線から外れた方向で倉庫の裏口がそっと開く。そこに現れた1つの人影。それにいち早く気付いたベルがハッと息をのむ。
「……!? お前ら、マリーには手を出さないって……!」
その声に気づいて、ローズとクロエの視線が、その人影に誘導される。黒ずくめの男に羽交い絞めされ、気を失ったようにぐったりとしている少女。その口には猿轡を噛まされ、喉元に短剣が付きつけられている。
黒ずくめの男の雰囲気は明らかに堅気では有り得ない。一見して殺しに慣れた者である。ベルが動揺したのも仕方がないだろう。
「ちっ」
だが、そのベルの予定外の声にガロアが舌打ちする。そしてその雰囲気が明らかに変わる。彼の中でたった今プランが切り替わったのだ。
「やれ」
ガロアの有無を言わせぬ断固たる声。そして、それに反応する黒ずくめの男。それが意味することは明らかだ。
「やめろ!」
「!!」
クロエは視界外からの自身への攻撃を察知し、ほとんど無意識のうちにノーモーションの抜き手を右へ突き出す。
本業は魔術師とは言え、高度な身体強化を施された抜き手である。まともに受ければただでは済まない。
だが、クロエの右手に伝わったのは、柔らかい何かを貫いた感触だけだった。抜き手は襲撃者の肉体や武具を捉えることはできなかったのだ。
僅かに遅れて右に向けたクロエの視線が捉えたのは、抜き手に帽子を貫かれながらも、頭を下げて躱した人影。
クロエは間髪入れず右足刀を打ち込むが、それも常人離れしたバックステップで躱される。
「……ベル、君は結局裏切るのか」
クロエから素早く距離を取った襲撃者。それはベルだった。
ベルは咄嗟に頭の帽子を押さえようとして、それがクロエの右手によって奪われていたことに気づき顔をしかめる。
「……状況が変わった」
「あの子がマリー?」
「……そうだ」
ベルの動きを評価してか、ガロアが柄に掛けていた手を挙げていた。その手が合図だったのだろう。黒ずくめの男の動きは止まっていた。現状、かろうじてマリーの命は繋がったが、それもガロアの判断次第であることは、依然変わりはない。
「犬っころ、手を煩わせるな」
「チッ」
ガロアに言葉に舌打ちしつつ、ベルはクロエからゆっくりと距離を空ける。
「それにしても、お前本当に魔術師かよ」
後ずさりしながらベルが愚痴るように呟く。
「魔術師たるもの自衛のため、近接戦闘の心得くらい持っていてしかるべきだろう」
「心得ってレベルじゃねぇ」
「ふふん」
ベルから奪った帽子をくるくる回しながら、クロエが得意げに胸を張る。
「ふむぅ、しかし君のその頭……、フェンリル種の獣人だったとはね。この獣人帽を本来の意味で活用してるの初めて見たよ」
「……」
今ベルの頭は普段隠されていた鮮やかな銀色の毛髪と、優美な螺旋形を描く耳が顕わになっていた。特徴的な形の耳は先端に行くにつれ銀から紫へと変化する。それは有名な幻獣――フェンリルと同じ特徴だ。
無論、幻獣のフェンリルとフェンリル種の獣人には直接的な関係はないのだが、いずれもレアな種族であるということは共通する。
獣人帽とは獣人がその耳を隠すために着用する帽子である。その意味は耳の特徴から種族が暴露されるのを防ぐことにある。無論、獣人であることを隠すのは不可能だが、大多数の獣人が同じような帽子を被ることで、いわゆるレア種族が人攫い等に狙われる危険を抑制できた。
今でこそ帝国内で獣人奴隷制は廃止され、かつての奴隷も全て自由民となっているが、その虐げられた時代の長さは彼らに仲間意識、相互扶助の精神を育んでいた。獣人帽はその象徴ともいえる。
「道理で私の攻撃を躱せるわけだ。噂通り獣人としても段違いの身体能力だね。
けど残念だったね。私は無傷で奇襲は失敗だ。立会人と言っていたけど、彼が注意を引くと同時に合図役も兼ねてたのかな? まぁどうでもいいけど」
「本当にどうでもいい? 本当に失敗だと思ってる?」
「……?」
ベルの思わせぶりな台詞にクロエが眉を顰める。
「……クロエ、お前『トリアコンター』はどうした」
「え」
ローズの指摘に慌てて右腰を探るクロエ。
「あ、ない」
ベルがにやりと笑い、後ろ手に隠していたトリアコンターを見せつけるように前に出す。
「え、取られた? うそ、まじで?」
混乱したクロエが焦ったように胸や両腰を確かめるが、当然どこにも『トリアコンター』はない。
「ちょっと、それはシャレにならないって!」
クロエが一歩踏み出すと同時に、半透明の壁が目の前に現れ行く手を阻まれる。
「これは」
「結界?」
ローズがその結界壁を確かめるように叩くと、石の壁を叩いたような硬質の感触が返ってくる。
「はははは! こんなにうまくいくとはな!」
組長――ジョンが喜色満面に笑い声をあげる。
「こんな陳腐な手に引っかかるとはな。買い被り過ぎだったか。手間は省けたが……」
ガロアは逆に渋面だ。
「分かってた罠に引っかかりに来て、まんまとしてやられるのは何て言うんだろうな」
結界をこぶしでコンコンと叩きながら、ローズがため息をつく。
「ぐぬぬ」
ローズの見たところ、張られた結界はダンジョン産の魔導具によるものだ。一定範囲を囲い込んで、敵味方関係なく魔力も物理も遮断してしまう強力なものだが、それゆえに逆に使い勝手はあまり良くない。
特徴として効果範囲、強度、持続時間の三項目を一定の範囲内で任意に調整できる。ただし、それらの合計は一定であり、ある項目を強化すると他の項目が弱化する。
今回の場合、効果範囲は直径が両手を広げた三人分程度の円筒状で、強度はおそらく最大。となれば持続時間はわずか数分になるが、状況的にそれで十分だった。
例えクロエでも密閉状態という条件で、最大強度のこの結界を即座に破壊することは難しい。
わずか数分の時間稼ぎ。だが、その数分でベルたちはクロエ達の手の届かぬ場所まで『トリアコンター』を持ち去るだろう。
状況的には完全に詰みである。
「『トリアコンター』か。貴重すぎて値も付けられないような魔導具だな。敢えて値付けをするなら一億か、それとも十億か……?。
だが安心しろ。こちらと関係が切れなくなる程度にずぶずぶになってくれたら返してやるさ。あまり欲張って完全にあんたらを敵に回すのは下策だからな」
余裕の態度で語るジョンは完全に勝利を確信していた。
「人質ならぬ、モノ質ってわけかい」
「それって普通に質草で良くないか?」
「どっちでも良いよ……」
ローズのツッコミに答えるクロエも元気がない。
「細かい条件は後日伝えるが、こちらとしてはあんたらを取り込めさえすればいい。さほど厳しい条件を出すつもりはないから安心しな」
勝ち誇るジョンが語る背後で、ガロアが右手の指でベルを呼ぶ仕草をする。『トリアコンター』を渡せという意味だろう。
「……」
ベルとしては気に入らなかったが、マリーのことから分かるように、ガロアは明らかにベルのことを疑っている。実際裏切るつもりだったのだから正当な疑いだったのだが、こうなった以上ベルはそれを隠し通さなければならない。おとなしく従うべきだろう。それでも憮然とした表情でガロアに近づき『トリアコンター』を渡す。
ガロアはそれを受け取るために左手を伸ばし……魔導具ではなくベルの右手を掴んだ。
「……!?」
咄嗟に逃げようとしたベルであるが果たせず、逆に掴まれた腕を引っ張られ、ガロアの容赦ない右拳を腹に受けることになった。
「ふぐっ!!?」
ベルの体が半ば浮きあがり、さらに後頭部にガロアの組んだ両腕が振り下ろされる。嫌な音とともに地面に叩きつけられたベルは、そのままピクリとも動かなくなる。
倒れ伏したベルの手から『トリアコンター』が地面を転がるのを、全員が唖然と見つめる。
「犬っころの浅知恵だな。こっちを裏切ろうとしていたのは見え見えだ」
そう言いながら『トリアコンター』を拾う。
「殺すつもりだったが予定変更だ。レア種族なら高く売れる。こいつは持ち帰るとしよう」
「ガロアさん、この娘は?」
「ふむ、一応は働いた犬っころに免じて命は助けてやるか。そいつも売りだ。死んでいたほうがましだったかもしれんがな」
ガロアは黒ずくめの男の問いに肩を竦めてマリーの処遇をあっさりと決める。
そうして、右手に『トリアコンター』、左手にベルを抱え込んだガロアだったが、ジョンの方に視線を向けると眉を顰める。
「何をしている、早くやれ」
「え? なにを」
状況を呑みこめないジョンが疑問を口にするが、ガロアの言葉がジョンに対するものではないのに気づいたのは、左わき腹に突然生じた灼熱感によってだった。
「ぐっ? なに?」
「し、死ね! 死ね死ね死ね!!!」
フィリップが自分の腹に何度も突き入れている物が、短剣であることをジョンが認識するまで、一瞬のタイムラグがあった。ジョンがそれを認識した途端、その意識を激痛が支配する。
「が、ぐう!? があああっ!?」
半ば反射的にフィリップを突き放したジョンだったが、余りの激痛に立っていられずその場にへたり込む。
「ぐうう! な、なにを……」
真っ青な顔のジョンは状況を理解できず、力なくフィリップを見上げる。その視線の先、体中に返り血を浴びたフィリップが、震える両手で血塗られた短剣を抱え込むように握りしめ、無理やり笑顔を作る。
「ふ、ははは!」
哄笑するフィリップはジョンの疑問には答えず、ガロアに向けて叫ぶ。
「や、やった! やりましたよ!」
「叫ばなくてもいい。とどめは……まぁいい。どうせ一緒に片付く」
結界に阻まれたローズとクロエは、その様子を唖然としたまま眺めることしかできない。
「……えーと? これって仲間割れ?」
「いや、これは……」
ガロアがローズの言葉にニヤリと笑みを浮かべる。
「そうだ。仲間割れじゃあない。全て予定通りだ」
『トリアコンター』を懐に収めたガロアは、代わりに取り出した四本の投げナイフを、結界の四方の柱に掛かったランタンへ投擲する。
正確にはナイフはランタンそのものではなく、柱に突き刺さったのだが、そのうち一つがランタンをはじいて落としたことにより、その意図が明らかになる。
「あれは、爆弾?」
ダンジョンから稀に産する消費型アイテム。正式名称設置型魔力起動式爆石。通称「爆弾」である。
所定の魔力を通して起動することで一定時間後に爆発するのだが、起動後に移動したり衝撃を加えるだけで不発となり、起爆時間も固定で十秒と戦闘行動に用いるには欠点が多い。もっぱら鉱山や土木作業に使用されるものだった。
それがランタンの後ろに隠れていた。おそらく残りの三つのランタンの後ろにもあるのだろう。都合四つ、既に起爆モードに入っていた。
十分な間隔が空けられているそれらはお互いを破壊することなく、倉庫の柱を四本確実に破壊する。その結果がどうなるかは考えるまでもない。
「え? ひょっとして天井落とす気? やばくない?」
「いや、天井だけならいいけどな」
天井を見上げるローズにガロアが補足する。
「そうだ。天井裏にはたっぷりレンガを積み上げてある。天井が抜けない程度に目一杯積むのは一仕事だったぜ」
「お前が運んだわけじゃないんだろう」
「そりゃそうだ。だが、現場の作業監督ってのも重要な仕事だろう?」
「真っ当な現場ならな」
「なら、こんな危ない現場からはさっさと去らせてもらうとしようか。さらばだ、永遠に」
ガロアが身を翻すと同時に、四つの爆石が次々と爆発する。
爆風で舞い上がった土埃により、倉庫内の視界が塞がれる。
柱がすぐに折れることはなかったが、致命的なダメージを受けているのは明らかだった。天井が落ちるまで、さほど猶予はないだろう。
土煙と共に倉庫を出たガロアは悠々と歩み去りながら独り言ちる。
「あのクロエが、あっけないもんだな」
――――――――――
一部改訂しました。
・黒づくめと人質マリーが追加。
・(「状況が変わった~)以降のクロエとベルのやり取りを追加。
・上記に合わせ、黒づくめ・マリー関係の台詞・行動を修整・追加。
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