17.翌朝の色々

 冒険者の街オーディル。

 周辺に七つものダンジョンを有し、古くは試練の街とも言われたこの街は、その長い歴史において発展に合わせて街区を無計画に拡大してきた。

 街の形や街路が変わるたび、各職種、各階層の住む場所は自ずと変化していったが、その変化は必ずしも肯定的とは限らなかった。肯定的な変化に失敗し発展から取り残された地区の発生もまた必然だった。それらの地区は今では『どん詰まりのZ区』などと呼ばれていた。

 現在六か所あるZ区は、その経済水準からマシな順にZ-一~Z-六までの番号をつけて呼ばれている。過去の代官が管理のために主観で決めた番号であるが、一度設定された順位は呪いのように固定され、そこに住む住民を自然に階層化していた。


 『屍肉漁り』のフィリップは、ジョンの意を受けてZ-一地区にある盗賊ギルド傘下の組織『ローリー会』の本部を訪れていた。Z地区の一つには数えられてはいるが、この地区の様相はせいぜい治安の悪い繁華街程度のもので、Z地区以外の普通の下層民などよりよほど羽振りの良い者も稀ではない。

 『ローリー会』は創業者ローリーの起こしたカジノを本業とした組織であるが、都市公認の賭博であるカジノ以外にも、各種違法賭博も取り仕切っているのは公然の秘密である。盗賊ギルド内の影響力はその経済力を背景に他の組織を圧倒しており、事実上盗賊ギルドを主導している。そのトップが三代目会長のバーブルだった。


「おう、フィリップか」


 バーブルの執務室前で腕を組んでいる巨漢がフィリップの姿を認めて声をかける。


「ガロア……さん。なんでここに?」


 巨漢の男――ガロアはかつてバーブルの護衛を務めていたが、バーブルに気に入られ、今ではローリー会の幹部級にまで出世している。そのガロアが、今執務室の前で取次役の真似事をしていることをフィリップがいぶかしむ。


「野暮用でここに寄ったら、サムの女房が急に産気づいらたらしくてね。代役さ」

「はあ」


 サムが誰なのかフィリップは知らなかったが、話の流れからすると本来ここに立っているべき取次役のことだろう。


「たまには昔の仕事を思い出すのも悪くないな」

「そうですか」


 今のガロアほどの地位の者が、取次役の代役など本来あり得ないが、あえてそうするのは部下に対する統率を考えてのことだろう。

 妻の予定前の出産という人生の突発事件で、気さくに代役を申し出てくれる幹部。サムとやらが恩に着ないはずがない。ガロアの組織内の評判も上がるだろう。むしろ上がるように意識的な工作もされるはずだ。それがバーブルの指示ならなおさらだ。

 穿った見方をするフィリップだったが、それほど事実と外れてはいない。


「手紙でよこした件、会長への話は通ってるぜ」


 ガロアは素早くノックして扉を開けると、フィリップを室内へ導く。

 すれ違いざまガロアが意味深な笑みを浮かべたことに嫌な予感がしつつも、今更引き返すこともできない。

 広い執務室、十歩ほども距離がある正面の机に座っている初老の男がバーブルだった。

 その手前に護衛が二名。威圧するようにフィリップをにらんでいる。

 ごくりと喉を鳴らして、フィリップは足を前に出す。



―――――――



「……」


 フィリップの入室から数分。不機嫌さを隠しもせず葉巻を吹かし続けるバーブルの無言の圧力を前に、フィリップは冷や汗をかいていた。

 バーブルが吸っていた葉巻を灰皿に押し付けて揉み消す。紫檀製の重厚な机に肘をついて手を組むと、椅子がギシリと軋んだ。


「死体漁りごときがよくも増長したもんだな」


 フィリップは弁明のため口を開こうとしたが、バーブルに睨まれて開けかけた口を閉じる。


「【水晶宮殿】に手を出した挙句、自分のケツも拭けずに人を貸せだ? 巫山戯てるのかお前ら」

「いえ、そうではなく、奴らを黙らせるチャンスなんです。保険として戦力を貸してもらって万全を期したいと……」

「同じことだろうが」


 さらなる弁明を口にしようとしたフィリップであるが、バーブルに視線で止められる。


(完全に貧乏くじじゃねぇか)


 フィリップは自ら志願して交渉役に就いたことも忘れて愚痴る。手紙を送った時点では交渉に自信があったのだが、いきなりバーブル本人に呼び出されることは完全に想定外だった。その迫力に気押されて、言いたいことも言えない。なにしろ下手なことを言えば本当に殺されかねないのだから。


「……まぁいい、お前らの策とやらを聞かせてみろ」


 その言葉にフィリップはほっとしつつ、話が早いことの違和感を持つ。だが、悠長に考えている時間はない。できるだけ受け取り手のイメージが良くなるように脚色して策を説明する。もっともそのような小細工が通じる相手ではないのだが。


「ふっ、ガキの考えたみたいな策だな」

「はぁ、所詮は私ども程度が考えた策ですから。ですがシンプルな策の方が成功率は高いかと」

「ふぅん? お前さんが考えたのか?」


 へり下って見せるフィリップに対し、バーブルは表面上面白そうに笑う。だがその目が笑っていない事にフィリップは震える。


「証拠とやらは持ってきているのか?」

「これです!」


 バーブルの護衛にローズの冒険者情報が印刷された半紙を渡す。

 護衛を介して渡された半紙を手に取ったバーブルはそれをしばらく眺める。表情に変化はなくフィリップには彼が何を考えているのか想像もつかなかった。


「使えねぇな」

「え」

「だが……、まぁ、そうだな。一口乗ってやるか」


 バーブルは興味なさげに半紙を机に放りだして、机に肘をつく。


「ダマでやらずに話を通してきたことは評価してやろう。人も場所も貸してやる。成功すれば相応の席も用意してやろうじゃないか」

「!! ありがとうございます!」

「ただし、お前はジョンを殺せ」

「……は?」


 ジョンとは『組長』の名前だ。フィリップは唐突なバーブルの言葉を理解できず、間抜けな声を出す。


「勝手をした責任を取る奴が必要だろう? それに、奴は最近色々やりすぎていたしな。……それともフィリップ、お前が代わりに責任取るか?」

「は、はい! いや、いいえ!!」

「おいおい、どっちなんだ?」


 慌てるフィリップの言葉に呆れたように笑うバーブル。


「ジョンに責任を取らせます!」


 ニヤリと分かりやすい表情でフィリップを見返すバーブル。相変わらず目は笑っていなかった。


「それでいい」




 【水晶宮殿】三階のクロエのプライベートエリア、そのダイニングでは朝食のため四人が席に着いていた。

 微妙な駆け引きの結果、クロエとノイアが並び、その対面にローズとベルが並ぶ。エリザベートは配膳を済ませると、家長よろしく端の上座につく。


「それでは頂きましょう」

「頂きまーす!」

「頂きます」

「頂きます……」

「……頂きます」


 エリザベートの言葉に続いて、四者四様の反応が返される。

 ちなみに寝不足で覇気がないのがローズで、遅れてエリザベートに睨まれたのがベルである。


「……うま」


 食パンにベーコンと目玉焼きを乗せたシンプルな朝食。それを一口食べたベルが思わず呟く。


「ベスの作る食事はシンプルなのも油断ならないんだよねぇ」


 クロエが我が事のように自慢する。


「素材から厳選してますから」


 褒められて満更でもないようで、エリザベートは機嫌が良い。

 しばし無言で食事が進む。


「それで、ローズの目の下のクマは、一晩中励んでたせいかしら?」

「ブーッ!」


 唐突なエリザベートの言葉に、ローズは目覚まし代わりに口に含んでいた、熱い紅茶を吹き出してしまう。


「え、三人同じ部屋から出てきたと思ったら、あんたら……」

「違う! 一緒のベッドで寝ただけだ!」

「ねた……」

「眠っただけ!」


 ドン引きして汚い大人を見る目で三人を見るベル。

 ローズはその勘違いを急いで否定するが、しかし説得力がないのかベルの顔から疑いは晴れない。


「別に問題ないだろう! 女同士なんだから……」


 ベルはそれもそうだと思いつつも、ローズの語尾が弱々しくなったのに気づき疑問を口にする。


「ならなんで寝不足なの?」

「え……」


 それに対して絶句するローズ。女同士だから問題ないと言ったそばから、矛盾を指摘されて思考がフリーズしたのだ。


「え、やっぱり……」

「いやいや、ローズったら思った以上に純情でね。お隣に美女二人が寝てるだけで、緊張して……興奮して? 眠れなくなっちゃったらしいんだよね」

「仕方ないだろう、二日前までは男だったんだから」

「ふーん、でもそれだとさ」


 クロエとローズの弁明に疑わしいそうな声で割って入るベル。


「ロイズは四十手前のおっさんだったじゃん。女と一緒のベッドで寝ただけで、眠れないとかありえないでしょ。やっぱあんたがロイズとか信じられないね」

「……仕方ないじゃないか、女性……成人女性と同じベッドで眠るとか初めての経験だし」

「……?」


 食卓がしばし無言に包まれる。


「え? 初めてって」

「俺……私は結婚したことがないんだから、……そういった経験がなくても不思議はないだろう?」

「いや、不思議だよ!」

「女性と付き合ったことないの? ってか娼館とかもあるんじゃん?」

「どちらも……経験がない」

「え……」

「おーう」

「……ふむ」


 蚊帳の外のエリザベートは無言で三者三様の反応を面白そうに眺めている。


「これは、ローズったら乙女どころかスーパー純情チェリー君だったんだねぇ」

「……」


 クロエのとどめの言葉に、屈辱に耐えないという顔で俯くローズ。ベルまで気の毒そうな顔になっていた。


「いや、なんかごめん。うん、将来の結婚相手のため清い体を守るのも……悪くないと思うよ。清いままで終わったみたいだけど」

「ぐ……」


 プルプル震えだしたローズを慰めるようにノイアが声をかける。


「ローズさんみたいに誠実な人、私は素敵だと思います」

「ノイア……」


 若干救われたように涙ぐむローズ。


「ぶぅー、なんだい? ひとりだけ良い子ちゃんぶってさぁ」


 クロエのブーイングを素知らぬ顔でスルーするノイア。なお、テーブルの下では得点稼ぎの成功にこぶしを握っていたのだが。


「まぁ、今のローズの容姿で経験豊富とか言われる方がショックだし、結果的には良かったんじゃないかな?」

「……」

「はいはい、聞いていて面白いけど、さっさと食事片しちゃってね。あと、一応指摘しておくとローズもメンタルは三十八歳のエルフ女性だったんだから、婚前交渉に抵抗があって貞操守っていたのも不思議はないでしょう? あんまり揶揄わない」


 エリザベートが締める様に言うと、「三十八歳乙女……」「……なるほど」「なんか混乱するな」等々、思い思いの返事を返して食事を再開した。

 ちなみにだが、三十八歳のエルフは人間換算十五~六歳とされている。

 パンをちぎって口に入れたローズだったが、そこでふと気づく。


(あれ? 元はと言えば……)


 綺麗にまとめられ一瞬エリザベートに感謝したが、そもそもの発端の言葉もエリザベートではなかったか?

 ローズはエリザベートを軽く睨むが、微笑を返されて沈黙する。どうやらこの反応も、エリザベートの予想の範囲内だったようだ

 ローズは色んな意味で勝てそうにないと内心ため息をついた。

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