14.尋問

 ローズが横目で床に座り込んでいるノイアと、もう一人蹲っている見知らぬ男を確認する。


「ローズさん!」

「ノイア、無事か?」

「はい、その、ベル君が助けてくれて」

「は? ベルに攫われたんじゃないのか?」

「いえ、そうなんですけど、ここに閉じ込められていて、そこの男に襲われそうになったところをベル君が」


 ローズはノイアの顔の殴られたような痕に気づき、蹲ってる男を睨む。


「ひっ」


 殺気を感じてか、床を這いずって必死に距離を取ろうとする男。


「眠っておけ」


 ローズが懐から出したダートのようなものを男に投げつける。避ける間もなく足にダートが突き刺さった男は、ビクリと痙攣してそのまま失神する。


「一発か。野生動物用の麻痺ダート程度で、ちょっと情けないんじゃないか」


 呑気に男の魔術耐性の低さを評価するローズ。

 そこにベルの不機嫌そうな声。


「……交渉は決裂ってこと?」


 衝撃から立ち直ったベルが、ローズを見上げるように睨んでいた。


「人質を取るのは交渉とは言わない。脅迫だ」

「人質は交渉をスムーズに行うための保険だよ。証拠はこっちが握ってるって言っただろ?」

「その保険を危険に晒したようだが?」

「そこは謝るしかないけど、ちゃんと対処したでしょ」

「その点だけは礼を言う。マイナス百点に多少加点したところでマイナスは変わらんがな」


 ベルは横たわったまま器用に肩をすくめる。抵抗する気はないようだった。


「不正が明らかになれば【水晶宮殿】も冒険者ギルドも大変なことになる思うけど、誤魔化し切れる自信があるってこと?」

「ロイズの事ならそもそも不正ではない」

「登録情報の書き換えとかあからさまに不正でしょ。国だって無能じゃない。本気で調べればすぐにばれるよ」


 ローズはどうしたものかと一瞬考えるが、面倒になって正直に話すことにした。


「登録情報の書き換えなら正当だ。なぜなら俺がロイズだからな」

「……は?」

「何言ってんだ、って顔だな」

「女装趣味?」

「いや、女装じゃ体形は変わらんだろう」

「種族も違うし、無理ありすぎでしょ」

「やっぱり信じないか」


 ローズはベルの襟首をつかんで立たせる。


「軽いな。飯食ってるのか?」

「ほっといてよ。どうするつもり? 僕を人質にでも取ってみる?」

「人質にならないだろ」

「正解」


 ベルは言いながらにやりとする。


「便利使いされて色々指図する立場ではあるけど、所詮下っ端だからね。あー、それにしても下手打ったな。これじゃ人質に逃げられた責任、僕のせいになるじゃん」


 ベルのワザとらしい言い草にローズはいぶかしむ。


「何が言いたい」

「物は相談だけどさ、僕そっちに入れてくれない?」


 その言葉に思わずぱちぱちと瞬きするローズ。


「それは、盗賊ギルドを裏切るという意味か?」

「手を切れって言ったのそっちじゃん」

「……そういえばそんなことも言ったな」


 自宅での一件での自らの去り際のセリフを思い出す。


「実のところ僕もそろそろ潮時だとは思ってたんだよね。このままずるずる泥沼にはまるよりは、どこかで人生リセットした方が良いなって」

「それなら他の街にでも逃げた方が良いだろう」

「庶民が基盤のない街に移住するって大変なんだよ? しらないの?」


 ベルの言う通り、庶民が頼れる親類や知人もいない街で生活基盤を再建するのは困難である。

 だがベルには冒険者としてある程度実力がある。冒険者ギルド所在地に限定されるものの比較的移住は容易なはずだった。


「冒険者として移住したところで、冒険者ギルドの所在地は盗賊ギルドもなんらか繋がりがあることが多いしね。陰険で執念深いあいつらに追われ続けるよりは、ここで断ち切りたいのさ」

「陰険で執念深いやつがいるのか」

「そうじゃなきゃ、そもそもあんたらに絡んでないでしょ」

「そういうものか」


 ローズはベルの言うことを信用して良いものか迷う。本気かもしれないし、捕まって苦し紛れに【水晶宮殿】潜入を試みているのかもしれない。また、現時点で本気だとしても、心変わりして裏切らないとも限らない。


(とはいえ、ここで相手側の戦力を削るのは悪くはないか)


 単に削るだけなら殺すという選択肢もないではないが、あまり対応を過激化すると双方ともに際限なく過激化する可能性が高い。今後の展開次第で結局はそうなるのかもしれないが、今ここで引き金を引いてしまうのは悪手だった。


「ローズさん、私からもお願いします。ベル君は体の不自由な妹さんを養わないといけないんです」


 そこに口を出したのがノイアだった。ノイアは冒険者ギルドの受付嬢だ。受付嬢の仕事には冒険者の身の上相談もある。ノイアはかつて初級冒険者としてのベルに、妹の世話をしながら稼ぐ方法について相談を受けていた。

 その言葉に思わず眉を上げてノイアを見返すローズだったが、彼女が口を開くより先にベルが割り込む。


「えーと、それ真に受けちゃったの?」

「え?」

「それ嘘だから。僕の冒険者らしく振舞ってるふり」

「ええ!?」


 思ってもいなかったことに本気で驚愕するノイア。


「むしろこっちがびっくりだよ。人が良すぎるなぁ……。知ってた? あんたに相談してる冒険者、特に男どもの身の上相談って大半が嘘か、誇張して大げさに言ってるだけだよ」

「え……、でもなんでそんなことを?」

「そりゃもちろん、あんたと話すための口実。下心満載の」


 ノイアは割と本気でショックを受ける。それはそうだろう、本気で親身になって相談に乗っていたのだ。裏切られたという思いで一杯だった。


「僕が言うことじゃないけど、この子大丈夫なの?」

「人の良さは母親譲りでな。まぁ変な誘いに乗らない程度にはしっかりしてる」

「その割に今朝はあっさり誘拐されたけど」

「ふむ、その辺りは後できっちり経緯を聞かせてもらおうか」

「あ……」


 藪蛇になってしまったことに、ばつの悪い顔をするベルだった。




「で、連れてきちゃったの? これ」


 【水晶宮殿】のクランマスター執務室。ローズに連れられてきたベルをクロエが呆れ顔で指さす。

 二つの執務机にクロエとエリザベート。応接セットにローズ、ノイア、そしてベルが座る。念のためローズはベルの隣だ。

 クロエに指さされたベルは、二人のエルフの視線もどこ吹く風と、ソファーでふんぞり返っている。


「え、どう考えても信用できないよね?」

「別に減るもんでもないし良いだろう?」

「ローズ、キミって度量が大きいにも程があるね!?」

「度量というより、考えるのが面倒になってないかしら」

「まぁ、そもそも盗賊ギルドって時点で面倒ってのはあるね。でもそこで思考停止していては人類の発展は止まってしまうよ」

「そんな大きな話だったかしら?」

「必要悪を必要としない社会を実現できれば……」


 急速に話が脱線していくクロエとエリザベート。彼女らを相手にしてもしょうがないと、ベルは隣に座っているローズに話しかける。


「信用って言ったってねぇ。盗賊ギルド内の情報でも喋ろうか?」

「いや、どうせ聞いたところで裏の取りようがない」

「ならどうすんのさ」

「そうだな」


 ローズは少し考えて続ける。


「盗賊ギルドの側のこちらに対する方針、そもそも何がしたいのかを教えてくれ」

「それだって裏の取りようがないじゃん」

「その辺りはこちらで判断する」

「ふぅん。まぁいいけど」


 ベルは肩をすくめる。


「まずキーワードは『【水晶宮殿】には手を出すな』だね」

「なに?」


 ベルは自分の言葉を訝しむローズの反応を面白そうに見ている。


「盗賊ギルドにはいくつか不文律みたいなものがあってね、その一つに曰く【水晶宮殿】には手をだすな」

「……出してるじゃないか」

「その不文律って奴がずいぶん古くてね。昔の抗争が理由らしいけど、今の世代からすると意味が分からないわけじゃん? そりゃS級冒険者がいるんだから迂闊に手を出せないのは分かるけどさ、反発してむしろ手を出して潰すべきだって言う跳ねっ返りも多いわけ」

「今回がその良い機会だと?」

「多分ね」


 そのベルの話にクロエが反応する。


「はっはっは、ずいぶん舐められたものだね。百年前の事をもう忘れてしまったのかい?」

「忘れるとか以前に、百年前とかもう誰も生きてないだろ」

「ふふふ、そうなんだよねぇ」


 ベルから期待通りのツッコミが来て機嫌良さげに笑うクロエ。


「あれ、ひょっとして僕ツッコミ入れない方が良かった?」

「むしろありがたい。接待みたいなものだから」

「なんだい、その扱いの面倒な上司を相手にするような態度は。泣いちゃうぞ」

「エルフ定番の寿命差ジョークなんだけど、意外と使い所がないのよね。この機会を逃したくなかったのよ、クロエは」

「おいぃ、解説しないでよ。本気で泣いちゃうぞ」


 エリザベートの追撃にぶぅたれるクロエ。


「それはさておき、ベルの話だと盗賊ギルド全体というよりは一部の過激派がうちに手を出しているってことで良いのかな?」

「過激派というよりは『屍肉漁り』のグループだね。知ってるかもしれないけど、『屍肉漁り』って盗賊ギルド内でも立場が低くてね」

「【水晶宮殿】や冒険者ギルドの首に鈴をつけることができれば、自ずと発言力が増すと?」

「そういうこと」


 ローズは疑わし気な表情で唸る。


「立場が弱いんだろう? 逆に目をつけられて、叩かれないか? 余計なことをするなって」

「その辺りの組織内のバランス的な事はよく分からないよ。僕って所詮下っ端だし」

「ふぅん」


 ローズの疑念は晴れないが、クロエはベルの話をベースに作戦を立てる気になっていた。そもそもクロエは過去の経験から盗賊ギルドというものを舐めていた。多少の齟齬があったとしても実力でどうとでもなると。

 ローズとしてはクロエのその考えが透けて見えるため、甘く見過ぎではないかと懸念を抱かざるを得ないのだが。


「一つ分かった事があるね。その『屍肉漁り』のグループを叩いてしまえば、盗賊ギルド全体を敵に回す面倒は避けられる。むしろ警告として丁度良い」

「そんなにうまくいくか?」


 ローズの言葉に対し、クロエが悪そうな笑みを返す。

 ただし、悪そうと思っているのは本人だけで、ローズにはただの良い笑顔にしか見えない。元の顔が良すぎるのだ。


「フフフ、思いっきり派手にぶっ飛ばせば、ぐうの音も出せずに黙るでしょ」

「……」


 クロエの雑な認識にローズの不安は深まるばかりだった。

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