10.ロイズの自宅にて

 ローズはクロエたちと別れ、一旦自宅に戻る。当面必要なものを持ち出すためだ。

 武具や、その手入れのための道具、暇つぶしの書籍、あとは服だろうか。


「鉢植えも持っていきたいけど、さすがにかさばるから無理か。引っ越しの時にまとめて運ぶしかないか。服は男物の服でもサイズ直しすれば着られないこともない……だろう……多分」


 サイズを直すにせよ、新調するにせよ、早くクロエの借り物から卒業しないと、精神的に辛い。最も恐ろしいのは、それに慣れてしまうことだ。

 魅力的な美少女であるクロエと服を共有するということに、ローズ自身説明し難い誘惑を感じていた。


「これじゃ変態だ……。いや、もう女なんだから、開き直ってもいいのか? ……まずい気がする。なぜかはわからないけど何となくまずい気がする……」


 それにしても先ほどの騒ぎは何だったのか。ローズは冒険者ギルドでのことを思い返す。

 クロエとノイアの雰囲気が急におかしくなったと思いきや、良く分からないうちに二人に『女性教育』をされることになってしまった。


「ありがたくはあるが、なぜに二人して争うように……」


 正直クロエから、女性のいろいろなあれやこれやの手ほどきを受けるのは、いろんな意味で心配があった。彼女は少々常識から外れたところがあるのだ。実際に昨晩のような実被害も生じていた。悪気がないのはわかっているが。

 また、エリザベートは比較的常識をわきまえてはいるが、今回のように協力的なのは珍しいことだ。おそらくだがローズの身に起きたことの特異さと、学術的な好奇心がそうさせているのだろう。とすれば、しばらくすればいつもの塩対応に戻る可能性が高い。すでにその兆候も表れていた。

 それらを考えると、ノイアの協力を受けられるのはありがたい。

 ただ、なぜ二人が積極的に協力してくれるのかローズにはわからない。単純な親切だとも考えられるが、どうも違うようだということぐらいは、ローズも気が付いていた。


「良く分からんがあれか? 突然、妹的な存在が出現したので取り合いになって……、いや、まて。自分で言っててものすごく烏滸がましい気分になってきたぞ……」


 体格的にも、女性としての人生経験でも、今のローズは完全に彼女らの後輩。いわば妹的存在と言えなくもない。

 だが二百歳のエルフであるクロエはともかく、ノイアは親友の娘の十六歳の少女だ。その少女に妹扱いされているかもしれないと考えるのは、なんとも名状しがたい抵抗感があった。実際にノイアがどう考えてるのかはわからないが……


「はぁ、それにしてもこれからどうするか」


 冒険者を引退して第二の人生と考えていたが、これでは断念せざるを得ない。エルフの三十八歳など成人前後の小娘である。むしろこれからと言うところだ。


「……A級、あわよくばS級を目指すか?」


 かつて諦めた夢。超一流冒険者の証明であるS級。

 エルフの寿命とこの身体ならば目指せるかもしれない。

 かつての人族の体より、この小柄な体の方がローズの戦闘スタイルには合っている。

 試す時間がなかったが、この体の基礎能力や身体強化魔法の通りは、現時点の感覚としてはかなり高い。上を目指せるという期待が持てる。

 仮に昇級できたとして、そこからどうするかなど具体的なイメージは全くないが、それは追々考えれば良い。まずはこの体に慣れて、昇級を目指す。

 うん、良いかもしれない。

 そう考えているだけで、少し落ち込み気味だった気分が晴れてきた。


「~~♪」


 ほとんど無意識で鼻歌を歌いながら、慣れ親しんだ道を通って自宅のアパルトメントに到着する。

 そうやって自分の将来像を妄想していたのがまずかったのだろう。鍵を開けて室内に入るまで、迂闊にもその気配に気づくことができなかった。


「動くな」


 突然背中に突き付けられた硬い感触に、一気に思考が現実に戻る。

 おそらく刃物だろうと見当をつけつつ、借りた服に穴が開いていないか、場違いな心配をする。

 強盗か、それとも空き巣の居直りかは知らないが、刃物を使って脅すなら、首に突き付けるなり、羽交い絞めと併用するなり、もっとやりようがある。

 おそらくあまり離れ慣れしていないのだ。そう判断したローズは、慌てることなく冷静に対処のタイミングを計る。


「……」


 とはいえ今のローズは以前の体ではない。以前の体なら即座に制圧可能と判断するところだが、問題はこの新しい体だ。

 基礎能力が高くとも、ぶっつけ本番でどこまで動けるのか。幾分不安がある。

 ローズのその迷いを読み取ったように、背後の強盗が警告する。


「何等か動作に移ったり、魔力起動する気配を感じれば、躊躇なく心臓を貫く」


 その声がローズの余裕をかき消した。聞き覚えのある声であることに気づいたのだ。


「ベル?」


 思わず漏らしたローズの声に、背後の人物がピクリと反応する。


「ちっ……、さっきの受付にでも聞いたか」


 ベルはローズがロイズであることは知らないが、冒険者ギルドの受付での騒ぎの折、お互い顔を見ていた。声で気づかれてもそうおかしくはない。


「まぁいい。そのまま部屋に入れ」


 ベルに促され自分の部屋に入るローズ。ベルはその背中から刃物を離すことなくついていき、後ろ手に玄関のドアを閉める。これで、部屋の外に騒ぎは漏れなくなる。


「僕からの言うべきことはひとつだ。ロイズから奪ったものを置いていけ」

「……奪った?」


 その予想外の言葉に困惑するローズ。


「とぼける必要はない。お前がロイズの死体を漁って、所持品と戦利品を奪ったことは分かっている。現にこうして堂々と鍵を使って空き巣をしているのだしな」


 盛大に勘違いされているらしいということに気づき、ローズが焦る。


「いや、これは奪ったわけではなく」

「とぼけるなと言っている。お前がロイズの装備を奪ってボス部屋から出たことも、ロイズが街に戻っていないことも、こちらは把握しているんだよ」

「なに?」


 ベルが言っていることは、表面的にではあるが事実だった。ローズがロイズであることを知らなければだが。

 だが、偶然目にしたにしては、いろいろとおかしい。

 ダンジョンを出るときに新人冒険者らしき三人組に目撃はされているが、彼らはまだ戻ってきていないはずだ。通常ダンジョン行は効率を考えて、数日程度の時間をかけるものだからだ。

 ダンジョンからの帰り道では当然人の目があったが、それで『装備を奪ってボス部屋から出た』とはならないはずだ。

 仮にカマをかけたにしても、わざわざ『ボス部屋』という限定条件を加える意味がない。

 瞬時にそこまで考え、何やら風向きがおかしいことを感じるローズ。


「証拠がないと思っているだろう? 確かにない。どうもお前は【水晶宮殿】に取り入ってるようだし、訴えたところで逃げ切られそうだ。

 なのでこの場でお前がロイズから奪った物に相当する価値のあるものを差し出すか、それができないならば……」

「できないなら?」

「お前には、空き巣の現行犯になってもらおう。

 この部屋からいくつか相応の物を頂いていく。犯人はお前だ。一度目で盗んだものをどこかに隠し、大胆にも二度目の犯行に及び、あえなく僕に捕まった。盗んだものは見つからなかった。そういうシナリオだ」

「……」


 やはりおかしい。ベルが勘違いと正義感でこの行動に出たならば、ローズを捕えて終わりのはずだ。

 ベルとロイズの関係はそこまで深いものではない。冒険者として狩場で何度か新人のベルを指導してやった程度だ。ゆえに、ローズを捕まえるついでに金目の物を拝借しようとするベルの行動もわからなくはない。

 だがベルの要求は欲をかいての行動とは思えない、一定の基準を感じさせた。つまり、『ローズがダンジョンでロイズから奪ったであろう物』あるいは相当品の回収だ。


「お前は何者だ」

「何者でも良いだろう。ただ、物事にはルール、優先順位があるということだ。お前は知らずにそれを犯した」

「……盗賊ギルドか」

「……」


 犯罪行為にルールなどと言われれば、盗賊ギルドが真っ先に思い浮かぶ。

 ベルがわざわざ盗賊ギルドを匂わせる発言をしたのは、半ば意図的なものだろう。

 つまり脅しだ。

 面倒なことになったと、ローズは嘆息する。

 どうやらロイズが何らかの犯罪ターゲットになっていたところで、ローズが獲物をかすめ取ったと勘違いされているようだ。実際はロイズ=ローズなのだが。


「誤解されるのも無理ないか」

「誤解?」

「つまり」


 ローズは瞬時に全身の魔力を励起すると、自身の筋力や瞬発力を強化する魔法――いわゆる身体強化を発動する。

 常人離れした速度で発動された身体強化にベルは反応できず、ローズが振り向くことなく、上半身をお辞儀をするように倒した反動で、真後ろに繰り出した蹴りをまともに食らう。


「!?」


 吹き飛ばされたベルが、玄関のドアに背中から叩きつけられる。

 衝撃で開いたドアから部屋の外まで吹き飛ばされるベル。


「ぐう!?」


 ベルが体を起こそうとしたときに目の当たりにしたのは、外に出たローズがベルに背中を向けてドアの鍵を確かめている所だった。


「鍵は生きてるな、助かった。若干ガタが来てたのが逆に幸いしたか」

「何を!」


 隙だらけで背中を晒すローズ。

 舐められていると感じたベルはカッとなってその背中に短剣を突き入れる。だがローズは見えているかのように、あっさりとそれを躱してみせる。


「あー、事情の説明はできないが、俺は何ら犯罪行為は行っていないし、この部屋の所有権も正当なのだが……言っても分からんよな」

「何を意味不明なことを!」


 困った顔で頭をかくローズに再度短剣を突き入れたベル。しかし、またもあっさり躱され、伸びきった肘にローズの裏拳を軽く撃ち込まれ、短剣を取り落とす。


「ぐっ」


 ローズは落ちた短剣を蹴り飛ばして、ベルと距離を取る。

 ベルはしびれた右手を抱えつつ、予想外の実力差に悔し気にローズを睨みつける。


「納得しないよな。どうしたものか」


 ローズが盗賊ギルドのしのぎをかすめ取ったと誤解されているとすれば、ベルもただでは引かないだろう。かといって、ローズの側から譲歩する謂れもない。

 誤解を解こうにも、わざわざ経緯を説明するわけにもいかないし、説明する場もない。

 そもそも、仮に経緯を説明できたところで、それで納得するわけがない。何しろ未だにロイズ自身が信じられない思いなのだ。

 ベルの口を封じることも考えられるが、さすがにそれはどうなのか。


「ふむ。とりあえず逃げるよ。この部屋、荒らしたりするなよ? 憲兵に手を回しておくからな」

「逃げたところで!」

「んー、分かっているんだが……本当にどうしたものかな」


 本気で悩んで首を傾げるローズとそれを睨むベル。


「まぁいい。ところで、お前は若いしそれなりに実力もあるのだから、盗賊とは手を切った方が良いぞ」

「……知ったことか!」

「そうかい」


 そう言い残してローズは身を翻す。

 あとには苦々しげな顔のベルが取り残された。

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