幕間2 ベル

 盗賊ギルドには『屍肉漁り』という一派がある。

 ただし、一派と言っても自発的に派を形成したわけではない。昔の盗賊ギルドの何者かが、彼らからショバ代、上納金をかすめ取る名目として無理やりでっち上げたものだ。

 一応冒険者キラーの一種という事になっているが、当の『屍肉漁り』以外は、誰もそれを認めない。盗賊ギルドにおけるその扱いは最底辺。ほとんど全ての同業者に侮蔑の目で見られ、唾棄される集団だった。

 情報屋としての顔を持つ、『物乞い』のほうが一目置かれているくらいだ。


 普通、犯罪者は一定のリスクを負って仕事を行っている。

 例えば博徒には同業者との抗争や官憲の摘発があり、暗殺者はより直接的に死の危険があり、また時として発覚を恐れたクライアントに裏切られる可能性もある。

 それらのリスクは、ある意味で彼らの誇りですらある。リスクがあるからこそ、それを制するからこそ、彼らの存在意義があるのだと。


 だが、『屍肉漁り』はそのリスクがとても小さい。正確にはリスクを負おうとしない。

 『屍肉漁り』は普段は狩場で、価値が低いと打ち捨てられたモンスターの素材や、ドロップ品を回収して回る。また有力パーティーを追跡し、そのおこぼれを狙う事もある。

 盗賊ギルドに所属するにも関わらず、冒険者なら誰もが見かけ、そして見て見ぬふりをしている存在だ。

 人によっては、それらは盗賊などではなく、ただの困窮した冒険者だと勘違いしている場合すらある。そしてそれは一部事実でもある。


 初心者冒険者の中には、本当に困窮してドロップ品を拾って食いつなごうとする者もいる。『屍肉漁り』はそのような困窮者に因縁をつけ、僅かな金品を奪う。曰く『縄張りを荒らした罰』だ。

 そうやって困窮した冒険者を威圧して、冒険者キラーの一種であると自称しながら、まっとうな冒険者を襲う事は滅多にない。周りに誰もいないような場所で、重傷を負った冒険者を見つけた時ぐらいだろうか。

 その根底にあるのは徹底的なリスク回避。ある意味でリスクを誇りとしている者たちとは相容れるはずもなかった。


 ベルが『屍肉漁り』となったのは、例にもれず貧困からだった。Z-六地区出身者に戦闘技能や武具を手にする機会はほとんどない。

 幼いベルが自身や兄弟たちの食い扶持を稼ぐため、近場の狩場へ向かう冒険者を追跡し、そのおこぼれを狙うようになったのは、ただの偶然だった。そしていとも簡単に、数日分の食費を確保できたことに驚喜した。

 これで食っていける。まるで目の前に道が開けたような気持ちになった。

 だが、繰り返すこと三度目。ベルは正規の『屍肉漁り』に捕まった。


「二度とやるな」


 大人の『屍肉漁り』に散々に殴られ、一枚だけ持っていた銅貨まで奪われた。今、思えばそれでも手加減していたのだろう。殺されなかっただけ幸運だった。


「なんで……」


 ベルの小さな声に、立ち去ろうとしていた『屍肉漁り』が振り返った。


「縄張りだ。やりたきゃ話を通せ、顔を繋げ」


 言葉の意味は分からない。だが、必至だった。気力を振り絞って立ち上がった。

 そのあとのことはよく覚えていない。立ち去ろうとする『屍肉漁り』に食らいつき、殴られ、それを繰り返し、結果的に『屍肉漁り』の見習いのような位置に落ち着いた。

 あるいは、その『屍肉漁り』にも、ベルの境遇に少しは思うところがあったのかもしれない。


 ベルが『屍肉漁り』を始めて二年ほどたった頃、一派により多く稼ぐ「グループ」が現れた。

 それまで、ただ闇雲に狩場を彷徨っていた彼らを、組織化し効率の良い手法を編み出し、それによりそれまでの数十倍利益を稼ぎ出していた。


「あれには近づくな。殺しをやっている」


 ベルを『屍肉漁り』に引き入れた男はそう忠告した。その半月後、男は川に浮いているのを発見された。

 理由は分からない。だが、ベルは男が「グループ」に殺されたのだと確信している。

 その後「グループ」は急速に力をつけ、『屍肉漁り』の指導的立場となった。


 ベルはその幼い容貌を利用され、隙のある冒険者から情報を抜き出す役割が与えられた。拒否はできなかった。自分より兄弟たち――二年前より減っていた――を食わすためにも、そして自分の命を守る為にも。

 殺しを冒険者ギルドに気づかれるわけにはいかない。「グループ」の長、今では『組長』と呼ばれているその男は、ベルが使えないとなればあっさりと殺しただろう、秘密を守るために。


 最近の『屍肉漁り』の仕事のやり方はずいぶんと複雑化していた。

 単純な昔ながらのおこぼれ狙い。

 一時的なパーティーを組んで油断したところで金品をちょろまかすスリ。

 睡眠中の冒険者からの盗み。

 戦闘中の冒険者に別のモンスターをけしかける擦り付け。

 遠征中の冒険者の自宅を狙う空き巣。

 善意の第三者を装って近づき、隙を見て対象を殺害し、すべてを奪う殺し。

 ……等々。

 明らかな他組織の縄張り荒らしも平然と行われていた。問題になっていないのが不思議なぐらいだ。


 『組長』はノルマを課す。だが方法は指定しない。

 『組長』はターゲットを指定する。だが何を奪うかは指定しない。

 過酷なノルマをこなすため、『屍肉漁り』のやり口は過激化する一方だ。

 対して『組長』は何も責任を負わない。全て『部下が勝手にやったこと』なのだ。


 その後もベルは生き残り続け、その過程で様々なスキルを身につけた。『組長』にとって簡単に使い捨てるには惜しい『便利な駒』程度の立ち位置を確保するため。

 ベルの次の仕事のターゲットとして指定されたのは、B級冒険者のロイズという名の男だった。

 今やたった一人残った兄弟――血の繋がらない妹――を守るため、仕事をこなす。

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