11.対策会議
「というわけだ」
【水晶宮殿】三階のクロエのプライベートスペース。
その居間でローズは自宅でベルに襲われたこと、どうも盗賊ギルドが絡んでいそうだということを、クロエたちに説明する。
無論、ベルの目的や立ち位置などは正確なところは分からないため、分かっている事だけだ。
「どうもベルは人を直接脅したり、危害を加えたりということには慣れていないようだな。簡単に反撃を許してくれた」
「あなたの簡単は簡単じゃないでしょうけどね」
エリザベートが三人分の紅茶を淹れながら言うと、クロエがうんうんと同意する。
「いや、あれくらいは中級以上の冒険者なら誰でも対処できるよ」
「出来ない」
「出来ないわよね」
「なんで見てもないのに断言されるんだ……」
その場にいたわけでもないのにと思いつつ、ローズはそれ以上の反論はせず話を進める。
「まぁいい。しかし、俺は一体何のターゲットになっていたんだろうな」
「話を聞く限り、冒険者キラーにしてはそこまで戦闘慣れしているようでもないし、ベル単独でローズに接触したのもおかしいね」
一般的に冒険者キラーは、ソロ冒険者や遠隔地の依頼を受けた冒険者を狙って、その獲物や戦果、場合によっては冒険者本人を狙う犯罪者の一種だ。
発覚すれば冒険者ギルドを丸ごと敵に回すことになるため、非常にリスクが高く珍しいタイプの犯罪者と言えた。どちらかというと組織に属するのではなく、一匹狼で活動していることが多い。
「ギルドで騒いでいたのは何等かの情報収集かしら? にしてもいささかやり方が雑な気がするけれど」
「そういえば、ローズは何度か彼の世話を焼いたと言ってたね。冒険者を装って近づいていたってことかな?」
「ダンジョンや狩場で偶々目についた初心者っぽいベルに、軽く教えた程度だ。仮に狙って近づいてきたにしても目的が見えんな」
三人でうーんと首を捻る。
「情報が少なすぎるね。ベルを簀巻きにして連れてくればよかったのに」
「無茶言うな。それこそ誘拐で俺が捕まりかねん」
「確かにね。まぁなんにせよ、しばらく単独行動は避けたほうが良いかな。仲間もいるだろうし」
「面倒な……」
「何なら潰す? 盗賊ギルド」
「簡単に言うなよ」
とんでもないことを気軽に言うクロエに、ローズが眉を顰める。
「いやぁ、百年ほど前にこのクランを立ち上げた時に一度潰したし、やれないこともないよ」
「おバカクロエ。あの後大変だったの忘れたの?」
「まぁ結局再建を許すことになったけどさ。思えばあの後代替わりしてコネクションが切れちゃったけど、放置しなければよかったね」
「お前ら何やったんだ……いや、言うな。聞かない方が良さそうだ」
エリザベートが自分で淹れた紅茶を飲みつつ「その方が良いわ」とローズに同意する。
「当面は受け身になるしかないかなぁ。あっ、明日はローズの服を仕立てに行こうか! あと靴もいるよね」
深刻な話をしていたはずなのに、唐突に笑顔で話題転換するクロエ。
ローズはそのクロエの笑顔に一瞬目を奪われつつも、我に返って何がそんなに嬉しいのだろうと呆れ顔になる。
「……クロエには盗賊ギルドも俺の服も同レベルってことか」
「盗賊ギルドに狙われて、平然とお茶してるあなたも同類よ」
「え……」
愕然とした表情になるローズ。どうやら自覚がなかったらしい。
しかし事態は、三人の予想外の方向へ進行する。
「役立たずが!」
インク壺がベルの頬をかすめる。
飛び散ったインクは誰が掃除するのだろう?
横で面白そうに話を聞いているフィリップ――組長の側近が、後で掃除している光景を思い浮かべて、ベルは笑いそうになった表情を慌てて引き締める。
「しのぎを荒らされたうえ取り逃がしただと!? そんなことで面子が立つと思ってんのか!」
組長がインテリぶって、アジトに拵えた立派な書斎。
高価な書籍や筆記具を揃えてはいるが、それらは眺めて満足するか、あるいは今のように苛立ち紛れに投げることにしか使われていなかった。
それを知るベルは内心嘲りながらも、殊勝そうな表情で外面を取り繕う。
一応読み書きはできるようだが、まっとうな教育を受けたことのない組長には、書類を作成できるほどの教養はない。地頭は良いのだろう。なにしろ盗賊ギルド内でも底辺だった『屍肉漁り』をそれなりの勢力にまで育てたのだ。無能であるはずがない。
だがベルは知っている。より上を目指そうとしている組長が、それを果たせないどころか、取っ掛かりすら掴めず、最近は常に苛立っていることを。
所詮はZ-六地区のゴミ漁り出身の無教養者だ。本物のエリート犯罪者との競争は厳しいのだろう。
「全く、これだから獣人は……」
肩をすくめて嫌味な言葉を投げかけるのは、組長の右腕フィリップだ。彼はこの組織で書類作成等の業務全般を取り仕切っていた。
「ですが無能相手でも、言い分くらいは聞いてやるのが上役の度量というものでしょう。何か言いたいことは?」
フィリップが笑顔でベルに発言を促す。
犯罪組織において強さは最も重要な才能である。戦闘力が高く、普段から大きな顔をしているベルはフィリップにとって目障りな存在だった。ゆえにベルの失敗はフィリップには愉快で仕方ないのだ。
(思ってても顔に出すなよ)
幹部がそんなことでどうするのか。ベルは組織の行く末に若干不安を抱きつつ、一応弁明を試みる。
「例の黒髪ですが、どうやら【水晶宮殿】と繋がってるようです。もしかしたら冒険者ギルドとも」
その言葉に組長がピクリと反応する。
「なんでその黒髪がそいつらと繋がっている」
「分かりません」
「……」
組長とフィリップが共に黙り込む。
おや? とベルは不思議に思う。
ローズが【水晶宮殿】や冒険者ギルドと共犯かもしれないというベルの発言は、半ば苦し紛れのものだった。その二つの組織は盗賊ギルドでも要注意とされる組織だ。手を出すのは避けるべきとされている。ゆえにその名前を口に出せば、組長も強く出られないだろうという計算だったのだが。
(一応、その根拠が無い訳でもないし)
だがこれほど劇的な効果があるのは予想外だった。
組長と同じように渋い顔をしていたフィリップが口を出す。
「盗賊ギルドの詐欺か空き巣をやってる連中とかち合った可能性は?」
「いや、冒険者連中にわざわざダンジョンに入ってまで手を出すとも思えん」
「では【水晶宮殿】内の跳ね返りがやらかしたか、……あるいはむしろ冒険者ギルドが犯罪行為に加担しているのかも?」
「ふむ……」
小声で何やら相談を始めた組長とフィリップを無表情で眺めつつ、ベルは予想外にうまくいったと内心ほくそ笑む。
この場をさっさと逃げて、適当な獲物から金目の物を奪って上納してしまえば、この組長は先の失敗など忘れてくれるだろう。
一応成果を出す部下には愛想良く、気前も良いのだ。良いところもなければ組織の長などなれるはずもない。
「それじゃ僕はこれで……」
「ベル!」
逃げようとしたところを止められたベルは舌打ちしそうになる。
「なんでしょう」
「冒険者ギルドの情報屋と繋ぎを取れ」
「え、なんで僕が」
「うるせぇ! それくらい働け!」
不満げな顔をするベルだが、内心ラッキーとほくそ笑んでいる。どうやらこの場は無事切り抜けられそうだからだ。
組長がベルの根拠のない情報に踊らされている間は、ベルは自由に行動できるだろう。
(後のことは知ーらね)
後は野となれ山となれ。それが、幼い時から明日より今日を生きなければならなかったベルのモットーだった。
「いってー、痣になってるかなこりゃ」
ベルはローズに蹴られた腹部を抑える。左の肋骨の下端あたりだ。
「肋骨折れなくてよかったけど……それにしても、なんだよあの速さは」
おそらく肉体へのダメージより、吹き飛ばすことを主眼とした押し蹴りだったため、骨へのダメージは免れたのだろう。そうでなければ肋骨の二~三本は折れていたかもしれない。
背後を取って、怪しい動きがあればいつでも串刺しにできる体勢だった。
ベルも一応腕には覚えがあり、華奢なエルフ相手に遅れを取るつもりはなかった。にもかかわらず、あの後ろ蹴りに全く反応できなかった。
魔力の励起から身体強化の発動、そして実際の動作に移るまでの早さが尋常ではない。
冒険者なら確実にB級以上、ひょっとするとA級かもしれない。
「……そんな奴がなんだって『屍肉漁り』の真似事なんて」
疑問に思うが、本当にただの偶然でロイズが倒れた後に居合わせただけかもしれない。それでもロイズの装備を剥がして、わざわざ自分で着こんでいた意味がわからないのだが。
しばらく歩き、冒険者ギルドに到着すると堂々と正面から入る。一応ベルの表の顔は冒険者なので問題はない。
なかったはずなのだが……
(げっ!)
受付でノイアに絡んでいるエルフの二人組を見て慌てる。
黒髪のほうは間違いなく、今日の午前中にロイズ宅で遭遇した黒髪のエルフだ。もう一人の銀髪は【水晶宮殿】のクロエだろう。腰に吊るした魔法のワンドが目を引く。
(あれは『トリアコンター』……!)
持ち手の上下に十五個づつ、計三十個のミスリル製リングが嵌め込まれた飾り気のないワンド。だがそれはクロエをS級冒険者たらしめる、伝説級の魔導具だ。つまり今のクロエは戦闘行動も考慮している状態といえる。
幸い会話に夢中な三人(仕事しろよ!)はベルに気づいていない。
急いで、それでいて周囲から不自然に思われないように、三人の死角となる柱の後ろに隠れて背中からもたれかける。
(しかしあの黒髪、さっきの今でこうも堂々と冒険者ギルドに出入りするとか、何考えてんだ?)
自分の事は棚に上げて、心の中で悪態をつくベル。
しばらくすると話が終わったのか、エルフの二人組は挨拶を残して去っていった。声や気配を探るまでもなく、周囲の反応でその様子がうかがえた。
ベルはふぅと息を吐くと、周囲に気づかれないようにギルド職員の情報屋に合図を送り、建物を出る。
裏手に回ると、勝手口から職員が顔を出す。
「マリオさんこんにちわ」
「おや、ベル君久しぶりだね」
ベルはそのマリオという名の職員を相手に、偶然を装って世間話の体で要求を伝える。
「叔父さんの具合はどうだい?」
「お陰様で最近は調子が良いようです。そういえばマリオさんに頼みたいことがあるって」
「ふむ? 先月訪ねたばかりなんだが……」
嫌そうな顔をするマリオ。要するに情報提供要請なのだが、定時の情報提供を先月済ませたばかりのため、短期間で再び危ない橋を渡りたくないのだ。
「どうしてもって言うんですよ。急ぎらしいです」
「……しょうがないな、お土産でも用意して今晩にでも訪問するとしよう」
「お願いします」
憂鬱そうな顔でギルドに戻るマリオ。
(裏切った組織の中で働き続けるのって、どんな気分なのかね)
とりあえず組長の言い付けを達成して、開放感に浸るベル。今日は早上がりとばかりに自宅への帰路につく。今日はできるだけ妹との時間を取ろう。そう考えながら。
「なんで僕まで」
その夜、再度組長に呼び出されたベルは、マリオとともに組長の書斎で不貞腐れたようにつぶやく。
組長はそんなベルの声など聞こえないかのように、マリオが持ち込んだ半紙をめくる。
「勘弁してくださいよ。あんまり頻繁に要求されると、他の職員に疑われちまいますよ。印刷機の使用は目立つんです」
「お前は黙っていろ」
フィリップに凄まれてマリオが黙る。
マリオが持ち込んだ半紙に印刷されたものは、いわゆる「狙い目」の冒険者情報だ。
ソロ、女性、初心者、素行不良、それらいつ居なくなってもおかしくない、あるいは居なくなっても誰も気にしない冒険者の情報を、定期的に提供するのがマリオの役割だった。
組長はマリオの声にも反応せず、黙って半紙をめくり続け、あるところでその手を止める。
「マリオ、最近冒険者ギルド長に怪しい動きはなかったか?」
「シルトさんですか? あ、そういえば今朝【水晶宮殿】の連中と何かやってたような」
「その場に【水晶宮殿】の副マスターは居たか?」
「エリザベートですか? いましたね。あとクロエともう一人知らない奴がいましたね」
「……マリオ、お前はもう帰っていいぞ」
組長は機嫌よさげな声で、机に小金貨三枚――三千リグル――をパチリと置く。いつもの定時報酬より多い。
マリオの顔に一瞬、疑問と好奇心が浮かぶが、彼はそれを抑え込んで金貨を受け取る。
「へへ、毎度」
そのまま何も聞かずに書斎から出ていく。余計なことを聞かないのも報酬のうちであり、聞かない方が精神衛生上も楽だと心得ているのだ。
マリオが立ち去った後、組長は一枚の半紙を机に置く。
「これだ」
「?」
フィリップとベルが覗き込むと、そこには一人の冒険者の情報が記載されていた。
――――――――
名前:ローズ・ウェルズ
等級:B
種族:エルフ
性別:女性
年齢:三十八歳
身体特徴:黒髪・黒目
・
・
・
――――――――
ベルはその半紙に記載された情報を、上から順に見ていく。知らない単語もあるが、仕事の必要上、育ちの割に文字は読める方なのだ。そのため、名前がロイズに似ている所から始まって、等級、年齢など大半の情報がロイズに一致することにはすぐに気が付いた。
「……これって!?」
しかし逆に一致しない項目もある。種族、性別、特徴の三点だ。それらはむしろ、最近関わった全く別の人物と一致する。
決定的なのは特記事項だ。そこにはこう記載されていた。
――――――――
特記事項:名前・種族・性別・特徴を訂正。訂正事由:精神体事故のため。(訂正者:八賢人エリザベート・プランタジネット)
――――――――
ベルの知らない単語もあったが、その意味するところは大体分かる。
「訂正……。精神体事故?」
「理由は適当にでっち上げたんだろう。例のロイズの身分をまるまる乗っ取るとは、ずいぶんと大胆だな」
「まさかそんなことを?」
ベルはそういえばと思い出す。あの黒髪のエルフはこう言っていた。「この部屋の所有権も正当」だと。
「くくくっ、冒険者ギルドもなかなかやる。……こいつぁでかいヤマになるぞ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます