8.冒険者ギルド再訪
「ロイズ、機嫌直してくれよぉ」
「もう気にしてないって言ってるだろ」
「なら目を見て話してくれないかね」
「普通、歩きながら目は合わせないだろう」
「まぁそうなんだけどさぁ」
翌日、冒険者ギルドへの道すがら、じゃれあう二人に若干イラつくエリザベート。半分自分で仕掛けておきながら勝手なものである。
「二人とも一線超えちゃって、仲良くなったのは良いんだけど」
「「超えてない!」」
「あら? でも昨日お風呂で」
「どうやら大きな誤解が生まれているようだね。ロイズの名誉に関わるから詳細は伏せるとして、ちょっとした事故が起きただけだ」
「……」
ロイズの恨みがましい視線を、クロエは素知らぬ顔でスルーする。
「ふーん、何があったかはあえて聞かないけど」
「そもそもクロエが悪いはずなんだが……」
「君もついさっき、もう気にしてないって言ってたじゃないか。
まぁいいけど、ここは鷹揚に構えて私を許すのが、男の度量ってものじゃないかな? もう女の子か」
「はいはい……」
機嫌良く調子の良い事ばかり言うクロエに、若干不信感を禁じ得ないロイズ。
今ロイズは普段の冒険者装備をあきらめ、クロエから借りた服を着ている。幸いボーイッシュ系の服装を好むクロエの服は、ロイズにも抵抗感が少なかった。体のサイズがほとんど同じなのも都合が良い。
とはいえ気になる女性の服を着るというのは、内心穏やかではいられるはずもなく。
(ここで気にしているのを態度に出せば、完全に変態おやじだ。平常心……)
既にロイズ自身も女性なので問題はないはずだが、理屈と感情の整合はいまだ取れていない。吹っ切ってしまうには、あまりにも時間が足りていなかった。
ロイズは気を紛らわせるためにも話題転換を試みる。
「それにしても、エリザベートが冒険者ギルドの創始者のひとりとはな」
今冒険者ギルドへ向かっているのは、ロイズの冒険者ギルドカードの再登録のためだが、それには本来は冒険者ギルド本部から監査員を派遣してもらう必要がある、というのが冒険者ギルド長のシルトの説明だった。
ところが、エリザベートがその再登録作業が可能ということで、朝一で再登録を行うことにしたのだ。
「もうずっと昔のことだし、権限は持ってるけど、今では全く関わりはないのよね」
「Sランク昇格を断ってるって時点でおかしいとは思っていたが、まさかそんな裏があったとは」
「面倒だもの、Sランクって」
「その割に私のSランク昇格は断ってくれなかったよね」
「あなたはちゃんと苦労しなさいってこと」
「ええー、クラン立てたり苦労してるじゃないか」
ところで、クロエは冒険者たちのアイドルであり、この街の有名人である。
エリザベートもそれに劣らぬ人気がある。
そして、その二人に劣らぬ容姿の謎の黒髪のエルフ少女。
この三人が並んで歩いた結果、その進路の人々は潮が引くように遠ざかっていく。遠巻きにひそひそと語られているのは、有名人二人と親し気なエルフ少女――ロイズの素性、その憶測であろう。そこには少なからず嫉妬、羨望といった感情も含まれる。それに気づかないほどロイズも鈍感ではない。
「なんか、背中がむずむずするんだが」
「いつもこんなものだ。気にしていたらきりがないよ」
「そうね。サインとか握手を求められることもあるけど」
「あー、あれはちょっと勘弁してほしいね」
「……俺、刺されるのでは?」
この二人と同居するのはやはり危険なのではないかと再認識するロイズだったが、かといって他に頼れるエルフの知り合いもなく、その思考は堂々巡りするばかりだった。
そうこうするうちに、冒険者ギルドに到着する。
「事のついでに変な仕事振られないかな? ちょっと心配だがロイズのためだ。いざ」
「クロエは留守番でもよかったんだけど?」
「えー、除け者にするなよぉ」
建物に入った途端集まる視線。それを振り切るように、ギルドの入口からロビーを横切り、スタッフエリアへ向かう。
その途中、受付で騒ぐ一人の少年の声が耳に入る。
「だから、ロイズさんが帰還予定日を過ぎることなんて、今まで一度もなかったんだってば」
「ですが、たった一日過ぎただけで捜索というのは」
少年に激しく詰め寄られているのは、受付のノイアだ。ロイズたちに気づき、少し驚いた顔をする。
少年が誰であるかに気づいたロイズが、思わずその名前を呟く。
「ベル?」
「知り合いか? あの少年」
「ああ、最近少し世話を焼いててな」
その少年――ベルの見た目は今のロイズよりも少し若いくらいの年齢、おそらく十三~十四歳くらいだろう。膨らんだ帽子、いわゆる獣人帽で耳を隠しているが、ふっさりとした尻尾で獣人族であることは明らかだった。
身なりはあまり清潔とは言い難いが、革鎧や小剣など、典型的な初心者冒険者の装いだ。
ベルはノイアの様子に気づくことなく、なおも言い募る。
「あんな過疎ダンジョンで万一遭難してたら、一刻を争うだろ」
「冒険者ギルド規定では、ダンジョンでの遭難は帰還予定日から七日経過、もしくは活動予定期間の二倍、いずれか長い方と定められていまして」
「なにそれ、そんなルール守ってたら誰も助からないじゃん!」
思わずロイズが近づこうとするのをクロエが止める。
「今の君が割って入るのは不自然だろう。私が行こう」
「……すまん、頼む」
クロエが少年のすぐ後ろまで近づき「ごほん」とわざとらしい咳払いをする。
「あー、少年。ロイズのことを心配しているものと察するが、彼の事なら心配いらないよ」
「は?」
胡乱げな表情で振り返るベル。
帽子からはみ出た焦げ茶色の髪、緑色の瞳の気の強そうな顔立ちの少年だ。
(薄汚れているが、磨けば光りそうな子だな。少年愛は趣味じゃないが)
ベルは振り返った先にいた三人のエルフを見て、驚いた顔をする。
「あんたら、【水晶宮殿】の?」
「うむ。ロイズは一応うちのクラン員でな。昨日帰還しているのを確認している。もっとも、もうこの街にはいないがな」
「は? どういうこと?」
「急なことではあるが、彼は引退してこの街を去った。実家の都合らしいが、プライベートの事ゆえ詳しいことは知らないけどね」
「おい……」
引退と聞いて思わず口を出そうとしたロイズを、エリザベートが小声で止める。
「クロエに任せておきなさい」
「だが……」
ロイズは迷いつつも、一旦この場は黙る。
その様子を眺めるベルは不審げな表情を崩すことなく、三人を順番に眺める。
「だけど誰もロイズさんを見てないって言ってたぜ? 挨拶もなしに消えるような人じゃないと思うけど?」
「うん、まぁ急な事だったのだ。知人に聞かれたら謝っておいてくれと、言伝を預かっている。おそらく落ち着いたら、何等か便りがあるのではないかな」
「……」
「そういうわけで、我々がここに来たのもそのロイズ関連のちょっとした手続きのためというわけなんだ。突然割り込んですまなかったね。それでは失礼するよ」
有無を言わせず話を切り上げるクロエ。
所詮新人のベルでは、有力クランのクランマスターであるクロエを、それ以上追及することは難しい。無言で見送るしかなかった。
「あまり深くつっこまれるとこちらが困るし、逃げるが勝ちだ。今後のためにカバーストーリーを考えておいた方がよさそうだな。彼にはそれを踏まえて後日手紙でも出してやりたまえ」
「ああ、そうするよ」
クロエたちとともに歩み去るロイズは、ふと背中に刺さる視線に気づく。ちらりと振り向くと、睨みつけるようなベルと目が合う。
一瞬で視線を外したベルは踵を返し、そのまま立ち去る。
(なぜ今の俺に?)
その視線の強さに、ロイズは首をひねる。
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