5.クラン【水晶宮殿】

 クラン【水晶宮殿】。

 エルフ女性の二人組パーティーが中心となって設立した、女性限定クランだ。

 その歴史は古く、設立から百年近くが経過している。

 最近はそこまででもないが、百年前は女性冒険者は様々な偏見、嫌がらせ、挙句の果てには犯罪のターゲットにされることが多く、当時としても珍しかったクランを女性冒険者の互助組織として設立したとされている。

 クランの現在の構成員は三十名ほど。

 女性のみでパーティーを組んでいる者、ソロ活動をしている者、クランに籍を置きながら男女混合パーティーに所属している者、活動スタイルは様々だった。

 街のメインストリートに交差する大通り沿いの一等地で、街区の四分の一を占有する巨大な三階建て建物が、その本部だった。その全てがクランマスターの所有であり、一階をクランの公共スペースとして、二階をメンバー用宿舎として提供している。

 クラン会費は格安に設定されており、むしろ様々なクラン補助により、会費以上の優遇をメンバーは受けることができる。故に加入の競争率は高く、メンバーの質は精鋭と言っても過言ではなかった。


 ロイズは【水晶宮殿】の唯一の例外となる男性メンバーであり。会費を払っているのに一切の優遇を受けられていない。ぶっちゃけると雑用メンバーだった。

 それでもロイズからすればソロ活動は色々不都合が多く、形だけとはいえ後ろ盾となるクランが存在するメリットが大きかった。

 シルトに言った『あまり近寄りたくない』は、主に個人的な事情によるものだが、他の男性冒険者からのやっかみが面倒というのも大きい。


「やっかみの方は気にしなくてよくなったけど……、複雑な気分だな」

「え? なんか言った?」

「いや、なんでもない」


 サブマスターのエリザベート個人もクランの中でもかなり癖の強い人物だ。ロイズ自身明確な理由があるわけではないのだが、彼女に対して苦手意識があった。それもあまり近づきたくない理由の一つだった。

 今、ロイズは赤髪の重戦士――マリアと、黒髪の双剣使い――ユキに連れられて、【水晶宮殿】本部へ向かっている途中だった。

 なぜか二人に挟まれて、無理やり手を繋がされている。

 二人とも体格は標準的であるが、今のロイズが小柄であるため、甚だ不本意ながら、両親に挟まれた子供のようである。親が若すぎるが。

 その客観的絵面による精神的むず痒さと、繋がれた両手の物理的むず痒さに、真顔で耐えるロイズであった。

 マリアはクラン本部への道中、頻繁にロイズに親し気に話しかけてきた。


「迷子になったら困るもんねぇ」

「ならないって……」

「ローズちゃん、ひょっとしてクラマスの親戚で、【水晶宮殿】に入るとか? あ、でもメンバー用の宿舎って今一杯だったっけ」

「いや親戚じゃない」


 ローズとは、ロイズが咄嗟にでっち上げた偽名だ。男名を名乗って詮索される面倒を避けたのだ。


「あ! 三階のクラマスのプライベートエリアに部屋がいっぱい余ってるって言ってた。そこに住まわせてもらえば? 親戚なら」

「親戚じゃないっての」


 一方的に話しかけては来るが、ロイズの話はあまり聞いてくれないマリア。


「宿に泊まったり、部屋借りるとお金勿体ないもんねぇ」

「いや……まぁいいや、なんにせよあの二人の生活空間に割って入る勇気はないよ」


 ロイズはまともな会話のキャッチボールを諦めて、自分も一方的感想を喋ることにした。

 クランマスターのクロエとサブマスターのエリザベートは恋仲であり、クラン本部の三階は二人の愛の巣であると、世間でもっぱらの噂だった。そこに割って入るような真似は正直勘弁して欲しい。


「あれ? あの二人別にそういう関係じゃないよ?」

「え? そうなのか?」


 先ほどまでほとんどスルーされていた自分の言葉を唐突に拾われて、その内容に戸惑うロイズ。


「【水晶宮殿】のメンバーって同性カップルが多いってことになってるけど、実は大半が言い寄ってくる男除けのウソなんだよねぇ。かくいう私とユキも!」


 マリアが空いてる手をユキと繋ぎ、逆の手はロイズを持ち上げて、踊るようにクルリとその場で一回転してみせる。恐るべき膂力だ。


「カップルを装っているのです。あ、内緒よ?」


 無邪気で朗らかなマリア。クールビューティーなユキ。確かに二人とも男受けが良さそうだ。男関係の面倒事を避けたいという気持ちも分からなくもない。

 だが……


(ユキの方はどうなんだ?)


 複雑そうな笑顔を浮かべるユキの方にちらりと視線を送ると、目を逸らして遠い目をする。

 つまりはそういう事だろう。


(片思いか……頑張ってくれ)


 こんなあからさまに態度に出すユキの気持ちに気づかないマリアも大概であるが、当人達の問題である。ロイズは口出ししないことにした。


(この鈍感なマリアの言う事だ。クロエとエリザベートのカップルが偽装というのも、話半分に聞いておいた方が良いかもしれん)


「着いたよー。ここがクラン【水晶宮殿】のクラン本部でっす」


(知ってるけどな)


 大人しく知らないふりをして、うなずくロイズ。


「一階のロビーでちょっと待っててね。エリザベートさんに聞いてくるから。どうせ暇してると思うけど」

「あ」


 止める間もなくクランの入り口に駆け込んでいくマリア。


「用件を言ってないんだが」

「マリアも要領良いから、適当にうまく言っておいてくれると思う。多分」

「多分……」




 【水晶宮殿】クランマスター執務室。

 三十人ほどの比較的小規模なクランとはいえ、書類仕事は日々それなりに発生する。

 脳筋の多い冒険者にまともに書類を作成できるわけもなく、今現在それらの作業は、クランマスターとサブマスターの二人で処理しなければならなかった。


 クランマスターのクロエは、執務机で黙々と冒険者ギルドへの請求書類を作成していた。

 小柄な体躯、スレンダーな肢体を包むのは、白地に黒や銀の刺しゅうを施した、おおよそ冒険者とは思えない、宮廷騎士のような装いだ。動きやすさを重視した膝上丈のパンツルックにロングブーツを履く様は、男装した女性騎士といった趣だ。

 銀色の長髪は執務に邪魔にならないよう纏められ、肩の前に垂らされている。

 エルフとしてもとりわけ美貌で知られ、そのエルフらしからぬ気さくな人柄もあり、種族、性別を問わずファンが多い。

 本人としては自身の背の低さと体形のメリハリ不足に不満があるのだが、二百年も生きていれば諦めもつく。


「はー、肩が痛くなってきた。肩こりを治す魔法とか無いの?」


 そのクロエの愚痴に答えるように、金髪長身のエルフ――クランのサブマスターであるエリザベートが、淹れた紅茶を差しだす。


「私たちエルフは肉体(マテリアルボディ)の恒常性が高いから、肩こりくらいすぐ直るでしょ? 年中苦しんでる人族と比べれば楽なものじゃない」


 その背はクロエより頭一つ分以上高い。エルフとしても長身な方だろう。黄金のような髪を複雑に編み込み、ミニハットや髪飾りで止めている。それでいて派手に見えず、むしろ彼女の美貌とよく調和していた。

 服装はクロエのもの似た白を基調としたものだったが、こちらは女性らしい華やかさを強調したデザインで、下は裾を絞ったロングスカートになっている。クロエとは別の意味で冒険者にはとても見えない。


「寿命の差を考慮すれば、生涯の苦痛の累計は我々の方が上ではないかな?」

「屁理屈ねぇ。……なら、昔試作した肩たたき魔法試してみる?」

「試作? ……なんか嫌な予感がする」

「力の調整が難しくて、被験者の肩甲骨を叩き割っちゃったのよね」

「……」


 駄目だこいつ。そう結論してクロエは肩たたき魔法をあきらめ、書類作成を再開する。


「なんでこんなのが私より書類仕事が早いのかな?」

「年季、経験、環境?」


 自分の担当分をとっとと終わらせて、自席で優雅に紅茶を嗜むエリザベートを恨めし気に睨むクロエ。

 書類仕事を行う専門職員も居たのだが、先日結婚して退職してしまっていた。クロエが泣きながら残留を要請したのだが、足蹴(物理)にされて拒否された。

 あまりにも彼女一人に頼りすぎていた。給料は相応に払っていたはずだが、過重労働過ぎたのだ。彼女の蹴りの痛みを思い出しながらクロエは反省する。

 新規人員の募集は掛けているが、クランの性質上採用は慎重を期さなければならない。そのため、人員補充までしばらくかかりそうであり、それまでの当面を何とかしたい。

 ぶっちゃけ、クロエとしては早めに他人任せ体制を復活させたい。

 つまり反省してなかった。


「ロイズを呼びだして押し付けるか」


 クロエが呟き、紅茶を口に含む。

 その言葉を聞いて、エリザベートが思い出したように「あ」と声を上げる。

 予想したものと違う反応にクロエが訝しむ。


「そうそう、ロイズ君冒険者引退するらしいわよ」

「ぶーっ!!」


 思わず紅茶を吹き出すクロエ。作成中の書類が台無しになる。


「げほっ、ぐほっ、……ああ」


 エリザベートの発言に対するショックと、紅茶まみれになった書類を見て、絶望的な声を上げるクロエ。羊皮紙の書類なら助かったかもしれないが、繊維紙の書類だったため、紙が紅茶を吸って台無しである。


「いや、それより、聞いてないぞ? 引退だと?」

「あの子ももう三十六だもの。そろそろ引退して身を固める時期よねぇ。むしろ遅いくらい」

「ロイズは三十八歳だ」

「そうだっけ? どっちでもいいけど」

「引退……私に断りもなく……」

「雑用係さんに報告義務があるのかしらねぇ?」

「ぐっ、でも義理とか、筋とかそういうのがあるだろう」

「逆に義理くらいしかないわね」

「ぐううう!」


 クロエがロイズを半ば無理やり自分のクランに入れたのは十年ほど前の事だった。

 とある事件で知り合ったロイズをクロエが気に入り、関係が途切れるのを恐れて色々理由付けして加入を承諾させたのだ。

 このあたり、ロイズとは認識が大いにずれている。


「この十年、全く進展なし。ロイズ君、あなたが自分に気があるとか、想像だにしていないでしょうねぇ」

「気が……! ある、かも、だけど! 種族とか、歳の差とか、色々? あるし?」

「はぁ、さっさと囲っておけばいいものを……。何度も言ってるでしょう? エルフは気が長すぎるから、他種族との関係ではさっさと行動しないと、取り返しがつかなくなるって」

「いや、そうなんだけど……」

「花の命は短いのよ? 手折ってでも手元に置かないと、愛でる暇もなくなるわ」

「……なんか言ってることが怖いんだけど」


 自席に飾られた花瓶から花を一輪引き抜き、くるくると回すエリザベート。その怪しい視線にクロエが慄いていると、コンコンとドアがノックされる音が響く。


「マリアでっす!」


 ドアの向こうから聞こえた声に、クロエは慌てて執務机の上を整える。


「入れ」


 何がうれしいのかニコニコ顔のマリアが入室してくる。


「サブマスぅ、ローズって子が会いたいって」

「は?」


 唐突な用件と聞き覚えのない名前にエリザベートが一瞬フリーズする。


「私に? 誰が?」

「多分親戚? 黒髪のエルフっ子」

「……誰?」


 全く心当たりがないエリザベートが困惑する。


(ベスをこれほど困惑させる者は、うちのクランでもマリアくらいだなぁ)


 と思いつつ、クロエは話を進めるために整理する。


「あー、ベスの親戚のローズを名乗る黒髪のエルフが、面会を求めてきていると?」

「親戚以外はそれで合ってますね」

「……さっき親戚と言ってなかったか?」

「言いました」

「ちょっと意味分かんないんだけど?」


 マリアの自由な発言に困惑するクロエ。


「……親戚ではないけど親戚? ローズ……黒髪?」


 一方、エリザベートはマリアの言葉を合理的に解釈しようと、ブツブツと呟く。

 フィーリングで喋るマリアとロジカルなエリザベートは相性が悪い。

 思考の沼にはまって抜け出せなくなっているエリザベートに代わって、クロエが話を進める。


「あー、名前に聞き覚えはないが……会った方が早そうだね」

「んじゃ、呼んできますね!」

「ああ」


 マリアが執務室を去ると、エリザベートが何らかの結論を出したのか頷く。


「ちょと良く分からないけれど、会った方が早そうね」

「それもう言った」

「……」

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