4.ほっと一息
クラン【水晶宮殿】のサブマスター、エリザベート。
ロイズは自分でその名を出しながら、嫌そうな顔をする。
「確かに俺はあのクランに所属しているが、形だけでただの雑用係なんだが」
「何言ってやがる。今なら正式メンバーになれるだろう」
にやにや顔のシルトを睨み付けるロイズ。だが、今のロイズ――大人になり切れていない年頃のエルフ美少女に睨まれても、何ら痛痒を感じない。
「あまり近寄りたくはないんだが……背に腹は代えられないか」
「本部からの監査員派遣だが結構時間がかかる。それまでに本人証明の目途を付けてくれ」
「どれくらいだ?」
「半月かひと月か、本部の手が空いてるか次第だな。それまで金は足りるか?」
ロイズは手持ちの金額を思い浮かべる、口座の貯金と比べれば微々たるものだが、当面すぐに困るということはなさそうだった。
「いや、手持ちで何とかする。すまん、ありがとう」
「困ったら言え。いくらでも貸すぞ。千五百万まで、は流石に無理だが」
「だから、それはもういいって!」
愉快そうに笑うシルトに怒るロイズだが、やはり容姿のせいで全く迫力がなかった。
ロイズが出て行ったあと、応接室ではロイズの座っていた席にノイアが座り、親子で向かい合う。
「しかし、妙なことになったな」
ノイアは父親の言葉に反応せず、何やら考え込んでいる。その様子を見てシルトがため息をつく。
「あいつが引退したら、お前を嫁にやっても良いと思ってたのにな」
「はぁ!? ななななに言ってるのよお父さん!」
父親の唐突な言葉に、顔を真っ赤にして叫ぶノイア。
「お前ロイズに惚れてるだろう」
今では家族ぐるみで付き合いのあるシルト一家とロイズ。ノイアにとって、ロイズは親しいおじさんであり、お兄さんであり、最近ではちょっと気になる人ではあった。
ノイアも今年で十六歳であり、そろそろ結婚相手を考える時期というのもある。
「二十以上も歳の差があるでしょ!」
「それはそうだが、その問題も解決しちまったしな」
千年とも言われる寿命を持つエルフと人族の婚姻では、年齢差はあまり意味をなさない。
「もっと大問題が発生しちゃってるじゃない」
この時代、同性婚はないわけではないが、やはりハードルが大きい。
「いや、エルフも性別を気にしないわけじゃないが、決定的ではないらしいぞ?」
「もう! 結婚相手は自分で探すからお父さんは黙ってて!」
ノイアは母親譲りの整った顔を真っ赤にして、応接室から出ていく。
その容姿ゆえ、ノイアは多くの男性から言い寄られている。その悉くをすげなく断っている理由は、シルトからすればバレバレだった。少しつついただけでこうなってしまうのは何とも微笑ましい。
だが、確かに性別は大問題ではある。
「どう転がるにせよ、先は長そうだな」
一方、ギルドを出たロイズだが、そこで不意に足から力が抜けてしまう。
(あれ? なんで)
咄嗟に座り込むことで転ぶことは回避したが、周囲から軽く注目を浴びてしまう。
焦って立ち上がろうとしたが、どうも力が入らない。すぐには立ち上がれそうにはなかった。手足が自分のものではないような妙な感覚、ひどく疲労した時や、長く緊張を強いられた後に解放された時の感覚に似ていた。
ロイズ自身は平気なつもりだったが、自分が全く別人の容姿になってしまったことは、やはり精神的な負荷が大きかったのだろう。
口座の件が残っているとはいえ、とりあえずひと段落したことで気が緩んでしまったようだ。
「はぁ……そうか、ひとまず助かった……のか?」
最悪の場合、全財産を失い、頼れる知人もいない状態で、ほとんど無一文でこの街に放り出されることになっていたのだ。それと比べれば信頼できる知人を確保したのは、大きな前進と言えた。
これまで築いてきた資産と人間関係が失われる可能性。そして自分自身の体を失った心境は、他人に説明しようとしてもなかなか難しい。ほっとして力が抜けるのも仕方がなかった。
「あ、妹のこと聞き忘れてた」
ようやく手足に力が戻り、あわてて立ち上がって引き返そうとしたロイズであったが、そこに声がかけられる。
「あの、大丈夫? あまり落ち込まない方がいいよ。失敗なんて誰にでもあるし!」
何の事だろうと、心配そうに声をかけてきた赤髪の女冒険者を見上げる。ロイズも何度か話したことのある若い女性冒険者だ。
女性冒険者は見上げるロイズの顔を見て、「ほわっ!」と自分の口に手を当てる。
その態度に訝しみながらも、ロイズは今の自分を客観的に見たとき、他人がどう思うかに思い至る。
(ん? これって周りから見ると……)
新人冒険者が初仕事でやらかして落ち込んでいる図。
そして今のロイズは客観的に見て美少女に分類される容姿をしているのだ。
(あ、やばい)
「君! 何があったか知らないけど、僕が助けになれると思うよ!」
「ちょっとぉ! なに横から口出してるの! 下心みえみえよ!」
「おいおい、何揉めてるんだ? この子がどうし……お嬢さん、お手をどうぞ」
「近寄んないで!」
「おー、なんだなんだ?」
昼食後の時間帯、冒険者ギルドに用事のある冒険者たちがぽつぽつと集まってくる時間帯だ。
そのギルド前で起きた騒ぎに引き付けられるように、冒険者たちが集まってくる。基本、冒険者という人種はお祭り好き、トラブル好きだ。ロイズはそうでもないのだが、そのあたりの一般的冒険者の反応というものは、嫌というほど経験済みだ。
そして、有望な新人、あるいは容姿に優れた新人は常に引く手数多でもある。
今その二つの要因が相乗効果を発揮して、急速に混乱が拡大しつつあった。
「パーティメンバー募集中! ぜひ君に入ってもらいたい!」
「丁度良かった、この馬鹿を追放するところだったんだ。代わりに入らないかい?」
「はぁ!? 追放上等だ! むしろ俺がこの子と組む!」
「なぁ、そもそもこの子のポジションはなんだ?」
「知らん! とりあえず入れてから考える!」
「このクソ下心モンスターどもは……」
あっという間に取り囲まれたロイズの前を、最初に声をかけてきた赤髪の女性冒険者が必死に庇うように立ちふさがる。が、多勢に無勢だった。
ロイズも過去これと似たような状況を何度か見かけたことがあった。第三者として端から見る分には通過儀礼と笑えていたが、当事者となるとなかなか笑っていられない。
(いや、皆からかい半分で本気じゃないんだろうが、右も左も分からない新人からしたら、威圧感とか言葉の荒さとか、これはかなり混乱するだろうな。ちょっとないな)
ベテランとしていずれ対策を打たなければならない。そう決意しつつとりあえず、今この状況をどうするか。
(逃げても良いんだが。いや、この慣れない体でちゃんと動けるか?)
そうロイズが躊躇っていると。
「ごめんね」
ロイズは突然何者かに、後ろから横抱きに抱えられる。何事かと抵抗する間もなく、ロイズを抱き抱えた人物は、集まった群衆の頭を飛び越え、その後ろに着地する。
ロイズを立たせてその前に立つと、群衆に向け右手を指差す。
「あなた達いい加減にしなさい! 新人ちゃんが戸惑ってるでしょ! さっさと散りなさい!」
勧誘にしろナンパにしろ皆本気ではないため、その剣幕にあっさりと引き下がる。
「ユキちゃん怖い」
「なんだぁ、もう解散か?」
「あ、うちは結構本気だったから、良かったら声かけてねぇ」
「おい、追放も本気ってことか」
三々五々散っていく冒険者たち。
「皆悪乗りしすぎなのよ」
「ごめんねユキ。助かったぁ」
最初に声をかけてきた女性冒険者が、ロイズを抱えて飛んだ冒険者に声をかける。
(人ひとりをかかえて、助走もなしに頭の上を飛び越えるとは)
恐るべき身体能力だ。無論、身体強化――強化魔法の一種――を用いた結果であろうが、それにしてもかなりの使い手であることは間違いない。
ロイズはそのどことなく親しみを感じる容姿を見上げる。
ユキという名に覚えはないが、その顔には見覚えがあった。
背は今のロイズより頭二つほど高く、黒髪を肩の長さで切り揃えている。防具は最低限で、腰の後ろに交差するように片手剣を指している。防御よりも早さと攻撃力を重視した双剣使いだ。
最初に声をかけてきた女性冒険者の方は、伸ばした赤髪を無造作にまとめ、背中に長剣を背負って、金属い鎧で全身を固めている。重戦士というやつだ。
特筆すべきはハルバードまで持っていることだ。メインウェポン二つ持ちは効率が悪いのではないかと、ロイズも見かける度に気になっていた人物だった。
「確か、二人とも【水晶宮殿】だったか」
「あら? 私たちのこと知ってるの?」
「顔だけね」
「……エルフって喋り方が独特な人が多いのかしら。やっぱり」
クラン【水晶宮殿】はそのクランマスターとサブマスターがエルフであるため、そのメンバーはエルフとの交流機会が、平均的冒険者よりよほど多い。そのためエルフへの偏見も少ないのだが、サンプルがその二人に偏る為、逆に偏見が生じている面もある。
「ああ、その、少々事情があってな」
ロイズは口調を現在の容姿に合わせて改めるべきか少し考え、ハタと気づく。
「いや、それより礼を先に言うべきだった。ありがとう」
別に助けは必要ではなかったが、わざわざそんなことを言って気分を悪くさせることもないだろう。【水晶宮殿】のクランマスターなら何も考えずに口に出して空気を悪くするだろうが。
「はぁ、謙虚で礼儀正しいエルフ……実在したのね」
「やっぱりあの二人がおかしいんじゃない?」
何やら彼女たちのクランマスター達に対する偏見を深めたような気がする。ロイズは同意しそうになる所を我慢し、聞かなかったことにする。
「世話になったついでに、【水晶宮殿】のサブマスターにアポイントを取りたいんだが、頼めないかな」
ロイズも一応はメンバーなので、本来はアポなしで尋ねても問題はないはずなのだが、今の姿ではそれも通用しないだろう。アポをシルトに頼めばよかったのだが、忘れていたので丁度良かった。
「え、エリザベートさんの関係者? 親戚とか……もしかして隠し子とか!?」
「いやいや、なんでそうなるんだよ」
赤髪の重戦士の思考の跳躍に脱力するロイズだった。
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