3.本人証明

「するってぇとなにか? 君は自分がロイズ本人であると言いたいのか?」

「そうだ」


 ギルドの応接室でローテーブル越しにエルフ少女と冒険者ギルド長シルトが対峙する。

 シルトの後ろには、事情を最初に聞いたものとしてノイアが立ったまま控えている。ちなみにシルトとノイアは親子だ。

 ロイズの話を一通り聞いたシルトであったが、素直には信じられず疑わし気な目をエルフ少女に向ける。


「アストラルリフレッシュポーション云々はともかく、ロイズが深追いしてしくじる時点であり得んな」

「自分でもそう思うよ。焼きが回ったってやつか」

「ふん」


 シルトは背もたれに体重をかけて息を吐き出す。

 シルトとロイズは古くからの知り合いだ。信じ難いという気持ちと、エルフ少女の口調や仕草に垣間見えるロイズの特徴が、シルトを混乱させる。


「信じられんという顔だな」

「当たり前だ。ロイズは人族の男だ。エルフの女じゃねぇ」

「ふむ。まぁ、その反応も大体想定通りだ」

「……その口調、やたらに落ち着き払った物言い、確かにロイズっぽい。だがあり得ねぇだろ」

「そう言うだろうと思って、信じてもらう方法もいくつか考えてきた」

「ほう」


 シルトが面白そうに顎髭をなでる。


「そちらから俺に質問をしてくれ。できればシルトと俺の二人だけが知っている話が良いな。何でも良い。俺がそれに答えられれば信用できるだろう?」

「お前が一方的に話をして、それを俺が判断するのじゃダメなのか?」

「それだと、無理やり聞き出した情報を話しているだけという疑いを払しょくできないだろう。話の主導権をそちらに渡した方が、信用しやすいはずだ」

「ふん」


 シルトは少し考えてると、質問を開始する。


「歳は?」

「三十八歳」

「冒険者登録した歳」

「十六の時だ。十四で商家に奉公に出たが肌が合わずに飛び出して、冒険者登録した」

「生まれは」

「サザンソンの南の農村の農家の三男」

「あれのどこが農家だよ、郷士だろ」


 郷士とはこの国では有力農民に与えられる名誉称号のようなものだ。


「あんなもの、俺に言わせればごっこ遊びだ。教養もない田舎者が郷士なんて烏滸がましい」

「ロイズが言いそうな台詞だな。ふむ、両親は健在か?」

「健在だ。……多分な。知っての通り勘当された身だ。こちらから手紙を送っても返事がない。便りがないのは元気な証拠だろう」

「お前、親父さんを嫌ってたろ。手紙なんか送ってたのか?」

「……一応な。数年に一度だが」

「ふぅん? まぁいい。妹の名」

「妹?」


 ピクリと、それまでテンポよく質問に答えていた自称ロイズが、一瞬止まる。


「……居ない」

「家を出た後に生まれた妹がいただろう」

「は? そんなのは居ない……はずだ。妹が生まれたなんて話、俺は聞いてないぞ?」

「ふ……、調査不足だな」


 シルトがにやりと笑う。


「手紙の返事もくれない実家が、妹の事なんて教えてくれるはずもないだろう。まぁかく言う俺も、その妹が冒険者になったからこそ、その存在を知ったわけだが」

「なんだと!?」


 自称ロイズが立ち上がって、ローテーブル越しにシルトに掴みかかる。


「どういうことだ! 聞いてないぞ!」

「言ってないからな」

「まて、ひょっとしてこの街で冒険者をしてるのか? 誰だ!? というか、何で冒険者になるのを許したんだ!」


 シルトが手を上げながら笑う。


「おい、良いのか? これはお前がロイズであることを証明するためのテストだぞ?」

「知ったことか! 妹の方が大事だ!」


 シルトは意味ありげにノイアに目を向ける。


「どう思う?」

「ロイズさんってこんなふうに激高する人じゃないですよね? いつでもどんな時でも動揺せず、冷静に対処する人です。つまりこの人はやっぱりロイズさんじゃない……」

「いや、むしろこれがロイズだ」

「へ?」


 父親が偽物の正体をまんまと暴いたと思っていたノイアは、真逆の事を言い出す父親に疑問を返す。


「ロイズを深く知らない奴は意外に思うだろうが、奴は案外情が深くてな。普段は外面を取り繕ってクールぶっているが、本当は結構動揺しやすいのさ。要するにカッコつけだな。ノイアにこっちの顔を見せたことはなかったか」


 肩をすくめるシルトと、シルトの言葉を聞いて気勢を削がれ困惑するロイズ。


「お前わざと俺を怒らせたのか?」

「ふん。そもそも本人を確かめるのに、こんな回りくどい話をする必要もないんだ。とりあえず一旦落ち着け」


 自称ロイズを対面のソファーに押し戻すシルト。小柄なエルフ少女の体では、体格の良い元冒険者のシルトには軽くあしらわれてしまう。


「ちなみに妹は【水晶宮殿】のメンバーだ。お前が心配するまでもない」

「は? ひょっとして俺は既に会ったことが……」

「それは知らん。お前あそこのクランメンバーとはあまり付き合いなかったしな。まぁ、妹のことはひとまず置け。ロイズ、俺とお前だけが知ってる話があるだろう?」

「……あれか」

「あれだ」


 自称ロイズが困惑気な顔をする。


「なんであの話をしない」

「……あの話をするとおまえが面倒くさいからだ。ここにはノイアも居るしな」

「私ですか?」


 ノイアが首を傾げる。


「ふう、妹の事はあとで聞かせてもらうぞ」

「ああ、お前が本当にロイズならな」

「……」




 十八年前の事だった。

 当時冒険者だったシルトには、同じ下層民地区出身の幼馴染がいた。

 当時、街の娼館でナンバーワンの娼婦だったエマだ。

 ある日そのエマに身請けの話があった。近隣に領地を持つ下級貴族だった。

 エマと秘かに思い合っていたシルトだが、ようやく中級程度という程度の冒険者の稼ぎでは、その話に割り込むことなどできるはずもなかった。

 だが諦めきれなかったシルトは、一発逆転を狙って当時の実力を超えたダンジョンの階層ボス討伐を計画した。


「普通、冒険の戦利品は山分け、あるいはパーティーの役割に応じて案分ってのが相場だ。だが切羽詰まっていた俺はソロ討伐を狙った。一発当てても山分けにしたら意味がなくなるからな。とはいえ、完全にソロは無理がある。そこで助っ人を依頼した。戦利品は全て俺のもの、その代わり日当を相場の三倍出すという条件でな」

「え、それは無理でしょ」


 ノイアが呆れた声を出す。

 日当を三倍出すとはいえ、戦利品を独り占めなどあまりにも都合が良すぎる条件だ。冒険者ギルドの規定でも戦利品の取り分の最低保証が定められている。さもなければ、立場の悪いメンバーが他のメンバーに搾取されてしまうからだ。

 このような条件で助っ人に応じる者がいるはずない。実際、この時は誰も応じず、シルトは単独でダンジョン挑むことになった。

 そのダンジョン内で出会ったのがロイズだった。

 当時シルトとロイズは面識こそあったものの、友人と言えるほど親しくもなかった。


「え、親友だったんじゃないの?」

「その方が物語として収まりが良いだろ?」

「実際は偶然。ただの成り行きだ。明らかにソロ活動に慣れてない奴がモンスターに追いかけられてたからな。最初は追い返そうとしたんだが……」


 シルトの事情を聞いたロイズは助っ人を承諾。口頭の契約では不安だろうと、その場で契約書まで作成してシルトに押し付けた。

 なぜ助けてくれるのか、シルトも不思議だったのだろう。その理由を問うた。


「俺はハッピーエンドの物語が好きでな」


 当初の予定の階層ボスでは目的を果たせず、一縷の望みをかけて冒険を続行。さらに十層下の階層ボスの討伐に成功した。シルト一人では到底成しえなかっただろう。


「そうだったのね。細かいところは初めて聞いたけど、そこで高価な魔剣がでたおかげで、無事お母さんを身請けできたのね」


 ノイアが感慨深げにつぶやく。エマはノイアの母親なのだ。

 この話は、日々冒険者たちによって様々な物語が生み出され続けるこの街でも、未だに語られる程度には有名な話だ。当事者の娘であるノイアも当然知っていた。


「世間的にはそうなってるな」

「ああ、大枠は変わらないが」

「? どういうこと?」

「よく考えてみろ。相手は貴族だぞ。平民相手に負けたなんて、沽券にかかわる。引くわけがないだろう」

「え、お父さんの男気に感動して、引いてくれたって話じゃなかったっけ?」

「物語的演出だ」

「ええ?」


 実際には身請けの話を待ってくれていたのは、どうせ無理だと思っての余裕だったらしい。シルトが生還して大金を得たらしいという話を聞いて、急に焦って身請け話を進めようとしたのが真相だ。


「相手も頑なでね。それでまぁ、真正面からあたっても厳しいと思って、その貴族の寄親の大貴族から攻められないか、俺の方でちょっと調査したんだ。あの時のシルトはとことん運が良かったな」


 当時、その大貴族が秘かに探し求めていた品があった。アストラルリフレッシュポーションだ。


「そして、冒険の戦利品が丁度アストラルリフレッシュポーション。こんな偶然があるものかと驚いたよ」

「え? 魔剣じゃなかったの?」

「物語的にポーションだとちょっと締まらないだろ? だから魔剣ってことにしたんだ。貴族の方もその方が都合が良かったみたいでな」

「ええ……」


 結果、シルトはエマを身請けできた。

 下級貴族は寄親の大貴族に貸しを作れたうえ、マージンとして大金を得た。

 大貴族は求めていたポーションを秘密裏に入手できた。

 あとは隠したい部分を隠し、関係者すべての面子が立つように脚色、物語にして世間に流布。

 関係者全員が幸せになれる結末だった。

 ロイズを除けば。


「貴族にはポーションを譲り、その代金でエマを身請けして、残りをロイズに渡そうとしたんだが」

「契約は契約だ。受け取れるわけがないだろう」

「だがなぁ、本来お前はポーションの相場の半分、千五百万を受け取る権利があった」

「ポーションを割安の二千万で譲って、エマの身請けで一千万かかったから、残りは一千万しか残らなかっただろ」

「その一千万も受け取ってくれないじゃないか」

「冒険者引退と結婚で色々入り用なやつから受け取れるか」

「えっと、つまりロイズさんは、親友でもなくただの顔見知りだったお父さん相手に、本来得られるはずの千五百万リグル分の権利を放棄した?」


 話を聞いたノイアは唖然とする。てっきり当時から二人は親友同士だったと思っていたのだ。少なくともノイアが聞いた話ではそうなっていた。『高価な魔剣』の金額や、分け前の分配などは、物語の中でもぼかされていたが、まさか友人でもないほとんど赤の他人であるにもかかわらず、全ての権利を譲っていたとはノイアは思ってもいなかった。


「ああ、でかい借りだな」

「貸したつもりはない。……これだからこの話はしたくないんだよ」


 そっぽを向く自称ロイズ。いつものロイズの反応だった。

 ここまで話も態度も合致するならば、本物のロイズと認めても良いだろう。シルトはそう判断する。


「それで、俺が本物のロイズだという事は認めてくれるか?」

「ああ認める。俺はな。だが安心するのはまだ早いぞ?」

「どういうことだ?」


 シルトの言葉にロイズが表情を引き締める。といっても表情に出にくいロイズの事である。長年付き合いのあるシルトだからこそわかるわずかな変化だった。姿形がこれほど変わっても分かるものなのだなとシルトは意外に思う。


「冒険者ギルドの支部長ってのは意外と権限が小さい。カードの保留状態解除には本部に監査員派遣を要請する必要がある。さらにその監査員に旧ロイズと今のロイズが同一人物であると納得させる必要がある」

「登録情報と今の俺を比較して判断するんじゃないのか?」

「概ねそうではあるが、納得させる自信はあるか?」


 シルトの視線を受けて、自身の体を見下ろすロイズ。

 今は鎧を脱いでいたが、サイズの合わないだぼだぼの衣服越しでもわかる胴の華奢さ、そこから伸びた腕の白さと細さ、全てがかつての自分とは似ても似つかない。


「……ないな」


 無言になってしまうロイズ。これは苦悩しているときの表情だ。


「そこが何とかならないと俺の口座は……」

「戻ってこないな。いくら入ってたんだ?」

「千二百万」

「おう……」


 千二百万リグルという金額はそこそこの中流階級の庶民が、順風満帆の一生涯で稼ぎ出すほどの金額である。かつてロイズが放棄した額より少なくはあるが、一般的に言って大金である。その予想外の金額に絶句するシルト。


「随分と貯め込んでたな。本人判定だが。正直なところ俺も専門家ではないから監査員がどんな判定を行うのか、そもそもカードの登録情報が具体的にどんなものなのかは良くは知らん。精神体の分析情報らしいが、概要程度だ」

「どうすればいいと思う?」

「んー……」


 しばし悩んだシルトだったが、ふと思い当って声を上げる。


「そうだ! 専門家がいたじゃないか? 彼女に相談したらどうだ?」

「専門家?」

「知らんのか? お前のクランのサブマスターだ。彼女がアストラル研究の第一人者だって聞いた覚えがあるぞ」

「クラン……【水晶宮殿】のエリザベートか」

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