第127話 前日

「自販機ー、自販機やーい。」


 肝試しが終わってもう寝ようという時間になっても、俺は寝つけなかった。さっきの出来事が頭の中でリフレインしてしまっている。これではダメだ。どうにかして気分を落ち着けねば。そう思った俺は自販機でなにか甘い飲み物を買うことにした。しかしどこにも自販機が見当たらない。


「佐山はこの辺にあるって言ってたのになぁ。」


 うろうろすること数分、ようやく俺は明かりに照らされた自販機を発見。しかし、先客が飲み物を選んでいた。


「京都の生徒かな。」


 近づいてみると、その人物の容貌が露になった。まず、制服を着ていない。くたびれたシャツと汚れたジーンズという格好だった。背は高い。しかしその顔のところどころにはシワがあり、無精髭を生やしていた。どう見ても生徒ではない。推定40歳、あるいは50歳。


「だ、誰だ……?」


 俺の声に反応して、その男はこちらを見た。半目開きの顔が少しずつ焦った顔に変わる。


「もしかして、不審者だな!」


「ふ、不審者ちゃうて! 早まったらいかんよ。」


「じゃあ何者だ。教師って面じゃなさそうだし。」


「お、おっちゃんはアレや。ボディーガードや。ほら、キックイン校長っておったやろ。あん人に呼ばれて来とってん。」


 その男性は慌てながらも自販機からお汁粉を取り出す。


「ボディーガード……? とてもそんな格好には見えないけど。」


「いやいや、人を見かけだけで判断したらあかんで。おっちゃんの名前は中斑なかまだ言うんや。決して怪しいもんではないんやで。」


 しかし俺は警戒を崩さなかった。なぜなら、この男からとんでもない圧を感じていたからだ。本能に訴えかける恐怖とも取れる。ただ者ではないと、俺の勘が告げているのだ。


「口ではなんとでも言える。とりあえず先生を呼んで確認してもらわないと。」


「ちょ、ちょい待ち。先生方ももう寝とるやさかいに。」


 中斑と名乗ったその男が、1歩、こちらに近づく。それだけで、彼の放つ圧が倍増した。


「う、動くな! 怪しい奴め。次動いたらスキルの使用も辞さないぞ!」


「警戒心が強いのはいいことやが、ちょっとはおっちゃんの話も聞いてほしいなぁ。」


 ただ者ではない。だが、味方とも限らない。それこそ、厄災とかの可能性もあるのだ。ここは相手の言葉には耳を貸さず、とにかく人を……。


「定気……?」


 背後から聞き慣れた声が聞こえた。


「奏明!」


「こんなところでなにしてるの?」


 しめた。奏明が来たなら安心だ。まずは先生を呼んできてもらうか? いや、2人でこの男を拘束するのが先か。この男の戦闘力がどれほどのものかは知らないが、俺と奏明なら勝てるはずだ。


「奏明……? おぉ、やっぱりそうか。いやぁ、久しぶりやなぁ。」


 中斑は奏明を見てそんなことを言い始めた。知り合い?


「……! 中斑さん、お久しぶりです。」


 奏明は彼を見て深々と頭を下げた。どういうことだ。奏明が頭を下げるだなんて……。


「そんなかしこまらんでええよ。それよりこの子、君の知り合い? なんかおっちゃん不審者じゃないかと疑われてんねん。なんとかしてくれへん?」


 中斑は俺の方に視線をやって言った。


「定気、えっとね、この人は中斑さんって言って、こんなナリだけど一応信用できる人だよ。」


「えぇー? 結構不審者みたいな人だよ?」


「うん、それは否定できない。けどこの人は、戦争の厄災のカウンター、英雄の称号を持つ人なんだ。」


 厄災の……カウンター?


「私は勇者の称号を持っている。そんな私が魔王に対して特効を持ってるのは知ってるよね? この人は私と同じように、兵器に対して特効を持ってるの。」


「兵器って……あぁ、人造人間か。」


「人造人間はあくまでニックネームみたいなものだね。正式名は兵器。英雄は、その兵器に対してとても強い人。もちろん彼自身の戦闘力もSランク冒険者と同じくらいあるんだよ。」


「そういうことやで。分かってくれた?」


 うーん、まぁ奏明が言うなら、そうなんだろうなぁ。


「でもなんで中斑さんがここに?」


「確かさっき、キックイン校長のボディーガードとか言ってたけど……。」


 中斑は腕組みをしながら答える。


「実はな、キックイン校長が言うには、この合宿に戦争の厄災が乗り込んでくる可能性があるらしいんや。」


「戦争の厄災が!? なんで……。」


「戦争の厄災は私立学園ギラを狙っとる。というか、戦争の厄災の主導者がギラの卒業生なんや。だからギラに対してなにかしらアプローチをかけてくる可能性は高い。そして……。」


 中斑さんは空を見上げる。暗い夜空に星は出ていなかった。


「あくまで予想やが、戦争の厄災が攻撃を仕掛けてくるとしたらこの日。バンキング学長が学園を離れていて、かつキックイン校長が同じ施設に滞在しているこの日と考えられている。そもそも戦争の厄災は、ギラを乗っ取ろうとしている可能性が高い。」


「そ、そんなことなんで分かるんだ?」


「さぁな。全部キックイン校長からそう聞かされただけで、おっちゃんにも分からん。でもおっちゃんの使命は戦争の厄災を滅ぼすことやし、可能性が高いなら乗ってやるしかないんや。」


「じゃ、じゃあ生徒達はみんな避難させとかないとまずくないか?」


「それをやったら戦争さんは警戒するで。それに、おっちゃんがおる限り生徒には指1本触れさせん。」


 あんまり頼もしく見えない。


「やから生徒は気い抜いとけばええよ。」


 中斑はそう言って手を振ると、夜の闇へと消えていった。


「戦争の厄災が来るって……本当かよ。」


「分からない。でも来ると思ってるから、あの人は夜に見回りしてるんじゃないかな。」


 戦争の厄災か。今まで戦ってきた人造人間。そいつらがここにやってくる。ということは、あの意思のなさそうな人造人間達にもボスがいるってことか? そういや、戦争の厄災の主導者はギラの卒業生って言ってたな。


「こりゃあ早めに寝て体力温存しといた方がよさそうだな。」


 肝試しの恐怖もどこへやら、俺の興味はすっかり戦争の厄災へと移り変わっていた。戦争の厄災の主導者が、どんな顔をしているのか気になったからだ。それに、今の俺はかなり強くなった。もう人造人間なんて1人で倒せる。そう思っていたから恐怖はなかった。だが、それがいかに傲慢な考えであったかを、俺は思い知らされることになる。

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