第126話 肝試し

「あ、あんた前歩きなさいよ。ほら、懐中電灯持って。」


「えー、別にいいけどさぁ。」


 裏山を目印に沿って進んでいく。もう既に深夜ということもあって、かなり雰囲気がある肝試しだ。


「ちょ、ちょっと! 今なんか後ろで音が……。」


「気のせいだって。なんにも聞こえなかったし。」


 羽山は俺の背中にピタッとくっついて着いてくる。しかし背の高さが30センチ以上違うので歩幅にだいぶ差があり歩きづらい。


「あ! 今そこの草むら動いた! 動いたわよ!」


「風が吹いただけだって。」


「あたしはなにもしてないもん!」


「自然発生の風だって。誰も羽山の魔法だなんて言ってないよ。」


 終始こんな感じでビビりまくる羽山を介護しながら先へ進むこと10分。


「ね、ねぇ定気……さっきから目印見てない気がしない?」


「あれぇ、おっかしいなぁ。引き返してみる?」


「そ、そうしましょうよ。こんな山中で迷子になったら遭難よ遭難。」


 しかし来た道を引き返せど目印らしき物は見えない。一向に見えてこない。それどころかさっきは通ってないような獣道に出てきた。


「じょ、定気ぇ……。こ、これって……。」


「おおおお落ち着け。まままままままだ遭難したと決まったわわわけではははは。」


「あ、あんたも震えてるじゃないの……。」


 まずいことになった。どうしたことか、目印を見失ってしまった。赤い旗で、かなり目立つため見失うことはないと思っていたのだが。


「は、羽山……ちょっと空飛んで旗探してきてくれよ。」


「う、うん、分かったわ。」


 羽山は翼を生やし、空を飛ぼうとバタバタさせる。しかしちょっと浮き上がっただけで落下してしまった。


「どど、どうしよう!? 震えで上手く翼が制御できない……。」


「お、お、落ち着け……。冷静に、深呼吸だ。深呼吸……。」


 その時、森の奥から悲鳴が聞こえた。かなり遠くからだ。


「ひ、ひぃぃぃぃ!?」


「あ、あわ、あわわ……。」


 普段なら悲鳴の方向に行けば人に会えるかもしれない、と判断するのだが、恐怖に支配されてしまった俺達はその場で抱き合ってガタガタ震えることしかできなかった。


「ど、どど、どうしよう……。」


「もうおしまいよ……。ここで死ぬんだぁ……。」


「そ、そそんなこと言いなよぉ……。」


 しばらくすると再び俺達は歩き出す。しかし旗の位置が分からないのではどうすることもできない。とりあえず来た方角は分かるので、そっちに引き返すことにした。


「は、羽山ぁ……な、なんか変な音しないか……?」


「ちょ、ちょっと怖いこと言わないでよ……。」


 そう言いながらも羽山は翼で俺の肩を抱き寄せる。2人してノロノロと歩くこと数分、ついに恐ろしい影が俺達を襲った。


「は、羽山……あれ……。」


「……あ、あれって……。」


 木々の奥、青白く光るヒト型のなにか。それはまるで陽炎のように揺れ動いている。


「き、きっとただの自然現象よ……。」


 と羽山が言ったのもつかの間、突然その光は俺達の方にすごい速さで向かってきた!


「いやああああああああ!」


「〈身体強化〉ァ!」


 俺は羽山を抱え、その場からダッシュで逃げ出した。冗談じゃない。あれは本物の幽霊に違いない。


「はぁ……はぁ……、ここまでくれば……大丈夫だろ……。」


 かなりの距離を引き返してきたが、いまだにグラウンドにたどり着けそうにない。体感では来た時より長い距離を引き返しているように思えるのだが。


「やっぱりなにか変だ……。これってもしかして神隠し……?」


「や、やめてよ。怖いこと言わないでよ……。」


 しかし歩けど歩けど同じ景色だ。


「くっそー、こんなことならスマホ持ってくればよかった……。」


「あっスマホ! その手があったわね。」


 羽山は震える手でポケットからスマホを取り出す。しかしすぐに肩を落とした。


「け、圏外……。」


「ま、まぁ山の中だし。」


 スマホも使えない。旗も見失った。これではもう本当に遭難だ。


「やっぱり羽山に空飛んでもらうしか……。」


「むむ、無理よ無理。翼が震えて上手く動かせないんだってぇ……。」


「な、なんとか震えを抑えて……。」


「そんなこと言われても怖いんだもん……。なんか安心できるようなこと言ってよぉ……。」


 羽山は涙目になりながら翼で俺の背中をすりすりしている。恐怖で幼児退行しているようだ。しかし、安心させられるようなことって……。


「はっ! そうだ分かったぞ!」


「わ、分かったって……なにがぁ?」


「そういや肝試しをするってグラウンドに集められたの、ギラの生徒だけだったじゃん。京都の生徒はいなかった。それってつまり、京都の生徒は肝試しの脅かす係をやってるからいなかったんじゃないのか?」


「脅かす係……?」


「そう。さっきの青白い光とか悲鳴とか。スキルで色々やって驚かそうとしてるんだよ。」


「なる……ほど。確かに辻褄が……合うわね。」


「そう。だから怖がっていちゃ向こうの思うつぼだぜ。」


「そう……ね。そうだわ。えぇそうよ! 京都の連中め、小賢しいわ! そんなのであたしがビビると思わないでよね!」


 さっきまで思いっきりビビってたけどね。


「任せなさい! あたしが旗の位置を見つけてきてあげるわ!」


 そう言って羽山は意気揚々と飛び去っていった。そして1分と経たないうちに戻ってくる


「あったわ! こっちよ!」


 それからはトントン拍子だった。羽山が見つけた旗をたどり、肝試し受領カードを手に入れた。帰りのルートは特に迷うことなく進み、ついに森の出口が見えた。


「おっ、センコウ先生いるじゃん。おーい。」


「おや、2人とも。遅かったじゃないか。道に迷いでもしたのかな?」


「ええ、ちょっとね。でも少しも怖くなかったわ。ちゃんとカードだって持ってきたし。」


 羽山め、あんなに怖がってたくせに。調子のいい奴だ。


「京都の連中も精一杯驚かそうとしていたみたいだけど、そんなの全然へっちゃらだったわよ!」


 胸を張って言う彼女の言葉に、センコウ先生は疑問符を浮かべた。


「京都の連中……? はて、今京都の生徒は全員グラウンドに集まっているが。」


「……え?」


「ほら。」


 センコウ先生が指した先には、グラウンドでワイワイガヤガヤしている京都の生徒達がいた。


「京都の生徒達はギラの生徒が全員出てきてから肝試しを始めるんだ。だから集合時間もずらしていてね。」


 じゃあ、俺達が聞いたあの悲鳴は? 俺達に襲いかかってきた青白い光は……?


「じょ……定気ぇ……。」


「センコウ先生、俺施設に戻りますね。おやすみなさい。」


「はい、おやすみ。」


「ちょ、ちょっと置いてかないでよぉ……!」


 センコウ先生の話を聞いてしまったせいで、2人して早足で施設へと戻るはめになってしまった。いったいなんだったんだよ、あれ。もしかして本物の幽霊……なわけない、よな?

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