第124話 リーリエ戦(3)
「ほら、舌、出してください。あーん。」
まずいまずいまずいまずい。舌を切られるのは本当にまずい! 詠唱ありきのスキルもいくつかあるのに、それは本当に勘弁してくれ!
「意地でも開けないつもりですね。」
そう言ってリーリエさんは俺の口に指を突っ込んで無理矢理開こうとしてくる。それを俺は口の筋肉だけでなんとか防御。
「んー! んんんんー!」
「強情ですね。まずは毒で意識を奪ってから……いや、それだと試合が終わってしまいますね。」
まずいよ! この人試合に勝つことが目的じゃなくて俺を拷問することが目的になってるよ! まっずい、本当にまっずい。こ、このままでは、このままでは屈辱ある敗北だ! いや待て。目的が刷り変わってるなら、そこがワンチャン突破口にならないか?
「そ、そんなに俺を拷問したいのか。」
「拷問ではなく、教育、あるいは調教と言ってください。定気さんの価値観をここで矯正しておかなくては、今後私達の関係にヒビが入る可能性があるのです。分かってもらえませんか?」
もう関係にヒビなら入ってるよ!
「それなら、俺がここで降参と言えばその計画は台無しになるはずだ。」
「あら、そんな悲しいことを言わないでください。もしそんなことになったら、リングの外で私の魔法が暴発してしまうかも?」
怖いよー! 襲うつもりだ! どっちにしろ俺を襲うつもりなんだ! 俺がなにしたってんだ!
「わ、分かった。じゃあ仕方ない……よな……。」
「あら、分かってくれるのですか?」
もちろん演技だ。リーリエさんは嘘や下劣な手段を嫌うが、それは人の善性を信じているということ。だから逆にそういう嘘なんかには騙されやすい。
「あぁ。もちろんだ。だけど最後に、これだけは言わせてくれないか?」
「なんでしょう? あぁ、スキルを使おうなんて思わないでくださいね。〈切除〉で氷から脱出してもいいですが、あなたの体は既に毒によってボロボロ。まともに立つことすらままならないことをお忘れなく。」
もちろん、それは俺が1番分かっている。既に毒を喰らいすぎた。俺は脱出しても立つこともできない。だから〈切除〉は無意味。〈ドゥーン〉はもう底をついているし、〈記憶操作・弱〉や〈上下左右〉はなんの効果も及ぼさない。〈身体強化〉は既に使ってある。
「あぁ。俺が言いたいことは……。」
だが、まだある。俺が夏休み中にダンジョンを攻略するために使ったあのスキルが。調整が難しく、〈身体強化〉がなければ肉体が耐えられないほどのあのスキルが。今この状況をひっくり返せるが、制御をミスれば自壊してしまう諸刃の剣が。
「信じろ、これまでの努力を。」
「?」
頼むぞ、俺の体。頼むぞ、俺の技術。頼むぞ、大魔王デスミナゴロス。なんかあった時のセーフティーはお前なんだ。行くぞ、俺の全てを出し切る!
「〈魔王化〉!」
「〈
リーリエさんがそう口にした瞬間、力の奔流が俺を包む。
「1%ォ!」
俺に流れてくる力の1%だけを受け入れる。これが今の俺に制御できる最大限だ。この制御をミスれば体が内側から爆発する。俺の高いHPがあればそうなっても死にはしないが、しばらく動けなくなるためリスクが大きい。
「うおおおおおお!」
咆哮が尾を引き、声が残像となってその場に残る。
「!?」
俺は氷を力ずくで破壊し、リーリエさんの後ろを取っていた。溢れる力を十全に支配している感覚がある。今なら、使える!
「〈ゆうしゃの――〉」
「ッ!? 〈少し――〉」
「〈――いちげき〉ィィィィィィ!!!」
名刀:異狩が黄金の光に包まれ、その刀身がリーリエさんの肩を捉えた。
「うおおおおおおおおおおおおおお!」
肩から豆腐を切るみたいに、するりと刀が入っていく。そして刀が腰の辺りまで来た時、その傷口からまばゆい光が溢れ、爆発する。爆風が辺りを包み、天には黄金の光柱が輝いた。
「蘇生アイテムが発動しました!」
次に聞いたのは、審判の声だった。そして目の前には呆けた顔で地面に座るリーリエさんがいる。傷は一切ない。しかし装着していた蘇生アイテムが黒ずんで壊れていた。効果が発動した証拠だ。
「勝者、定気 小優!」
高らかに宣言された。僅かな静寂が流れる。しかし直後に大歓声によってそれを打ち破られた。先ほどの試合よりも心なしか大きな、この場を揺らさんとするような大歓声。ふと周りを見ると、最初よりも多くの人が見にきていた。
「す、すげぇぞ小優ー!」
「さすがワイの見込んだ男やでー!」
歓声。拍手。称賛。それらが絶え間なく浴びせられ、俺の心が満たされていく。そうだ。ずっと俺は、ちやほやされたかったんだ。それが今この瞬間叶っていく。
「天才だ。定気 小優は天才だ!」
奏明を破ったリーリエさんに、俺は勝った。つまり俺はギラで1番強い奏明に勝ったも同然なんだ。
「そうか。やっぱり俺は天才だったんだ……。」
自尊心が蘇る。幼き日の頃の自分が目を覚ます。あの時の幸せを再び噛み締める。誰かに賛辞を受けることの素晴らしさを、実感する。
「みんな、ありがとうー!」
振り返ってみんなに手を振った。すると、その中に奏明の姿を見つけた。彼女は笑っていた。だけどどこか悲しそうな顔でもあった。俺は一瞬、ほんの一瞬だが、この時僅かに、初めて、奏明を見下した。
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