第123話 リーリエ戦(2)

 冷たい。それでいて痛い。体の末端の感覚がない。目眩がする。頭痛もだ。震えるほど寒い。吐き気も催してきた。


「ようやく、当たりましたね。」


 俺はリーリエさんの放った〈氷魔法〉に捕まり、その下半身と腕を氷漬けにされてしまった。頭と首だけが出ている状態。


「ぐ……この……!」


「無駄ですよ。私の〈氷魔法〉には毒が含まれています。あなたのステータスは大幅に弱体化されている。氷を破ることはできませんよ。」


 奏明のようにはいかないか。まったく、こんなところでも力の差を見せつけてくるなんて、罪な女だぜアイツは。


「そうか。じゃあ、ここからリーリエさんは頭だけ出ている俺を魔法でいたぶるんですか?」


「加虐趣味がないと言えば嘘になりますが、他でもない定気さんにはそんなことできません。おとなしく投降してください。毒で気分も悪いでしょうし。」


 それは確かだ。俺の体は毒で蝕まれている。この毒はダメージを与える毒ではなくステータスを下げるタイプの毒。一般人が喰らえば生き地獄を味わうことになるだろう。そんな毒だ。一刻も早く抜け出したいところだが、今はまだ我慢だ。


「投降……ね。ぜひともしたいところだが、あいにく毒のせいで声が出にくくなってしまったんです。今の俺の声量では審判まで声が届かない。どうにかしてくれませんか?」


 リーリエさんは片眉を上げた。そして視線を審判の方に移し、声を張り上げようと――。


「〈切除〉」


 その瞬間、〈切除〉で俺を閉じ込めていた氷を切り刻んだ。だがそれだけじゃない。


「〈記憶操作・弱〉」


 リーリエさんが音を聞いて再度こちらに目を向けようとする瞬間、僅かに記憶操作を施す。リーリエさんの、氷が破壊される音を聞いた、という記憶を削除したのだ。それによりリーリエさんは再び審判に向かって声を張り上げようとする。だからその隙に……!


「〈リーサル・ドゥーン〉」


 数値にして20万。今俺が持てる全てのドゥーンを注ぐ。〈ドゥーン〉も成長し、溜められる数も増えたのだ。この火力であれば、一撃でリーリエさんを倒せる!


「まさかッ!?」


「遅い! 弾けろ!」


 リーリエさんも俺の詠唱によって気づいたが、魔法を展開するより早く、俺は〈リーサル・ドゥーン〉を破裂させた。直撃ではなくとも威力は絶大。俺は自前のHPの高さで耐えられるが、果たしてリーリエさんはどうかな!?


「〈氷のアイシクル――〉」


 弾けた音の爆弾は、破壊の音響となってリングを包んだ。ともすれば観客すら吹き飛ばさんとする勢いの衝撃波が発生する。俺のHPは衝撃によりゴリゴリと削られ、あっという間に半分を切った。爆風に思わず目をつむり、再び開けたその時には、リング上で倒れているリーリエさんの姿が見えた。


「や、やったか?」


 思わずそう口にしていた。リーリエさんから視線を外さず、俺はおそるおそる近づいていく。審判はまだなにも言わない。


「念のため追撃を――。」


「〈氷の帝王アイシクル・ツァーリ〉」


「ッ!?」


 瞬時に上を向いて〈上下左右〉を発動させようとする。しかし、俺の頭上に氷の塊はなかった。


「ブラフですよ。」


 次の瞬間、俺の心臓に氷の剣が突き刺さった。血が溢れ、リングの上を赤く染める。


「スキルは発動の意思がなければ発動しません。ですので詠唱だけで判断するのは悪手ですよ。」


 リーリエさんは氷の剣をほじくるように回し、俺に苦痛を与えてくる。


「意外でした。まさか定気さんがこんな高火力スキルを持っていたなんて。先ほどの安倍さんの攻撃より、大きなダメージでした。」


 リーリエさんは五体こそ満足にあるものの、その体の至るところには内出血が見られた。まさか、直撃ではないにしろ20万の〈リーサル・ドゥーン〉を耐えられるとは思っていなかった。


「やっぱり強いですね。リーリエさんはア''ッ!?」


 心臓から氷の剣が引き抜かれ、続けざまに2度3度と斬撃を喰らう。かと思えば氷の槍が脇腹をえぐった。


「嘘つき、ですね。」


「う、嘘じゃないですよ。リーリエさんは強い……。」


「そっちではありません。あなたは先ほど、投降したいから審判を呼んでくれ、と言いましたよね?」


 リーリエさんはそう言って俺を押し倒すと、剣を傷口に突き刺した。


「ぐ……!」


「騙し討ちのようなやり方は汚いと思いませんか?」


「……戦場では……ルール無用じゃ……。」


「そうかもしれません。でもここは戦場ではありません。試合です。それに先ほどの攻撃は広範囲の無差別攻撃のように思えましたが、もし審判の方や他の生徒にもしものことがあればどう責任を取るつもりだったのですか?」


 あ、あれ? リーリエさんもしかして怒ってる……?


「私も、自分の戦い方が清廉潔白だとは思いませんし、歪んだ性癖を持っているのも事実です。ですがこと神聖な場の試合において、下劣な真似をするほど落ちぶれてはいません。それはあなたも同じだと思っていました。」


 彼女はそう言って俺の肉をほじくる。痛みと毒による不調で、反撃すらできない。だけどやるしかない。


「〈切――〉」


「〈氷の波アイシクル・ウェーブ〉」


 俺の体が一瞬にして氷漬けにされた。しかもご丁寧に手だけは氷にも地面にも触れられない位置で固定されてしまう。


「失望しました。ガッカリしました。まさか、定気さんがそんな方だとは思いませんでした。誠実な方だと思っていたのですが、それは私の勘違いだったようですね。」


 リーリエさんは冷たい瞳で俺を射貫く。知らず知らずのうちに地雷を踏み抜いてしまったのか。好感度が下がる音がする。しかし半端な言い訳は逆効果。ここはとりあえず謝っておこう。


「ご、ごめん。俺も熱くなってたんだ。リーリエさんに勝ちたくて躍起にやってて……。」


「とりあえず謝っておこうって態度が気に食わないですね。」


 ば、バレてる……!


「まぁ、いいですよ。私がしっかりと教育してあげますから。」


 なにを……? と思ったのもつかの間、俺の右目がえぐられた。


「ぐ、ぐあああああああああ!?!?」


「痛いですか? 痛いですよね?」


 リーリエさんは笑っていた。どういうわけか、俺の周りにはサドスティック女が自然湧きするようだ。このままでは大衆の目の前で拷問プレイをされちまう!


「あまり定気さんにこういうことはしたくなかったのですが……。まぁ安心してください。私、こういうの慣れてますので。まずは詠唱を封じるために舌から切りましょうか。」


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