第122話 リーリエ戦(1)

 約1時間後、リーリエさんは戻ってきた。腕はくっつき、傷はなくなり、元の美少女に戻っている。しかし奏明はまだ治療用のテントから出てこない。


「リーリエさん。」


 彼女に声をかける。リーリエさんは俺の顔を見てなにかを察したのだろう。ニコッと微笑んだ。


「いいですよ。行きましょうか。」


 言葉数は少なく、それでも意思は通じあっている。蘇生アイテムを装着し、リングに上がった。


「リーリエさんまた戦うのか?」


「さっきもやってたよな。連戦? 相手は誰?」


「ギラの八英だ。」


 ギャラリーの声が聞こえてくる。しかし数は少ない。奏明VSリーリエさんの時は今の3倍以上の観客がいた。


「おい、小優が戦ってるぞ。」


「マジか。おい、ちょっとこっち見てみろよ。」


「ちょ、押すなやで。ワイ将は最前列で見たいんや。」


 知ってる声もちらほら聞こえる。みんなが見てくれているのが背中で分かる。


「定気さんは、安倍さんと随分仲がよさそうでしたね。」


 リーリエさんは落ち着いた声で言う。


「先ほどの戦い。定気さんから見て、いかがでしたか?」


「……すごいと思いました。奏明に勝つなんて、思ってなかったから。」


「私は恨んでいますか?」


「まさか。そんなことはしません。ただ……敵討ちはさせてもらいます。」


「……そうですか。では私も全力で、やらせてもらいますね。」


 ガヤガヤとうるさいギャラリーとは対照的に、俺達の会話は静かだった。そして2人で審判に合図を送る。


「では、始めてください。」


 淡白な声を合図に、試合は始まった。俺とリーリエさんは全く同じポーズで、全く同じタイミングで、全く同じ右手をリングの地面についた。


「〈氷の波アイシクル・ウェーブ〉」


「〈切除〉」


 氷の波が俺に襲いかかる。しかし俺が地面を伝わせて放った〈切除〉は、氷の波が俺を呑み込む前にそれを切り刻んだ。俺の〈切除〉も成長している。以前まではできなかったこんな芸当もできるようになった。相変わらず生物には使えないけど。


「〈氷の帝王アイシクル・ツァーリ〉」


「〈上下左右・上〉」


 俺の頭上に出現した氷の塊に〈上〉を付与する。そうするとその氷は遥か上空へと飛んでいった。


「〈氷の音響アイシクル・ズヴーコヴァイ〉」


「〈ドゥーン〉」


 氷から放たれる嫌な音が、俺から放たれる重低音にぶつかって相殺される。


「〈氷の剣アイシクル・ソード〉」


「来い。名刀:異狩。」


 そして互いに近接戦闘用の武器を装備した。俺とリーリエさんは駆け出し、リングの中央で剣を交えた。


 俺が左肩から切り払おうと刀を振るえば、彼女はそれを防いで押し返してくる。


「つばぜり合いがお望みで?」


「あぁ。これなら俺の方が有利だからな! 〈身体強化〉!」


 グン、と一気に剣を押し返す。リーリエさんは体勢を崩し、隙ができた。そこに向かって俺は――。


「甘いですよ! 〈氷の波アイシクル・ウェーブ〉!」


 しかしリーリエさんは魔法で反撃。さっきの戦いで氷には触れちゃいけないことが分かっているため、俺は回避をした。しかしその僅かな間でリーリエさんは体勢を立て直し、こちらに氷の剣を振るってきた。


「〈切除〉ォ!」


 俺は名刀:異狩を右手だけで持ち、左手をフリーにしてリーリエさんの体に触ろうとする。


「ッ!?」


 そうするとリーリエさんは避ける。避けざるおえない。さっきのやり取りで〈切除〉が物を切断するスキルだと明かされたからだ。だが、この行為はブラフ。〈切除〉は生物には使えない。しかしそれを知っているのは俺自身だけだ。こうしておけばリーリエさんは〈切除〉を警戒して安易に接近戦に持ち込めない。


「ならば……これでどうです!」


 氷の波とはまた違う、多方面に氷を張り巡らせて動きを封じる技を放ってきた。リングの地面がパキパキと音を立てて凍りつき、それが足元までやってこようとしている。あれを喰らえば、俺は足を凍らせられて動けなくなる。


「〈ドゥーン・クエイク〉」


 俺はまだ凍っていない地面に手をつき、そこに〈ドゥーン〉を流した。音の振動が震動となる。リーリエさんはロシア系だ。地震には耐性がないだろう!


「こ、これは!?」


 震度にしてだいたい4か5、あるいは6くらいの震動を前に、リーリエさんの動きが止まる。その隙に〈切除〉で地面に張りついた氷を全て水分子サイズまで切り刻んでおく。そして俺はリーリエさんに接近した。


「はぁッ!」


 刀を振るい、彼女の首を狙う。リーリエさんは倒れるようにしてそれを回避し、俺を股下から見上げるようにして魔法を放つ。


「〈氷の槍アイシクル・ランス〉」


 近距離。〈上下左右〉を発動しても避けられない。俺は刀で受け流しの体勢を取った。


「ぐっ……!」


 重い。刀が折れてしまいそうなくらいだ。〈身体強化〉でバフがかかった今ですらかろうじて止められている。しかし氷の槍はギュリギュリと回転し、刀ごと貫かんとしてくる。


「今です! 〈氷の波アイシクル・ウェーブ〉!」


 その隙をリーリエさんは見逃さなかった。防御で動きが鈍ったところを、確実に仕留める一撃を放ってくる。俺はそれを避けることができず、氷の波に呑み込まれてしまった。

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