第121話 奏明vsリーリエ(4)

 奏明の持つ聖剣には、3つの光があった。赤い光は〈かいしんのいちげき〉、青い光は〈つうこんのいちげき〉、黄色の光は〈ゆうしゃのいちげき〉だ。そのうちの黄色い光が、突然、フッと消えた。


「!?」


 空中の奏明も異常事態に一瞬で気づいた。〈ゆうしゃのいちげき〉が使えなくなったのだ。これはまずい。なぜなら奏明は今まで中距離攻撃を全て〈ゆうしゃのいちげき〉に任せてきたからだ。つまり〈ゆうしゃのいちげき〉以外に中距離攻撃がないんだ。〈かいしんのいちげき〉と〈つうこんのいちげき〉は、〈ゆうしゃのいちげき〉のように光のレーザーになったりしない。奏明は今の一瞬で攻撃手段を奪われたことになる。


「なるほど。これは……対象指定攻撃ですか。」


 リーリエさんは氷の剣を作ると、それを高く掲げる。すると氷の剣に向かって黄色い光が集まってくるではないか。


「まさか……。」


 隣にいるヒカリちゃんが呟いた。俺には彼女の言わんとしていることが分かる。この状況とリーリエさんの言葉から察するに、奏明が〈ゆうしゃのいちげき〉を使えなくなった理由はおそらく――。


「〈ゆうしゃのいちげき〉」


 振りかぶった、その氷の剣が、光を纏い聖剣と化す。スキルの詠唱はリーリエさんの口から紡がれた。これが意味することはたった1つ。


「スキルを奪うスキル……!」


 それしか考えられない。しかし、だとしたらまずい。今の奏明はボロボロな上に、空中で回避もできない。


「これで終わりです!」


 リーリエさんは〈ゆうしゃのいちげき〉を放った。光はレーザーとなり、奏明に真っ直ぐ飛んでいく。奏明はそれに対して回避も防御もできず、ただ無抵抗に飲み込まれてしまった。そして数秒してレーザーが収まったその時、リング上にボトリとボロ雑巾のような奏明が転がった。


「……勝ったのか……?」


 生徒の誰かがそう言った。いつの間にか会場は静かで、ギャラリーは皆固唾を飲んで戦いを見守っていた。奏明がリングに落下した時も、ただただ彼女が地面に激突する音だけが響いた。


「……カウントを開始します。」


 審判の教師はそう判断した。


「5!」


 奏明はピクリとも動かない。四肢を投げ出しうつ伏せで、綺麗なクリーム色の髪はちぎれてボロボロになっている。


「4!」


 リーリエさんは片腕を失い、体はボロボロ。氷で止血したところを含め、怪我は相当な量だ。


「3!」


 両者とも微動だにしない。達人の間、あるいは警戒。どちらにせよ、我々ギャラリーにはただ彼女らが動いていないということしか分からなかった。


「2!」


 奏明は……まだ立たない。カウントはもうすぐ終わってしまう。早く立ってくれ。頼む。まだ間に合うんだ。


「1!」


 頼む! 奏明! 立て! 立ってお前が最強だってことを、証明――。


「0! 勝者、リーリエさん!」


 それは、世界の時が止まったようだった。誰しもが言葉の意味を咀嚼するのに、僅かな時間を要したのだ。しかしその静寂もすぐに打ち破られる。


「うおおおおおおお!」


 歓声をあげたのは京都の生徒達だ。彼らは立ちっぱなしのリーリエさんの元へと駆け出していく。


「奏明が……負けた……?」


 俺はそれが信じられなかった。いや、以前にも奏明は人造人間と戦った時敗北していたので、奏明が世界最強だと思っていたわけじゃない。だけど、人間に、しかも同学年の生徒に負けるだなんて思ってなかった。いつか奏明は同年代最強を自称していた。俺もそうだと信じて疑わなかった。


「奏明ちゃん!」


 走り出したヒカリちゃんを見て、俺も奏明の元に駆け出した。


「気絶している……。蘇生アイテムは発動していないから死んではいないね。」


「早く先生を呼んで治療してもらおう。」


 とはいえ、派手にドンパチやったから呼ばなくても勝手に来るだろう。


「要回復者2名です。はい、安倍 奏明さんとリーリエさんです。お願いします。」


 教師がトランシーバーめいた物で通信をすると、すぐに白衣を着た人がやってきた。回復魔法の使い手だろうか。しかし1人しかいない。


「優先はどっちですか?」


「こっちだ! 奏明は気絶してる。」


「おい、リーリエさんも意識がないぞ!」


 両者重体ってことか。それに対して治療ができる人は1人しかいない。


「まずはHPを確認しますので、こっちに持ってきてください!」


 俺は奏明を抱えた。彼女の体はびっくりするくらい軽かった。よくこの体からあれだけの攻撃を繰り出せたものだ。


「はい、ありがとうございます。ではここに置いて。後は任せてください。」


 白衣の教師は両手で魔法を発動し、2人を治療している。長くなるだろうか。2人ともダメージはかなりのものだから、きっと長くなるだろう。とはいえステータスの恩恵があるため、HPさえ回復してしまえばまたピンピンの状態に戻れるのはありがたい。


「ねぇ小優くん。あなた、あの人と戦うつもりだったりする?」


 ヒカリちゃんは横たわるリーリエさんを指した。


「あぁ。そのつもり。」


「……そっか。じゃあ敵討ちの権利は譲ってあげるねっ。その代わり――。」


 ヒカリちゃんは俺の胸に拳を置いた。ヒカリちゃんも俺も、奏明にはずっと憧れに近い感情を抱いていたんだ。奏明は最強だって信じていた。だけどそれが打ち破られれた今、心の中の支えが崩れかけている。この世には奏明より強い人がいて、しかもそれが自分達と同い年という事実が、重くのしかかる。


 才能だ。リーリエさんは強い。認めなきゃいけない。同い年の俺より、奏明より強い。リーリエさんには才能があるんだ。俺達よりも優れた才能が。俺も昔は天才と呼ばれていたのに、落ちぶれてしまった。いわば俺は、元天才だ。そしてギラで本物の天才を見つけて、打ちのめされて、でも必死に追い縋った。でもその先に、更なる天才がいた。


 青天井だ。上には上がいる。俺が見ていた世界がどれだけちっぽけなものなのか痛感した。井の中の蛙大海を知らず、だ。元天才の俺が天才になろうと努力して、それでも天才はその先にいる。これがどれだけ辛いことなのか、改めて実感させられた。


 だけど、いやだからこそ。


「勝てよ。」


 青天井の世界を、俺は超えたい。奏明に勝ったリーリエさんに勝って、俺は本物の天才なんだと実感したい。


「もちろんだ。」


 なにより、今はただ、奏明の敵討ちを、ヒカリちゃんの無念を、晴らしたい。ただのエゴかもしれないけど、それでも。


「絶対に勝つ。」

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