第120話 奏明vsリーリエ(3)

「昔ね、奏明ちゃんに、友達になろうって言われたことあるんだ。」


「へぇー、そうなんだ。奏明友達いたんだなぁ。」


「もちろん断ったよ。」


「断ったの!?!?!? なんで!?!?!?」


「奏明ちゃんは、私の推しアイドルだから、かな。」


 リング上の奏明を見るヒカリちゃんの目は、キラキラと輝いていた。それはまるで特撮ヒーローを見ている少年の瞳のようであった。対する奏明はというと……。


「アハハハハハハハハ!」


「〈氷の波アイシクル・ウェーブ〉!」


 笑いながら氷に身を委ね、後方へ吹き飛ばされる。受け身も取らず落下し、かと思うとゾンビのように立ち上がってはまた笑う。


「スキルのことも前に聞いたんだけど、奏明ちゃんのスキルには1つデメリットがあるらしいの。」


「うーん、なんとなく察しはつくけど、そのデメリットって?」


「理性の消失。」


 奏明は氷魔法のクールタイム中に、獣のような動きでリーリエさんに接近する。その様子を見ている大勢のギャラリー達は、若干引いてる。


「もし私の祖父があなたを見れば、悪魔に取り憑かれたのだと思うでしょうね。最初の大人しげな様子はどこへ行ったんですか!?」


「〈ゆうしゃのいちげき〉」


 言葉には、黄金の斬撃を。奏明の放った〈ゆうしゃのいちげき〉が確実にリーリエさんのHPを削り取る。


「ここまで来ると痛いですね。スピード特化型かと思ったら耐久も意外にあるようですし、これちょっとまずいかもしれません。」


 スピードこそ最初に比べれば落ちている。攻撃力はまだまだ健在。だが耐久力は、特にHPは尽きかけのように見える。リーリエさんの魔法と毒によるダメージが蓄積していった結果だ。


「私の〈氷魔法〉の最大火力は〈氷の帝王アイシクル・ツァーリ〉です。あなたの〈ゆうしゃのいちげき〉に比べると火力は遥かに劣る。ですが今の状況を鑑みれば、それでも1発当てれば試合をひっくり返せますよ。」


「〈かいしんのいちげき〉」


 赤い光を纏った聖剣が、リーリエさんの腹を捉える。咄嗟の防御を取るが、緩和しきれず叩きつけられる。リーリエさんの動きもかなり鈍くなっているように感じる。攻撃を幾度も喰らったせいだろう。


「うん、そうだね。そうだよ。もう私のHPは幾ばくもないよ。」


 奏明は連打を続ける。リーリエさんも対応して氷で防御を試みるが……間に合っていない。リーリエさんが防御を展開するより速く、奏明は聖剣を振るっていた。


「でも、動きが鈍くなっているのはあなたも同じ。今だって反撃もできてない。」


「ッ!」


 リーリエさんが腕を突き出し、反撃の〈氷魔法〉を使用しようとする。しかしその腕は奏明に軽くずらされ、魔法は奏明の真横を通り過ぎた。そしてガラ空きになった胴体に、彼女は渾身の攻撃を放つ。


「〈かいしんのいちげき〉+〈つうこんのいちげき〉+〈ゆうしゃのいちげき〉」


 防御は間に合わず、リーリエさんは奏明の最大火力にその身を晒された。しかしさすがと言うべきだろうか。彼女はその攻撃を僅かに仰け反った程度で耐えた。とはいえ実際はHPがかなり削られたのだろう。彼女は冷や汗を垂らしながら奏明と距離を取ろうとする。


「ねぇ、どうして逃げるの? こんなに楽しいのに。」


 それを許す奏明ではなかった。踏み込んでさらに聖剣を振るう。リーリエさんはかろうじて防御を展開するが、氷はいともたやすく破壊されてしまう。そこに奏明は蹴りを入れ、体を回転させながら斬り上げる。かと思えば聖剣を手放し、空いた両手を握りしめた。


「〈つうこんのいちげき〉」


 奏明から繰り出される拳は、リーリエさんの腹に突き刺さった。予想外の腹パンを喰らった彼女は血反吐を吐いた。


「ぐっ……!」


「アハハ。いい表情。」


 奏明は体をくの字に曲げたリーリエさんの顔を掴むと、それを自身の顔の前に近づけた。唇が触れ合わんとするほどの距離。奏明はリーリエさんの顔をうっとりと見つめると、そのまま頭突+膝蹴りのコンボをかます。それだけでは飽き足らず、そのまま近距離で聖剣を手元に出現させ、追撃を加えようとする。


「この……!」


 しかしリーリエさんがなんとか発動した〈氷魔法〉によって、奏明は氷漬けにされてしまう。そのうちにリーリエさんは後退した。


「HPは確実に減らしているはずなのに、動きが鈍らないなんて。」


 奏明は氷を破壊し、満面の笑みでリーリエさんに近づく。


「楽しい? 私は楽しいよ。すっごく楽しい。」


「不愉快です。戦っていてこんな気分になったことは初めてですよ。」


「そう? じゃあ、終わらせてあげるね。」


 互いにボロボロ、満身創痍。先に高火力技を当てた方が勝つ。そのくらい拮抗した状況。ただし精神的にはリーリエさんの方が追い詰められているようにも見える。


「私も負けるわけにはいかないので。すみませんが、下劣な手を使わせてもらいますね。」


 奏明は足の力だけで飛び上がり、空中で聖剣を振りかぶった。


「〈かいしんのいちげき〉+〈つうこんのいちげき〉+〈ゆうしゃのいちげき〉」


 3つの光が聖剣に纏わり、遥かなる光となる。強かで美しい聖剣が、光を携え希望となる。奏明は眼下のリーリエさんを見下しながら、その剣を――。


 その時だった。リーリエさんは左手を、いや、左手の人差し指を立てて、それを自身の口に持っていった。そして僅かに、だが確かに言葉を発した。ほんの小さな声だったにもかかわらず、その声はギャラリー全員が聞き取ることができた。


「それ、〈少し借りますね〉」


 奏明の手から、光が消えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る