第112話 国立京都冒険者養成高校

「みんな起きてー。着いたよー。」


 センコウ先生の張った声で、俺は微睡みから覚醒した。もう着いたのか。意外と早い。スマホで時間を確認すると午前8時強だった。


「おーい、着いたってよ。」


「むにゃむにゃ。」


 隣の奏明を起こして席を立つ。俺達の席は前側なので、ちゃっちゃと動かないと後ろが詰まってしまう。俺はちょっと急いでバスを降りた。


「バスを降りたら荷物を持って、ここに並んでねー。」


 バスから降りたところ、1組のバス以外が見当たらない。最初に到着したのが1組のバスだったということだろうか。まぁ人数多いし分けるのは当然か。


「うっぷ……ワイ吐きそうやで……。」


「先生ー、ノブがー!」


 車酔いでダウンしているノブを尻目に、俺は辺りを見渡した。なんというか、山の中にポツンと建てられた合宿場のようだ。建物は3つに分かれており、それらの建物で囲むようにグラウンドが存在する。そして辺りは山で囲まれている。盆地ってやつか。いや、よく見ると奥の方にも小さな建物があるようだ。しかしまぁ、なんというかどれもちょっとボロッちいな。


 トランクケースを引きながらそんなことを考えていた、その時だった。遠くから見慣れない群衆がこちらに向かってきていることに気づいた。


「なんだ、あれ?」


 他の1組生徒も気づいたようだ。数は20……いや30、もっとだ。あの格好は制服……?


「おうおうおう! テメェらがギラの1年かよ!」


 群衆の先頭にいるスキンヘッドがこちらに声をかけてきた。距離はかなりあるのにはっきりと聞こえるくらい大きい。


「どいつもこいつもデケェ面しやがってよォ! 超気に入らねェーッゼ!」


 威嚇だ。ヤンキーに威嚇されている。敵意マシマシだ。しかもそれは先頭のヤンキーだけではない。後ろに続く他生徒達からも、並々ならぬ敵意を向けられている。


「そういえば言ってなかったけど、向こうの学校は完全に我々を敵対視しているよ。いや、敵対視っていうよりライバル視かな?」


 いきなり不穏だ。なんでこんな学校と合宿なんてすることになったのだろうか。まぁここは穏便に、なるべく相手を刺激しないように……。


「あぁ~ん? テメェら何様だゴラァ!」


「し、白市~! お前も張り合うなって。」


 そういえば白市もそんなキャラだった……。


「あぁ~ん? テメェがギラの大将か? 随分雑魚そうだな。」


「んだとゴラァ!」


「やんのかアァ!?」


 あーまずいまずいですよ。なんでこんなテンプレ脇役みたいな奴の喧嘩買っちゃうかなぁ。


「白市、落ち着けって。いちいち相手する必要ないだろ。」


 江津と一緒に白市を羽交い締めにしてなんとかその場から引き剥がす。その間にも、京都の生徒からは嫌な視線を感じた。


「どいつもこいつもショボそうだな。今年のギラはあれか、不作ってヤツだな。」


「おいおいそんな言ってやるなよ。きっと彼らも才能がないなりに無駄な努力してるんだ。可哀想じゃあないか。」


「それもそうだな。ま、その努力もこの合宿で無意味だってことが証明されるわけだし。気の毒なこった。」


 なーんか、嫌な、実に嫌な感じだ。なんだってこいつらは俺達のことを敵視してるんだ?


「とりあえず、一旦俺達はセンコウ先生の指示に従おう。こいつらは無視だ。取り合っていいことなんてない。」


 白市を引っ張って逃げるようにバスの方まで後退した俺達は、センコウ先生を呼んだ。


「ライバル視ってより普通に敵対視してますよアイツら。」


「学生は血気盛んなものじゃあないか。入学当初も君達はあんな感じだったし。」


 い、いやぁ、それは……まぁ……そうなんですけど。あれは奏明が7割くらい悪いような気が……。そういや奏明どこ行った?


「む、まだバスの中で寝ている生徒がいるな。私はそっちを起こしに行ってくるから、君達はここで大人しく整列していてね。」


 センコウ先生はバスの中へと消えていった。すると直後に複数台のバスがやってきて停車した。そして他の組の生徒がゾロゾロと降りてくる。


「おっ、なになにお出迎え? 気が利くじゃ~ん。」


 あっちのバスからは不定ちゃん、そっちのバスからはタワーリシチさんと、八英の面々が次々と顔を見せ始めた。しかし京都の生徒達はそれにも臆することなく威嚇を続ける。


「うぉっほん、センコウくん。どうやら京都の生徒達がこちらの方まで来てしまっているようだが。」


「す、すみませんバンキング学長。ですが先ほどあちら側の教師の姿が見えず……。」


 あ、バンキング学長も来てたんだ。


「まったく、キックイン校長め。仕方ない。私が直接電話を――。」


「その心配には及ばんよ。」


 センコウ先生とバンキング学長が話しているところに、初老の紳士が割り込んできた。口元が隠れるほど長く伸ばした口髭と片眼鏡が特徴的だ。彼はバンキング学長の傍まで近寄ると、その顔を見上げた。


「久しいな。バンキングよ。」


「今は学長です。そちらこそお元気でしたか。キックイン校長。」


「当たり前だ。私は永年現役だよ。」


 キックイン校長と呼ばれた老人は、「ところで」と辺りに目をやる。


「ここにいるのは全員ギラの生徒か?」


「はい。そうですが、なにか問題でも?」


「いや、なに。今年は少しばかり数が多い気がしてな。」


「気のせいですよ。」


 キックイン校長は口髭を撫でながらバンキング学長と話をしている。やいのやいのとこちらを口撃してくる京都の生徒達は知らんぷりだ。


「バンキングよ。今年、ウチはかなり豊作だ。1万超えが3人もいる。」


 1万超え? 戦闘力のことかな。


「残念。こちらは4人いますよ。」


 キックイン校長は悔しそうに口を曲げた。だがすぐに思い出したかのように表情を戻す。


「ならば、最大戦闘力ならどうだ。京都は海外から特待生を招待していてな、その生徒の戦闘力は2万8000だ。少なくとも同年代では最強――。」


「こちらは3万3000がいますよ。」


 再びキックイン校長は口を曲げる。


「ニュースとか見てないんですか? もしかして、八英戦もご覧になられてない……?」


「ま、そんなことはどうでもいいわい。今日の合宿で白黒がつく。寝首かかれないよう精々気を張っとくことだな。」


「あっ、ちょっとキックイン校長! お宅の生徒達なんとかしてくださいよ!」


 バンキング学長の叫びも虚しく、キックイン校長は去ってしまった。結局京都の生徒の悪行は、向こうの担任の先生がやってくるまで終わらなかった。

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