第110話 〈記憶操作・弱〉

 結局俺は昼休みまで解放されることはなかった。やってくる生徒相手にひたすらスキルを教え続け、もうクタクタだ。


「おう、小優も大変そうだな。」


 食堂にて、俺は白市達と飯を食っている。もうやけ食いしないと疲れを癒せないよ。


「大変も大変。もうあれ授業じゃなくて労働だよ。」


 カレーとラーメンを交互に食べながら、白市と八英談義を繰り広げる。


「まー、確かに教えるってのも難しいよな。普段先生がどれだけ苦労してるのか、なんとなく分かった気がするぜ。」


「しかも、教えても必ず習得してくれるわけじゃないもんな。そりゃあ相性の良し悪しはあるんだろうけど、なーんか報われないぜ。」


 俺は〈ドゥーン〉や〈切除〉を主に教えたが、〈切除〉を習得したのは7人、〈ドゥーン〉にいたっては最初の男子生徒しか習得できなかった。スキルを覚えるというのはそれだけ大変だということなのだろう。


「俺もまぁ、わりとそう思うよ。〈紫電〉とか〈竜化〉とか、全然伝授できないんだ。〈攻撃力増強〉だけは覚えてもらえるんだけど。」


 うーん、だとすると教えるのが難しいスキルとそうじゃないスキルがあるのかもなぁ。


「つかさぁ、定気聞いてくれよ。」


 対面に座る佐山が焼き肉定食をついばみながら愚痴をこぼす。


「俺のスキルにさぁ、〈クリティカル・ポイント〉っていう、攻撃するたびにクリティカル発生率が上がるスキルがあるんだけどさぁ、安倍の〈かいしんのいちげき〉って俺のスキルの上位互換じゃん! なんだよ確定クリティカルって! こっちは20回以上攻撃しないとクリティカルなんて出せないのにさぁ!」


 う、うーん確かに。スキル格差ってヤツすねー。


「レアリティの低いスキルやったってことやな。スキルにレアリティがあるのかは知らんけど。」


 ノブはうどんを啜りながら佐山を慰める。


「なにが酷いってよぉ……俺習得できちまったんだよ、〈かいしんのいちげき〉」


「えっ、マジで!?」


「マジもマジ。つうか〈かいしんのいちげき〉を習得できた奴めっちゃ多いみたいだぜ。」


 えぇー、それはなんかやだな。俺も午後は奏明にスキル教えてもらいに行こうかなぁ。


「多分、午後はもうちょっと落ち着くと思うぜ。八英全員を回りきって暇を持て余す奴らが出てくるだろうし。」


「じゃあ、午後は俺も他の八英のところ行ってみるよ。つうか八英だけ伝授に時間使わされてスキルの習得できないなんて不公平じゃん。」


 文句を言いながら3杯目のラーメンを飲み干す。おっと、そろそろ昼休みも終わりか。


「じゃ、午後も頑張ろうぜ。」


 予鈴が鳴り、俺達は体育館に戻った。それから時間が来るとまた何事もなく授業が始まる。しかしさっきと同じ轍は踏まない。俺は素早く身を隠すことにしたのだ。


「ノブ、佐山、匿ってくれ。」


 体格のいい2人の陰に隠れ、辺りの状況を見渡す。しかし意外にも、もう八英に並んでいる人は少ないようだった。いや待て。遠くになんかすごい列ができてる。あれ、誰の列だ?


「午前より人気みたいだな、安倍さん。」


「スキルの習得難度が他に比べて低いからやろうなぁ。それに誰が使っても雑に強いスキルやし。」


 奏明、人気なのか。助かったというべきか。いや、あれだけ並ばれていたら俺が奏明に習いにいけないじゃないか。長蛇の列とはまさにあれのことだぞ。あんなのにいちいち並んでいたら授業終わっちまうよ。


「仕方ない。奏明に教えてもらうのは諦めよう。」


 逆に言えばそれ以外が狙い目だ。奏明以外で有用そうなスキルを持っている人……俺の戦闘スタイルから考えると、あの人しかいないだろう。


「ちょっと行ってくるぜ。」


 佐山とノブに別れを告げ、俺はその人の元に向かった。


「どうもどうも。お久しぶりっすタワーリシチさん。」


「むっ、小優くんか。久しいな。」


 制服魔改造和服美人のタワーリシチさんだ。この人は俺と同じく刀で戦う戦闘スタイル。ならば俺にとって有用そうなスキルを持っているに違いない。


「君も私にスキルを学びに来たのか。」


「ああ。俺も剣を使う戦闘スタイルだから、似たようなスタイルのタワーリシチさんならいいスキルを持ってると思ってさ。」


「ならばいいスキルがある。これだ。」


 次の瞬間、タワーリシチさんは刀を抜き俺を縦に切り裂いた。血が吹き飛び、衝撃で体がよろける。


「ハッ!」


 という映像が頭に流れ込んできた。しかし体は切られてないし血も出ていない。どういうことだ?


「これが私のスキル〈記憶操作・弱〉だ。前後数秒の記憶しかいじれないが、対象の記憶を消したり、記憶を植えつけたりできる。今のはそれの応用だよ。」


 なるほど。偽りの記憶による幻影か。確かに戦闘中隙を作るのにはちょうど良さそうなスキルだ。


「これを君に教えよう。やり方は難しいが、まぁ頑張って練習してほしい。」


 そう言って彼女は俺の頭に手を置く。すると謎の記憶が浮かび上がってきた。スキルの使い方の記憶だ。なるほど、そういう使い方もできるのか。今なら〈記憶操作・弱〉が使えそうな気がする。


「こうだッ!」


 俺は目の前のタワーリシチさんに向かって〈記憶操作・弱〉を放った。しかし効果はないようだ。


「ふむ、まず対象の記憶に干渉するところができていないようだ。だったらこうしてみるといい。」


 再び脳内に溢れ出す偽りの記憶。スキルの使い方が直感的に伝えられるから、口頭説明よりも理解度が跳ね上がる。


「なるほど、こうか!」


 こうしてタワーリシチさんにスキルの使い方を延々と教えてもらった。が、最後まで上手くはいかず、授業が終わってしまった。


「記憶を頼りに練習していけば、きっと使えるようになる。」


 タワーリシチさんはそう言い残して去っていった。俺は諦めずに授業が終わった後でも自主練として〈記憶操作・弱〉の鍛練をしたのだが、結局その日のうちに使えるようにはならなかった。

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