第107話 魔王のやり方

 *バンキングの視点


「その顔は、気づいてたんですか? 僕があなたをここに呼び出した理由。」


 眼前のうら若き男性職員は、明るげに、だが確かに殺意を持ってそう言った。彼が私をこんな夜中に呼び出した理由は、既に察している。


「そういうスキルがあるのでね。とはいえ、私も人だ。話くらいは聞こう。君の目的はなんだね?」


 彼は私の態度に少し驚いたようだった。


「ふぅ、あなたなにか勘違いしてません? もしかして、勝てると思ってます? その老いた体で、僕に。」


 彼の言う通り、私は老いている。50代後半ともなれば白髪は増え、体にはシミが出て、足腰は痛む。全盛期の半分ほどの力しか出せないのは、確かな事実である。対する彼はまだ20代前半。伸び盛りもいいところだ。体格こそ私の方が有利ではあるが、若さはなににも換えがたい力だろう。


「まぁ、いいですよ。僕も暴力を振るいたいわけじゃない。バンキング学長。僕にこの学園を渡してくれませんか?」


「君にこの学園を? それは君が学長になるということか? そんなことをして、いったいなんになると言うのだね。」


「分かってませんね。僕が欲しいのは名声です。学長という立場になれば、それなりの名声を得られる。そうしたら、僕は更なる強さを手に入れられる。かつてあなたがやったように。」


 彼の言葉に、僅かだが心が痛む。確かに私は昔、他人を蹴落としてまで名声と強さを手に入れたことがある。あの時のことは今でも夢に出るほどだ。しかし、後悔はない。私には、得た力を正しく使っているという自負がある。だからこそ、私は彼を否定できない。


「君の言い分は分かった。だが実力を伴わない名声は己の首を絞めるだけだよ。」


「僕に実力がないと……? 面白い冗談だ。僕はAランク冒険者ですよ? 実力なんてあるに決まっている。」


「その実力は、魔王から与えられた実力だろう。ここを卒業したばかりの君はCランク冒険者以下の実力しか持ち合わせていなかった。それがここ1年で急激に力をつけたとなれば、他者の介入を疑わざるおえない。」


「だからなんです? 力は力。魔王に与えられたからといって、僕の実力は僕の実力だ。」


 彼はその片手で易々とコンクリートを抉ってみせる。ステータスの恩恵を受けて、超人的な力を得た者にしか叶わぬ芸当。


「僕の戦闘力は、5万を超えています。バンキング学長、いくらあなたが元Aランク9位だったとしても、老いたその体では僕に勝つことはできないでしょう。」


 そう言って微笑む彼の瞳に、光はなかった。ギラに在学していた時の彼はもっと屈託なく笑う青年だった。魔王が彼を変えてしまったのだ。


「サ・ジュン。私は君のことをただの一時も忘れたことはないよ。もちろん、ここを卒業していった全ての生徒もそうだ。だからこそ、私は君が魔王に取り憑かれていることを知りながら、学園に講師として迎えいれた。」


「その結果がこれです。あなたは教え子に命を奪われる。どうです、今の気分は?」


「すこぶる悪いね。教え子に暴力を振るのは、初めてのことではないのだが。」


 言葉が終わるが早いか、ジュンの姿が一瞬にして消えた。そして私の前に再び出現すると、その右腕に何十というスキルを上乗せして、私に叩きつけた。


「なんだね? マッサージを頼んだ覚えはないのだが。」


「……は?」


 今のが、おそらく彼の最大火力なのだろう。昔からそうだった。最初の一撃に全てを賭ける戦い方を好んでいた。戦いを楽しむタイプではあったのだろう。魔王に取り憑かれて、それがよくない方向に働いたのかもしれない。


「私の戦闘力は15万だ。もっとも、全盛期なら今の倍はあったがね。」


 ジュンの頭を片手で掴み、そのままコンクリートの地面に叩きつける。地面はひび割れ、衝撃はクレーターを作り、余波が校舎を揺らす。これが真っ昼間だったら人の目は避けられなかっただろう。


「安心するといい。私の友人に優秀な手術医がいる。君の体内から安全に魔王を取り除いてくれるさ。」


 気絶したジュンを解放し、地面に寝かせる。そしてとりあえずメアリー婦人を呼ぼうとした、その時だった。ジュンの口から、ジュンの声ではない何者かからのメッセージが聞こえたのだ。


「人間よ。愚かだな。貴様がこれを聞いている時には、既に私はこの人間の体内にいない。」


 魔王からのメッセージだ。しかもその内容は衝撃的だった。既に体内に魔王がいないだと?


「魔王が体外に出たからといって、支配が解けるわけではない。この人間を操り、貴様にぶつけることで、我が逃げる時間を稼がせたということだ。」


 ブラフか? 本当に体外にいるのであればわざわざこんなメッセージを残す必要はない。だが、魔王の価値観や行動理念は人間のものと異なる。ただこちらを煽るためだけにメッセージを残した可能性は十分にある。


「愚かな。まったくもって愚かな。貴様のせいでまた生徒が危険に晒されるのだ。つくづく愚か、愚か、愚か。」


 魔王は嗤う。だが私はそれを歯ぎしりして聞いていることしかできない。


「我の言葉が嘘だと思うのであれば、この人間を解体してみるといい。そこに我はおらぬ。おらぬぞ。」


 おそらく、魔王はジュンが私を呼び出す前に逃げたはずだ。端からジュンが私には勝てないと判断しての行動だろう。だとすると、魔王は取り憑いた人間を完全にコントロールできるわけではないということか。きっと今日私を襲ったのはジュンの独断。魔王はそれを止めるだけの強制力を持っていなかったということか。


「我はしばらく人間社会に溶け込み、機を待つ。脆弱なる人間に教えておいてやろう。世界を滅ぼすのは、飢餓でも支配でも戦争でもなく、死であるということをな!」


 魔王がそう言葉を切った途端、私のスキル〈未来予知〉が発動した。ジュンの肉体が内側から弾け、爆弾となって辺りを木っ端微塵にする未来が見えてしまったのだ。


「外道が……ッ!」


 自身の持てるスキルの中から事態を解決できるスキルをピックアップしてくれるスキル〈最善提示〉により、〈空間固定〉〈水蒸気〉〈回復魔法〉〈隔離〉が提示される。


 私はまず〈水蒸気〉で辺りを包み、さらにジュンの体内にも水蒸気を送った。しかしおそらくこれは効果が薄い。体内に爆発物を仕掛けられているわけではなく、体を爆弾に改造されてしまっているからだ。ただ湿らすだけでは意味がない。ならば、まずは〈隔離〉で私とジュンを現世から遮断。〈空間固定〉でジュンの肉体が爆散しないように固定。〈回復魔法〉でジュンのHPを回復させ、爆発のダメージに耐えられるようにする。


「この借りは高くつくぞ、魔王よ。」


 私はいくつものスキルを重ねがけしてジュンの肉体を維持しつつ、メアリー婦人を電話で呼んだ。緊急時に彼女以上に頼りになる存在はいない。深夜の呼び出しで申し訳ない気持ちもあるが、人命がかかっている以上どうしようもない。


 メアリー婦人が来るまで、私はスキルを使い続けた。彼女が来てくれたおかげでジュンの命は助かったが、結果としては魔王に逃げられてしまったことになる。私はジュンのことをメアリー婦人に任せると、急いで学長室へと戻った。この出来事を冒険者ギルド本部に伝えるために。

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