第105話 人は変われる
奏明に連れてこられたのは、いつぞや彼女から〈ゆうしゃのいちげき〉を習った川岸だった。
「この辺り、よく見えるんだって。」
普段は人が寄りつかないような場所であるにも関わらず、今日という日は人でごった返していた。川に転落しそうになっている人もいるくらいだ。
「ほら、上がったよ。」
花火が夜空を明るく染め、重低音が心臓を揺らす。1発上がるごとに人々はどよめき、ざわつき、指をさして会話を繰り広げる。実に平和な夏祭りの風景そのもの。
「あぁ、綺麗だ。」
俺の村では花火なんてなかったから、実際に目にするのは初めてだ。画像や小説なんかで聞くのとは、やっぱり迫力が違う。パッと光って、それから数秒後に音が届く。その音は体の芯を突き抜けるような音で、映画館で映画を見た時の感覚に近い。あるいは太鼓の音もこんな感じだ。
「綺麗って……私の顔が?」
感傷に浸っていたのに奏明がトンチキなことを言い始めた。とはいえ否定する理由もないのでそういうことにしておいてやろう。
「あぁ。奏明は綺麗だよ。」
あっ、また花火が上がった。綺麗だなぁ。川の水にも反射してなんかいい感じになってる。風流だ。ぜひ写真に撮りたいけど、あいにくスマホバキバキでカメラのところも割れてるしなぁ。ま、来年また撮ればいっか。
「じょ、定気はさ……。」
奏明は花火を見ながらこちらに顔を向けることなく、言葉をかけてきた。花火の光のせいだろうか、ほんのり顔が赤いようにも見える。
「どんな人でも……例えば心に辛くて苦しい闇を持った人でも、意図せず他人を傷つけてしまうような人でも、生きてていいと思う?」
ドン、と花火がまた上がる。奏明はこの祭りの雰囲気に合わぬ、哲学的なことを聞いてきた。いや、逆に雰囲気に合っているとも言えるかもしれない。夏祭りという非日常だからこそ、哲学に耽るのも悪くないだろう。
「そりゃあ、もちろんそうだ。生きてて悪い人なんていないよ。」
「じゃあ、どうしようもない悪党でも? もはや人と呼べないような怪人でも?」
どうしようもない悪党。人と呼べないような怪人。そう聞くと、大魔王や人造人間のことが思いつく。アイツらは生きていてもいいのだろうか。まず、大魔王は他人を死に追いやる力を持っていて、それを使って世界を破滅させようとしている。そんな存在でも生きていていいと言えるのだろうか。
「当然だよ。生きてていい。人は変われる。償える。それでも他人に危害を加えるようなら、誰かが止めてやればいい。簡単なことだろ。」
人造人間は、正直分からない。俺はアイツらと2度対峙したが、アレが人間なのかただのロボットなのか、はたまたモンスターなのか、さっぱり見当もつかない。だけど彼らがもし元人間で、その理性を奪われ誰かに操られていたのだとしたら、それでも彼らに生きていていいと俺に言えるだろうか。
「簡単なこと……じゃないよ。全然。」
奏明はそう呟いた。多分、突然こんなことを聞いてきたのにもワケがあるのだろう。奏明と俺では見えてる世界が違いすぎてなにに悩んでいるのかは推察できないが、並大抵の問題ではなさそうだ。
「奏明になんか悩みがあるのは分かった。でも、今はそんな深刻そうな顔してる場合じゃないだろ。」
奏明の頬っぺたをモニモニやって凝り固まった表情筋を揉みほぐしてやる。せっかくの夏祭りに辛気臭い顔をしていてはいけないだろう。それに悩むのはいつだってできるけど、花火は今しか見れないんだぞ。
「おっ、なんかクライマックスっぽいぞ。」
そうこう言ってるうちに花火は続けて打ち上がる。時間的にももうすぐ終わる頃合いだ。
「……うん。」
それから、俺と奏明は花火が終わるまで互いに無言で見続けた。花火終わって周りの人が徐々に帰り始めると、俺達もどこへ行くでもなく歩き始めた。
「俺はこのまま店番に戻るけど、奏明はどうする?」
「私は歩いて別荘まで帰るよ。ここから近いし。」
「送っていこうか?」
「ううん、大丈夫。それじゃ。」
そう言って奏明はその場を去ろうとする。その背中に向かって、俺はずっと言おうと思っていたことを口に出した。
「奏明。」
「……?」
「えっと、その浴衣さ、似合ってて、可愛い……と思うよ。」
沈黙が流れる。顔が爆発しそうなくらい熱い。俺は時間が刻々と過ぎていく感覚に耐えきれなくなり、そのまま身を翻して片手を振った。
「はぁ……、なに言ってんだろ、俺。」
そしてそのまま焼きそば屋へと戻る。そこでは佐山とノブが暇そうにイスに座ってグデーンとしていた。見事なだらけっぷりだ。夜になって暑さも和らぎ、心地のよい温度帯になってきたためだろう。2人は眠そうにあくびをしながら、スマホをいじっていた。
「ただいまー。」
「あーっ! お前なにやってたんだよ!」
「抜け駆けとはずるいぞ! ワイ将傷ついたで!」
怒り心頭な2人をどうにか宥め、俺は奏明と祭りをどのように回ったのかを詳しく話した。決してやましいことはなかったのだと説得したかったのだ。しかし――。
「ムキィーッ! 自慢かよ! かーっ、ぺっぺっ!」
「あ~あ、ワイ将からの好感度が80%OFFやで。幻滅や、幻滅。」
なぜか火に油を注ぐ結果となってしまった!
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