第104話 君がいた夏

「なんで反撃しなかったんだ?」


 悪漢に腕を掴まれても奏明は反撃しなかった。奏明の実力ならちょちょいのちょいだろうに。


「力には責任が伴うんだよ。私達は冒険者のタマゴ。そんな私達が一般人に暴力を振るったら、問題になっちゃうでしょ?」


 確かに。一般人の戦闘力はせいぜい500以下。そんな奴らに俺らが本気を出せば確実に殺せてしまう。というかちょっと小突くだけでも大怪我を負わせてしまうだろう。


「冒険者や公安、そしてその見習い達は一般人とはかけ離れた強さを持ってる。だからこそ、むやみに力を振るったらいけないんだよ。」


 それこそ、公安の仕事はステータスの恩恵を使って暴れる悪党を捕らえることだ。ステータスの恩恵を受けた人間は、普通の人間では御しきれない。そういうステータスの恩恵を受けた人間が悪事を働いた時、それを逮捕するために公安という組織ができたんだ。


「私達がちょっとでも人に怪我をさせたら問題になる。さっきは手を振り払うだけでも骨が折れちゃいそうだったら困ってたんだ。」


 あー、なるほど。奏明くらい強くなるとそういうこともあり得るのか。で、怪我させたら圧倒的にこっちの責任になると。難儀だ。力を持ってしまった代償と言えば聞こえはいいが、法による枷みたいなもんだよなぁ。まぁそうしないとステータスの恩恵を使って暴れまわる人が増えちゃうから、仕方ないんだろうけど。


「まぁ、それならよかったよ。じゃあ俺は戻るわ。祭り楽しめよ~。」


 そう言って身を翻したが早いか、袖を引っ張られた。


「どこ行くの?」


「実はかくかくしかじかで。」


「?」


 やっぱりかくかくしかじかじゃ伝わらないみたいだ。なぜか江津には伝わったけど。


「実は白市とかいう詐欺師に騙されて店番やらされてるんだ。で、今佐山とノブと一緒にやってる。」


「店番なら2人いれば十分。ちょっと着いてきてよ。」


「えぇ~、それは……。」


 いや待て定気 小優よ。冷静に考えてもみろ。男共3人で店番やるより奏明と祭り回った方が楽しくないか? このチャンスを逃したら、もう女の子と祭りを回る機会なんて一生来ないかもしれない。うん、きっとそうだ。人生は短い。どうしようもなく今を生きるしかないのだ。腹の中の大魔王もそうだそうだと言っている。ここは奏明に無理矢理連れ回された体にして店番という苦行から脱しようではないか。


「おう! いいぜ! ただちょっと佐山達に連絡させてくれ。」


 奏明に断りを入れ、店番用のグループL○NEに事の旨を書き込んだ。


『かくかくしかじかで奏明と祭り回ります。後は頼んだ。』


𝓖𝓤𝓘𝓛𝓣𝓨有罪.』


𝓕𝓪𝓽𝓪𝓵𝓲𝓽𝔂死刑.』


 よし、どうやら了承をもらえたようだ。いやぁ優しい友人を持てて俺は幸せもんだなぁ。


「よし、もう大丈夫だぜ。」


 俺は奏明に手を引かれるまま歩いた。


「ん、ここ。」


「わたあめ……?」


 奏明に連れてこられたのはわたあめ屋さんだった。わりと繁盛しているご様子。


「もしかして俺に買えと?」


「うん。そうだよ。」


 なんでだよ! お前名家のお嬢様だろ! それくらい自分で買えるじゃん! なんで貧しい俺の財布から出させようとすんのさ!


「く……仕方ないな。今回だけだぞ。」


「やった。」


 結局眼力に圧されて買ってしまった。まぁわたあめくらいなら大した出費ではな――。


「次はあれ。」


「つ、次……?」


 奏明の指先にはかき氷屋さんがあった。


「か、かき氷……。夏祭りなのをいいことに、ただの氷に香料をかけたものを詐欺師みたいな値段で売る悪徳商法(個人の感想です)じゃないか! あんなもの買えませんよ!」


「……ダメ?」


「仕方ないなぁ今回だけだぞ!」


 おかしい。この短時間で1000円も吹き飛んだ。1000円あればコンビニ弁当が2つは買えるぞ。それをこの一瞬で失った……? あ、あり得ない……。


「うん、おいしい。」


 ま、まぁ奏明は満足そうだし、いっか。というかこれで満足してくれ。さっきノブの悪乗りに付き合ったせいでバカみたいなクジに1万円くらいぶちこんでもう財布が素寒貧なんだ。


「でももう飽きたからいらない。あげる。」


 なんということだ。奏明はまだ半分くらい残っているわたあめとかき氷を俺に押しつけてきた。こいつ、人の財布をなんだと思ってる? こっちは生活費削ってんのに……。


「次はあれ食べたい。」


 今度はチョコバナナ……。甘党なのかこいつ。


「うん、分かったよ。諦めよう。俺は今月麺だけで生きていく。」


 奏明の食べ残しを腹に入れながら、チョコバナナも買ってやった。しかしそのチョコバナナも半分くらい食べたところでおもむろにこちらに差し出してきた。


「はい。あーんして。」


「飽きていらなくなっただけだろ。そんなロマンチックに言ったって騙されませんよ。」


 奏明にあーんされてチョコバナナも消費。うん美味い。やっぱりチョコとバナナの組み合わせは最高だぜ。


「えっと……その、定気ってさ。」


 チョコバナナの後味を堪能していると、奏明は若干うつむきながらとんでもないことを言い出した。


「気にしないの? 間接……キスとか。」


 奏明は顔を少し赤らめているようにも見える。気にしないもなにも、そっちが差し出してきたもの食べただけだが? だけどよくよく考えたら、これって確かに間接……。


「あー……。」


 気まずい空気が流れた。なんて返そうかと数秒、十数秒と思案するも、この状況を脱せそうな回答は思いつかない。しかし神は俺を見放さなかった。


「お、花火だ。」


 周りの人のそんな声に顔をあげると、空に明るい花が咲いた。遅れてドンと音が鳴ってくる。花火の重低音は妙に心臓を鳴らした。


「ここじゃ見辛いね。もっといい場所に行こう。」


 奏明はそう言って俺の手を引っ張る。俺はなすがままにそのまま連れていかれた。奏明の手にはなんだか熱が籠っていた。 

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