第103話 祭りを楽しむ

「なんかすげぇ人多いな。」


 中谷町の夏祭りと言えば、毎年たくさんの人が来ることで有名だ。だかれそれなりに活気はあるのだろうと思っていたが、これは予想外。まだ昼間なのに、既に道が人でぎゅうぎゅうだ。


「向こうの歩行者天国の方がまだ空いてそうだし、そっち行かね?」


 ただでさえ暑いのに、人に囲まれたらもっと暑いだろう。俺は佐山の提案に乗っかることにした。


「それにしてもそろそろ腹減ったよな。なんか食おうぜ。」


 俺達はまだ昼飯を食べていなかったので、屋台で食べ物を買うことにした。


「ワイ将からあげ買ってくるで。」


「俺はあっちのタコス買ってこよ。定気は?」


「うーん、俺はその辺で美味そうなもの適当に買い漁ってくる。」


 ここは一時解散とし、各自で好きな食べ物を買う。そしてまた集合し、歩きながら食べる。道中気になった屋台があれば寄ってみて、なにか買ったり食べたりもした。そうこうしているうちに、太陽は徐々に沈んでくる。


「おっ、あそこに射的があるで。」


「お前それでもう何回目だよ。」


 午後5時。休むことなく歩き続けた俺達はすっかりくたくたになっていた。まだまだ暑さはとどまるところを知らない。


「この辺りは一旦全部回り尽くしたっぽいな。」


「あぁ、そうっぽい。あ、でもまだあっちの方には……。」


 俺がそう言いかけたその時、L○NEに着信が来た。


「あ、白市からだ。店番交代だってよ。戻ろうぜ。」


 俺達は疲れた体にムチを打ち、焼きそば屋まで戻った。なんだかんだで祭りは回れたし、わりと満足していたため、最初ほど店番に不満はなかった。なによりイスに座って休めるってのがデカイ。


「おう、お疲れさん。んじゃあとはよろしく。」


 白市と砂原さんから店番のバトンを受け取り、再び俺達3人が店番となった。ついでに店番をしながら焼きそばを作って自分達で食べた。その頃には辺りは薄暗くなり始めていた。


「花火、何時から?」


「8時30分から9時までだってよ。」


「まだあと1時間以上あんじゃん。」


 店番も板についてきた。たまにやってくる客は適当にあしらい、暇な時は世間話に花を咲かせる。やれクラスの誰が付き合ってるだとか、やれ誰が好みタイプだとか、そういういかにも学生っぽいことばかりを話した。


「そういや、お前らって部活入ってる?」


「いや、入ってないけど。」


 つうかあったんだ。部活とか。


「実は俺、夏休み明けからサッカー部入ろうと思ってんだよね。」


「へぇー、佐山がサッカー部か。なんで?」


「モテたいから。」


 不純!


「ええな。ワイも運動部入ったらモテるんかな。」


「ノブは……うん、ごめん。」


「この流れさっきも見た気がするでぇ……。」


 その時だった。焼きそば屋からちょっと離れた人混みの辺りが、妙にざわついていることに気づいた。


「なんだろう。」


「人でも倒れたんじゃねぇの~?」


 もしそうだとしたら誰かが助けないといけない。だけど見た感じ、誰かが率先して動いている様子はなさそうだった。何事かと席を立ち、そっちの方を見やるも、人が多すぎて状況が把握できない。


「ね、さっきの見た? 女の子が男の人に絡まれてたよ。」


 人混みの中から生じた、その僅かな呟きが俺の耳に入ってきた。俺は一瞬で理解した。俺のするべきことを。俺には力がある。だからこの力で困っている人を助けなければならないのだ。


「佐山、ノブ。ちょっと店番頼んだ。」


「ちょ、どこいくねーん!」


 屋台を飛び出した俺は人混みの中へと割って入り、そのざわめきの中心、騒動の元へと向かった。


「おいおい、湿気たこと言ってねぇで、俺らと遊んでくれや。」


 そこには、肌を黒く焼いた見るからに柄の悪そうな男達がいた。数は3人。こちらに背中を向けている状態だ。絡まれている女の子は男の影に隠れていてこちらからでは姿が見えない。


「おいお前らなにやってるんだ。」


 俺は男達に声をかけた。そいつらは振り返り、俺の顔を見ると、勘弁してくれと言わんばかりに表情を崩した。


「ヒーロー気取りかクソガキが。」


 男達は少女から手を離し、俺の方に向かってきた。それでいい。俺と男が揉めている間に逃げてくれればよいのだ。


「お前ら、人の嫌がることをしたらいけないんだぞ。」


「ハーッハッハッハ! 青臭ぇこと言ってんじゃねぇよバカガキが。」


「俺達の邪魔をしたらどうなるか、思い知らせてやるよゴミガキが。」


 俺は強い。一般人ごときに負けることはないだろう。しかし暴力沙汰はNGだ。せっかくの祭りの雰囲気が台無しになってしまう。ここは軽く脅しを入れて退場してもらおう。


「来いよ。名刀:異狩。」


 名刀:異狩を呼び出して突きつけた。突然なにもない空間から刀が出てきたことに、男達は驚いている。


「俺はギラの八英の1人だ。お前ら一般人では逆立ちしても勝てないくらいには強い。もしこれ以上悪事を働くようなら、この場で斬る。」


 もちろんハッタリだ。通用しなかった。まぁ普通に〈上下左右〉で適当なところに飛ばしといてやろう。でもあれ、一般人相手に使うと普通に落下死とかさせちゃいそうで怖いんだよなぁ。


「……アホガキがッ!」


 俺がそんなことを考えていると、男達は悪態をついて去ってしまった。よかった。誰も傷つかずに済んだぜ。


「帰れ。名刀:異狩。」


 名刀:異狩は寮に戻して、これで一件落着だ。いやぁ、善行をするって気持ちいいなぁ。カッコいいとこ見せちゃったぜ。


 俺は1人満悦になりながら、絡まれていた少女に目をやった。そうして初めて気づいた。絡まれていた少女のその、見慣れたクリーム色の髪の毛に。


「定気じゃん。なにやってるの?」


 奏明だ。しかも浴衣。なんか祭りを楽しんでるっぽい。


「いや、それはこっちのセリフなんだけど……?」


 奏明ならあんな奴ら普通にボコれたじゃん! 俺が助けた意味まったくないじゃん。あ~あ、なんか損した気分。

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