第102話 店番

 羽山とその愉快な仲間達が現れた。彼女らの手にはりんご飴やらレモネードやらが握られている。


「実はかくかくしかじかでぇ……。」


「は? かくかくしかじかじゃ分かんないんだけど? ちゃんと説明してもらえる?」


 うぅ、そんなキレなくてもいいじゃん。つうかさっきはこれで伝わったのに。


「白市に騙されて店番させられてんの。」


「そーなんだよ。俺達被害者。可哀想だとは思わんかね。」


 羽山は俺と佐山の顔を交互に見て、きょとんとした表情で言った。


「思わないけど?」


 冷血である。


「つか、これなに? 焼きそば屋?」


「わー、私ちょうどお腹減ってたんだよね。かざちゃんもなんか食べようよ。」


 手にわたあめを持った女生徒が、目を輝かせて屋台のテント端に貼られたメニュー表に顔を近づける。


「じゃあ、私はチーズ焼きそばを頼もうかな。」


「チーズ焼きそば入りましたー! ほら佐山、座ってないで早く作業しろ。」


「えぇ~、俺が作んの?」


 佐山の尻をひっぱたいて働かせている間に俺は接客だ。


「他に注文ある人ー。」


「私目玉焼き乗せ焼きそばー。」


「私は普通のー。」


 む、意外に多い。佐山頑張れ。


「羽山はなんか食べないの?」


「はぁ? なんでアタシがわざわざあんたの……。」


「かざちゃん少食だもんねー。りんご飴だけでお腹いっぱいになっちゃうもんねー。」


 りんご飴だけで……お腹いっぱいになる……? どういうことだ……? 理解できぬ。


「う、うるさい! 体質の問題なんだから仕方ないじゃない。」


 到底理解は及ばないが、羽山は食べないのだろう。とりあえず佐山に追加の注文内容を伝えよう。


「佐山ー。目玉1つ普通1つ追加ー。」


「お前も働けやぁぁぁ!」


 鉄板と格闘する佐山を無視し、先に会計を済ませておく。そうこうしているうちに佐山は着々と焼きそばを完成させ、パックに詰めていく。


「はい、こちらになりまーす。」


 そしてそれを俺が横からひったくり、輪ゴムで封をして渡した。面倒な仕事は佐山に全て押しつける、完璧な手腕だ。将来は面倒事を他人に押しつける仕事のプロになれるに違いない。


「なんか、あんたも大変そうね。」


「そうでも……いや全然そうだわ。大変も大変だよ。屋台の店番やらされるなんて思ってもなかったからさ。」


「ふぅん。じゃあ、あんたは祭り回ったりはしないんだ。」


「いや、多分昼前には店番は交代するから、午後からは回るぞ。」


「1人で?」


「多分佐山とノブの3人で。」


 適当に会話をして場を繋ぎながら焼きそばを佐山から受け取り、封をして渡す。やっぱり接客業も大変ではあるなぁ。


「えーっと、チーズ焼きそば目玉焼き乗せ焼きそば普通焼きそばそれぞれ1品ずつ……以上になりまーす。あしゃしゃしたー。」


 なにか言いたそうにしていた羽山はそのまま女子達に連れられて行ってしまった。


「女子だけで祭り……いいな、なんか。」


「あぁ。いい。」


 女子の私服姿は心の潤いになる。まさに至福、なんつってなガハハのハ。


「おーう、ワイ将のご帰還やで。」


 女子達が去ってすぐ、飲み物を買いに行っていたノブが戻ってきた。


「おかえりノブ。コーラは持ってきたか?」


「もろちんやで。はいおしるこ。」


「おしるこ!? しかもクソ熱!」


「ノブ……俺の麦茶は?」


「あるで。はいビール。」


「ビール!? 確かに冷えてはいるけどさぁ!?」


 どうやって年齢確認突破したんだよ。つうかおしることか今の時期によく売ってたな。


「ふぃー、それにしてもなんか、こうやって汗水垂らして働くってもの青春っぽくてええやんな。」


 お前はまだそんなに汗水垂らしてないだろうが。


「本当だぜ。ぶっちゃけ、ギラってもっと固いイメージだったから、こんな青春っぽいことできるとは思ってなかったよな。」


 と言って佐山はおしるこを飲んでいる。飲むんだ。熱いし甘いから口の水分奪われるだろうに。


「分かるでー。入学試験の時とかもう、クソ固公立高校ですみたいな雰囲気だしとったもんな。ワイ将はもう夏休みすらもらえないと思ってたで。」


 ヤバい。入学試験の話になったら会話を合わせられない。ここは自然に話題を転換しよう。


「ところで佐山って彼女できた?」


「おう! 3回別れたぜ!」


 うーんこの残念イケメンめ。お前もう口縫ってた方が幸せなんじゃねぇの?


「そういう定気はどうなんだよ。」


「彼女いたらこんなところで油売ってねぇっての。」


「それもそうだなガハハ。」


「なに笑てんねん。ぶん殴るぞ。」


 彼女……彼女か。欲しいな彼女。いないかな、俺の彼女になってくれそうな人……いないな。顔がパッと思いつかないし。


「ノブは……ごめん。」


「ワイ将今ディスられた?」


 くだらない会話を繰り広げていると、時間はあっという間に経過していく。たまに客が来ては、その度に焼きそばを焼き、提供する。そしてまたくだらない会話に戻る。そうこうしているうちに、時刻は11時に差しかかってきた。


「お、L○NEだ。」


 店番交代の指示だ。ようやくか。


「次は江津達か。さっさと業務の引き継ぎして涼しいところ行こうぜ。」


 少しすると江津一行がやってきたので、焼きそばの作り方を教え、俺達はそそくさとその場を去った。コンビニという避暑地へ向かったのだ。そこでしばらく涼んだ後、俺達は中谷町の夏祭りへとくり出したのだった。

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