第100話 夏祭り
8月12日。私立学園ギラがある、中谷区中谷町で夏祭りが開催される。中谷町の夏祭りといえば毎年たくさんの人が来て、とんでもない賑わいを見せることで有名だそうだ。花火も上がるらしい。
「夏祭り……。」
俺も夏祭りには行ったことがある。俺の村の神社でやっていた、花火も上がらない小さな夏祭り。両親との記憶が蘇ってきて、胸が切ない気持ちで満たされる。
「行ってみようかな。」
ダンジョン攻略の進捗はダメダメだ。いまだに〈魔王化〉を扱えるようにはなっていない。意識を失うことはなくなったが、力が溢れて気分が悪くなり、すぐに動けなくなるのだ。吐き気や頭痛に耐える訓練をしているような感じ。
「夏祭りか。」
「知っているのか大魔王。」
「いや、少し……な。」
大魔王が夏祭りを知っているなんて意外だ。こいつって人間全員ぶっ殺ーすみたいな思想の持ち主だと思っていたのに。人間の文化にも一応理解はあるんだなぁ。
「行ってみるといい。気分転換にはなるだろう。」
夏祭りは明後日。きっと今頃中谷町では祭りの準備が行われているに違いない。久しぶりに寮に帰ってみようかな。
「あぁ、そうするよ。」
その日、俺は転移装置を使って学園へと戻った。昼間は暑いので戻るのは日が沈んだ後にした。夜の学園は静かで、オバケでも出てきそうな雰囲気がある。戦々恐々としながら自室へと戻り、白市に返信した。
そして翌日。8月11日。白市といくらかメッセージのやり取りをして、明日の午前8時に学園に集合との約束をした。朝早くから行くなんて、祭りってそんなに回るの大変なのだろうか。中谷町の夏祭りの規模は知らないため、俺はそんなことを思いながら1日寝て過ごした。
そしてそして。8月12日。午前7時。すっかり朝のルーティーンを済ませた俺は、学園の校門前に来ていた。今日は祭りということなので、1番イケてる私服で来た。でもやっぱり夏祭りだし浴衣の方がよかったかなぁ?
「む?」
校門前でスマホをポチポチしていると、誰かがこちらに歩いてきた。装いこそ違うものの、俺はその女生徒に見覚えがある。カールした茶髪が印象的なそいつは、1年1組の砂原さんだ。しかも浴衣。彼女は俺と同じく校門前でスマホをポチポチし始めた。
俺は、嫌な予感がした。この先の展開がなんとなく読めたのだ。もしかしたら俺はここにいない方がいいかもしれない。そう思って身を翻そうとしたその時、彼の声が聞こえた。
「おー、もういたのか。悪いな、待たせて。」
現れたのは白市。いつもの数倍ガラの悪い格好をしている。人となりを知らなければただのDQNだ。つうかなんでグラサンしてんだよ。
「全然待ってないし。つか、なにその格好。」
砂原さんはツーンとした態度を取っているが、いつもより声が高い。俺は知っているのだ。砂原さんは白市と話す時だけ声が高いのだ。
「はは、イケてるだろ。スナも可愛いぜ。」
白市は砂原さんの髪に手を添え、グラサンの奥にある少年のような瞳で彼女を射貫いた。まったくけしからん。朝っぱらからなにをいちゃついているのだ。そんなものを見せられるこっちの身にもなってみろってんだ。カーッ、ペッぺ! 気分悪いでぇ、まったくぅ!
「そ、そんなことはいいから。」
砂原さんは赤面させて白市から距離を取る。うむ、まったくいい雰囲気だ。まさに理想のカップルの朝といった感じだろう。この場に俺がいるという点を除けば。
俺は2人に悟られないよう去ることにした。白市には体調を崩したとでも伝えて――。
「あーっ、白市ー。来てやったぜー!」
「ワイ将を呼ぶとはいい心がけやでぇ。」
なんということでしょう。現れたのは佐山とノブです。えぇ。あの残念イケメン佐山くんと太っちょノブくんです。あろうことか彼らがやってきてしまったのです。
「――は?」
これには砂原さんもビックリ。聞いたことない低さの「は?」が出てきました。女性もあんな低い声出せるんですね。
「おー、よく来たなぁ。」
そんなこととはつゆ知らず、白市は呑気に2人を歓迎します。あーっ、見てください。砂原さんの顔。多分、白市と2人っきりで祭りを回れると思っていたのにそれが見事に打ち砕かれた結果怒ったらいいのか悲しんだらいいのか分からないって表情です。
「白市ィィィェェェ!!! なぁにやってんだお前えええええ!!!」
俺は思わず校門の影から飛び出した。
「おっ、小優も来てたのか。」
「来てたのか、じゃないだろ! お前に常識はないのかッ!?」
「あるけど?」
ねぇよ! 白市に常識はありません! お前ひょっとして気づいてないのか? 砂原さんはお前のことが好きなんだよ! じゃなきゃ男に誘われて浴衣なんて着て祭りに来ねぇよ! 可哀想! 普通に可哀想だよ!
「えーっと、後は来るのはトラと……。」
まだ来るの!? お前いったい何人呼んでんだよ!?
「女子連中にも声かけたんだけど、結局来るのは男子ばっかになっちまったぜ。」
声をかけたの!? 他の女子に!? 砂原さんがいるのに!? バカだ! バカがいる! 女難の相が出ている! お前いつか背中から射殺されるぞ!
「ところで、どうしてこんな朝早くから呼び出されたんだ? 祭りを回るにしても、もっと涼しくなってからでもいいと思うんだが……。」
俺の心労も知らずに、佐山は話を進めてしまう。砂原さんの機嫌がすこぶる悪くなっているのを肌で感じる。嫌な汗がにじみ出てきた。
「おぉ、よく聞いてくれたな。実はお前達には店番をしてもらおうと思ってな。」
店番?
「せっかくの夏祭りだ。ただ祭りを回るだけじゃつまらない。そういうわけで俺は祭りの運営委員会に出店の申請をした。」
そんなのよく通ったな。
「で、その店番として人手が欲しかったからお前らを呼んだんだ。」
「あれ? ワイ将らって……?」
「使いっぱしり?」
「つうか俺らが店番やってる間白市はなにするんだ?」
白市はニヤッと笑って砂原さんの肩を抱き寄せた。
「スナと祭りを回るに決まってるだろ。それ以外やることないだろ。」
俺はなんとなく白市がモテる理由が分かった気がした。それはそれとしてこいつはサイテーのクズでもあると思った。
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