第99話 減りゆく夏休み
その後、俺と金屋敷さんは学園に戻ることになった。金屋敷さんの爺やさんが替えの車を用意しており、帰りは歩きなんてことにならずに済んだ。
「私、頑張ってスキルを手に入れますわ。そうしなくては強い冒険者になれませんもの。」
リムジンの中で金屋敷さんはトレーニングメニューの書かれた紙を握りしめて、決意を新たにした。結局、彼女と祖父との約束について詳しく聞くことはできなかった。まぁまた学園であった時に聞けばいいか。
「お嬢様、このリムジンですが緊急で用意したため飛行機能がついておりません。あらかじめご了承ください。」
緊急で用意されたリムジンにもオレンジジュースの出るドリンクバーは設置されている。もしかしてドリンクバーって常設装備なの?
「車で空を飛べたら面白いと思ってつけた機能でしたが……なかなか成功しませんわね。今回ので13回目の墜落ですわ。」
「もう後処理も慣れてきたくらいでございます。」
13回も失敗してるんならもう普通に個人用のヘリでも買った方が早いんじゃ……。
「ンナー、ンナー。」
聞き覚えのある鳴き声が聞こえた。足元からだ。
「あら、この子も連れてきたの、爺や。」
金屋敷さんは屈んで白い子猫を拾いあげた。子猫は腕にすっぽり収まって目を細めている。
「かわいいネコちゃんだなぁ。」
「シャーッ!」
俺が手を伸ばしたら威嚇されてしまった。悲しい。
「この子は私以外には懐きませんのよ。元々学園に迷い込んでいた野良猫ちゃんですから、人に警戒心を抱くのは当然ですもの。」
へぇー、学園に迷い込んでいた野良猫なんだ。野良猫にしては白い毛並みが美しい。大事に手入れされてるんだなぁ。
「名前はなんていうんですか?」
「この子の名前はホッカイドウちゃんですわ~!」
ホッカイドウ? なんという独特なネーミングセンスだ。
「実は、この名前はサッポロ先生の娘さんから取った名前なのでしてよ。」
「サッポロ先生、子供いたんですね。」
「えぇ。20代くらいで、今は公安で仕事をしているとか。でも最近めっきり連絡が取れなくなって心配しているとおっしゃってましたわ。」
公安で仕事かぁ。安藤さんの知り合いかなぁ?
「しかも、その娘さんはサッポロ先生よりも強いらしいですわ~! いつか会って手合わせしてみたいですわ~!」
うーん、先生の子供かぁ。どんな感じなんだろう。サッポロ先生ってわりと冴えない中年みたいな感じだけど、そういう人の子供に限って美人だったりするんだよなぁ。
「ンナー、ンナー。」
「あら、どうしたのかしら。機嫌が悪そうですわ。車酔いかしら。」
猫って車酔いするのかなぁ。
「もう少し耐えてくださいまし。あとちょっとで学園に着きましてよ。」
「ンナンナ、ンナフシャァァァ。」
確かに機嫌が悪そうだ。猫のことはあんまり知らないけど、本当に車酔いしてるのかもしれない。
「お嬢様、ギラに着きました。」
しばらく後、リムジンは緩やかに停車した。私立学園ギラに帰ってきたようだ。
「じゃあ俺はここで失礼します。」
「ご機嫌よう~!」
金屋敷さんとその爺やさんにお礼を言って、俺は寮の部屋に帰った。ちょうど昼過ぎくらいだ。腹が減っていたので冷蔵庫の中を漁り、昼食を摂った。そして今後のことについて話し始める。
「ひとまず、〈身体強化〉は手に入れた。それとついでに武装アイテムも。今ならダンジョンに潜っても攻略できるんじゃないか?」
「まだ焦るな。今の戦力ではまず勝てぬ。〈魔王化〉を1%でも使えるようになれ。そうせねばダンジョンの攻略は難しい。」
大魔王はそう答えた。武装アイテムの力をもってしても、まだまだダンジョン攻略は遠いようだ。
「ま、夏休みは長いし、気長にやるか。」
俺は午後から山に向かい、また修行を始めた。〈身体強化〉で体を補強し、その状態で〈魔王化〉を発動する。しかし物事はそう上手くいくものでもないようで、発動しても制御が利かない。力が暴走するのだ。それを封じ込めるのに必要なのは、精神力だと大魔王は言う。
1日、2日、そして1週間。時間は刻々と過ぎていく。俺はいまだに〈魔王化〉を扱いこなせずにいた。心には徐々に焦燥が募る。大魔王はなぜか親身になってアドバイスをくれるが、スキルのコントロールはなかなか上達しなかった。俺は寮に帰ることもしなくなり、山に籠るようになってしまった。
そして、8月10日。俺に転機が訪れた。バッキバキのスマホに1通のメッセージが届いたのだ。それは他の誰でもない、白市からのメッセージであった。
『夏祭り行かね?』
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