第98話 名刀:異狩

 国寺が地下室から出ていった後、金屋敷さんはもらったトレーニングメニューを見ながら再び体を動かし始めた。よっぽどスキルが欲しいのだろうか。


「くぅ、体の動きが固いですわ~!」


 俺は奮闘する金屋敷さんを座って眺めていた。疲労もすごいだろうに、まだ続けるなんて。まるでなにか焦っているようだ。彼女にも思うところはあるのだろうか。八英と呼ばれるくらいには強いのだ。矜持やプライドが高くてもおかしくはない。そして強さにかまけて傲らず、努力することのできる精神性も持ち合わせている。気高い人物というのはきっと彼女のような人のことを言うのだろう。


「や、やっぱり無理ですわ~! もう体が動きませんの~! 自分が不甲斐ないですわ~!」


「金屋敷さんはどうしてそんなに頑張るんですか?」


 再び突っ伏して足をバタバタさせる彼女に聞いてみた。どうしてひた向きに努力するのかを。


「それはもちろん、強くなりたいからですわ。」


 金屋敷さんはタオルで汗を拭いながら、さも当たり前かのように言った。


「私は冒険者になることが夢ですわ。冒険者は強くなくてはやっていけない職業ですもの。ダンジョンの中では弱肉強食ですわ~!」


「じゃあ、どうして冒険者になりたいんです?」


「それは……。」


 彼女は目を伏せた。僅かに言い淀む。


「それは、約束だからですわ。」


「約束?」


「そうですわ。私の、祖父との。ですから私は冒険者になるためにはなんでもしなくてはならないのですわ。」


 もっと詳しく話を聞こうと口を開きかけたその時、国寺が帰ってきて俺に声をかけた。


「定気、お前って確か剣を使っていただろう。」


「あ、あぁ。そうだけど。」


「そんなお前に渡したい物がある。」


 そう言って彼は手を宙に差し出した。


「名刀:異狩。」


 次の瞬間、国寺の手には見たことのない刀が握られていた。紫色と緑色が幾何学的な模様を作っている鞘、そして同じような色の柄。


「日本刀……?」


 その形は、テレビなんかでたまに見る日本刀の形によく似ていた。いや、似ていたというよりそのものだ。


「そうだ。これは武装アイテム、名刀:異狩。俺の使っている異狩り鎌と同じ性質を持つ日本刀だ。」


 つまり、名前を呼べば手元にワープしてくる刀ってことか。


「定気、貴様にこいつをやる。」


「えっ!? なんで!?」


「実は俺の母親はダンジョン産の鉱物で武装アイテムを作る仕事をしていてな。俺の家にはこういった武装アイテムがたくさんある。普段はこういうのを業者に流して生活費を稼いでいるんだ。」


 そうか。1人暮らしだけど、武装アイテムの名前さえ教えてもらえば手元に呼べるから、母親から武装アイテムを簡単に送ってもらえるのか。


「その中でもこの名刀:異狩は非常に優れた武装アイテムでな。正直売りに出すのはもったいないくらいの出来なんだ。自分で使いたいのは山々だが、あいにく俺に剣の腕はない。だからいずれコイツに相応しい人物が現れたら譲ろうと思っていたんだ。」


「でも、どうして俺なんかに……?」


「それはもちろん、俺の認めた男だからだ。貴様は八英戦で俺に勝利し、俺のトレーニングも完遂した。貴様であれば名刀:異狩を使いこなせるはずだ。」


 国寺から渡された名刀:異狩はずっしりと重かった。普段使っている安物の剣よりも。柄を握ると、意外にしっくりきた。まるで刀が俺を認めてくれているような感じだ。


「名刀:異狩の所有権は今、貴様に移った。呼べばすぐに現れ、元の場所に戻すこともできる。まぁその辺は使いがらおいおい確かめていってくれ。」


 刀を鞘から抜くと、白銀の刃が見えた。鏡みたいに反射している。切れ味もすごそうだ。手入れを欠かさないようにしなきゃな。


「武装アイテムですわね。私も携帯性のある武装アイテムは積極的に取り入れるべきだと思いますわよ。」


「金屋敷は金を使う戦法だから武装アイテムなんていらないだろ。」


「そうでもありませんわ。武装アイテムの真価は脈絡のない力であるという点ですもの。スキルや本人の気質に依存しない力。外付けの能力とも呼べますわ。撹乱、奇襲、様々な使い方がありますもの。」


 金屋敷さんは袖からニュルリと液体の金を取り出すと、その形を自在に変えてみせた。


「私のスキル〈黄金操作〉と〈黄金強化〉はあくまで黄金しか操れません。強化にも限度がありますわ。ですが武装アイテムを使えば、その戦法は一気に幅広いものになりますわ。」


「上位の冒険者ほどたくさんの武装アイテムを所持していると、母親もよく言っていたな。異狩りシリーズは持ち運ぶ必要がないから、そういった点で非常に人気になった武装アイテムなんだ。」


 なるほど。武装アイテムはあればあるだけ戦略の幅は広がるが、携帯という点においてはネックとなる。それを改善したのが呼ぶだけでやってくる異狩りシリーズってことか。


「国寺の母さんってすごいんだな。」


「当然だ。名刀:異狩の譲渡を許可してくれた母に感謝するんだな。」


 さっきはこの刀を譲る許可をもらうために、母親に電話でもしにいっていたのかな。わざわざそこまでしてもらえるなんて、感謝しかない。


「ありがとう、国寺。この刀、絶対に大切にするよ。」


「ふん、当然だ。だが、忘れるなよ。俺はお前を認めはしたが、お前に負けたなどとは思っていない。次戦うことがあれば必ずお前に勝つからな。」


 俺は国寺の目を見て頷いた。こんな物までくれたんだ。こいつの期待を裏切らないくらい、俺はさらに強くなろうと思った。

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