第96話 〈身体強化〉

 次の日。俺は金屋敷さんに校門前に来るよう言われていた。ただ、具体的に何時に来いとかは言われてなかったので、朝6時からずっと校門前で待機していた。


 そして時刻は8時過ぎ。校門前にキキーッとリムジンが止まる。なんか前もこんな展開あったな。


「おはようございますわ〜! ご機嫌麗しゅう〜!」


 オーッホッホッホと現れたのは、八英ランキング4位の金屋敷さんだ。今日もキンキラキンで目に優しくない。


「大変お待たせしてしまって申し訳ありませんわ〜! さっそくお乗りになって〜!」


 リムジンに乗るのも慣れたものだ。


「これは私の愛車ですわ〜! バカクソお高いですわよ〜!」


 上品なのかそうじゃないのか分からない言葉遣いで自身の愛車を説明される。しかし意外に多機能だ。


「ここを押したらオレンジジュースが出ますわ〜!」


 リムジンの中にはドリンクバーを設置するという常識でもあるのだろうか。


「あと私の愛車は空も飛べますわ〜! 爺や、やってくださいまし〜!」


 浮遊感を味わう。窓を見ると、どんどん地面が離れていた。本当に空を飛んでいる。


「すっげぇ、空飛んでるー。」


「これぞ金屋敷家の資金力の賜物ですことよ〜!」


 しかし心なしか不安定な気がする。これ大丈夫なのか?


「爺や〜、もっとスピードをお出しなさ〜い!」


「そ、それがですねお嬢様。ちょっと……コントロールが……。」


 直後、リムジンがぐるっと1回転した。オレンジジュースがぶっ飛び、俺は窓に叩きつけられ、その上に金屋敷さんが飛んでくる。


「せ、制御ができません! 落下します!」


「な、なんとかしてくださいまし〜!」


 叫びも虚しく、次第にリムジンは高度を落としていく。空中できりもみ回転をしながら。車内で俺と金屋敷さんはミキサーのようにあっちこっちに叩きつけられる。


「こんなことならシートベルトをしておけばよかったですわ〜!」


 ステータスの恩恵を受けた人間は頑丈なため、ある程度レベルが高い人は交通事故じゃあ傷1つ負わないこともある。そのためシートベルトを着用することは稀なのだ。


「衝撃に備えてください。」


 爺やさんの声が聞こえたかと思うと、直後に車は地面に叩きつけられた。バウンドしてひっくり返り、ようやく止まる。


「なんとか停車できましたわ~!」


 これは停車ではない。墜落である。


「あ、爆発します。」


 かと思うと車が発火! すぐに衝撃を伴う爆発に変化し、熱波が俺達を襲った!


「熱いですわ~!」


 2度3度音を立てて爆発し、最後には車は木っ端微塵になってしまった。部品があちこちに散らばって落ちている。


「爺や~、生きてますの~?」


 瓦礫と化した車の中から、頭をアフロにした金屋敷さんが顔を覗かせる。俺も金屋敷さんも八英と呼ばれるくらいには強いので、この程度の爆発ではあまりダメージを喰らわない。だが、運転をしてくれていた爺やさんはそうじゃないはずだ。


「お、お嬢様……死ぬかと思いましたぞ。」


 だが、運よく爺やさんは最初の爆発の衝撃で車外に吹っ飛ばされていたようだ。道路のコンクリートから這い出てきた。意外に出血もしていない。丈夫だ。


「とりあえず皆さん生きてますわ~! それなら安心ですことよ~!」


「でも車が壊れたんじゃ、どうやって国寺の家まで行けば……。」


 その時、ちょうど墜落した車の近くにあった一軒家から誰かが出てきた。あれだけ大きな音を出したのだから当然である。


「な、なんか空から降ってきたッ!?」


「あら国寺さん、ご機嫌よう~!」


 なんと、一軒家から現れたのは国寺! 偶然にも国寺の家の前に墜落したのだった!


「これはいったいどういう……。」


「細かいことは抜きですわ~!」


 こうして無事に国寺の家までたどり着いた俺達は、空飛ぶ車での大冒険を説明しながら、国寺の家の中に入れてもらった。


「ちょっとズレてたら俺の家直撃だったって……コト!?」


「お気になさらず~!」


 国寺の家は、1階建ての小さな一軒家だった。見るかぎり1人暮らしのようだ。家の中はわりと綺麗だが、なんか汗臭い。


「それで、今日はなんの用で来たんだ?」


 国寺はお茶を出しながら聞いてきた。


「実は、国寺のスキルを教えてもらいたくて。」


「〈身体強化〉か。それはまぁいいんだが、教えるようなものでもないだろ。」


 国寺曰く、〈身体強化〉はレベルアップと筋トレで得たスキルらしい。つまり、本当に筋トレしてればスキルは生えるんだ。だが俺が奏明の家で特訓をしていた時は生えなかった。なぜだ?


「多分、やり方にコツがいるのだろう。」


 国寺はいきなり上半身を露出し、そのムッキムキな体を見せつけてきた。


「〈身体強化〉は文字通り身体を強化するスキル。つまり、体全体を鍛えなくてはならない。俺は普段から全身運動を心がけているから、そのおかげでスキルを得ることができたのだろう。」


 確かに、国寺の肉体は余すところなくムッキムキだ。腹、胸、上腕二頭筋に至るまで、その全てが分厚い筋肉でできている。


「じゃあ、国寺と同じ筋トレメニューをこなせば〈身体強化〉が手に入るってことか?」


「理論上はな。だが、俺とて並々ならぬ努力でスキルを勝ち取ったのだ。そう易々と得ることのできるスキルではない。」


「ですが私達は、そんな覚悟とっくにできてましてよ。早くトレーニングメニューを教えてくださいまし。」


「あぁ、そう……って金屋敷さんもやるんですか!?」


「当たり前ですわ~! ここまで来て私だけ仲間外れなんて嫌ですわよ~! それに……。」


 金屋敷さんは突然立ち上がると、その手に握り拳を作った。長い爪が強い力で食い込み、皮膚を突き破らんとしている。


「それに……私悔しかったですの。八英戦で、安倍さんになにもできず負けたことが!」


 そういえば、金屋敷さんは奏明に負けていたっけ。アイツは強いから仕方ないと思うけどなぁ。実際勇者の血筋なんだし、同世代で奏明に勝てる奴なんていないよ。


「金屋敷家の者として、敗者であることに満足し立ち止まるなどあってはなりませんの! 私は強くならなくてはなりませんのよ!」


 国寺は彼女の様子を見て、目を伏せた。


「お前は似ているな。」


「似ている?」


「あぁ。俺に似ている。きっとお前なら、俺と同じスキルを得ることも可能だろう。」


 彼は立ち上がると、脱ぎ捨てた上着を拾って肩にかける。


「お前達に教えてやる。俺のスキル、その真髄を。」


 そしてニヤッと笑い、着いてくるよう言った。


「哲郎ブートキャンプの始まりだ。」

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