第88話 人造人間戦(8)

「ッ!」


 人造人間の姿が消えた!? 安藤さんのバフでスピードには対応できているはず。まさかテレポートか!?


「ハッ!」


 安藤さんは防御姿勢を取り、人造人間の攻撃を防いだ。だがおかしい。テレポートじゃないのか? なんというか、攻撃の瞬間が見えなかった。まるでバフが解除されてスピードについていけなくなったみたいだ。


「これは……スキルの強制解除か! 相当厄介な個体だね。」


 安藤さんは青く光る拳を人造人間に叩きつけた。人造人間はよろめき、その場に膝をつく。が、すぐに立ち上がると一瞬で姿を消した。


「私の付与した疲労も片っ端から消してるね。相性は最悪だ。」


「そういえば、俺の〈上下左右〉もいつの間にか解除されてました。」


 普通に空中戦してたから気づかなかったけど、最初に〈上〉を付与したんだから空中戦なんてできるはずないのだ。なのに人造人間は飛んだりしていた。いつの間にか〈上〉を解除したのか。厄介な。


「おそらく他人、あるいは自身に付与されたバフデバフの強制解除って感じのスキルじゃないかな。君の攻撃スキルは無効化されなかったわけだし。」


 確かに。そう考えると理不尽度合いは少なくなる。でも俺は〈上下左右〉で相手の行動を縛るのがメインの戦法だから、普通に相性が悪い。多分発言的に安藤さんもデバフ特化なのだろう。つまりこの人造人間は俺達の天敵みたいな存在ってことだ。


「だけど、そうならそれでやりようはある。」


 安藤さんは右手を掲げると、そこから色とりどりの光が溢れだした。


「〈光魔法〉+〈闇魔法〉+〈炎魔法〉+〈水魔法〉+〈風魔法〉+〈土魔法〉+〈雷魔法〉」


 光はやがて人差し指へと集束し、虹色の束となる。安藤さんはそれを天に向かって射出した。


「〈覆う虹〉」


 虹色の束は辺りに拡散し、半球状のドームになっていく。


「なるほど。このドームで閉じ込めて動きを制限するつもりですね。」


「そういうこと。触れたら多属性攻撃で弾かれる仕様だよ。」


 バフデバフを解除できるなら、そもそも地形を変えてしまえばいいわけか。


「人造人間は逃走をしない。でもとりあえず囲っとけば動きは読めるようになるし、一般人も間違えて入ったりしてこないだろうし。」


 確かに。町中の戦闘だとそういうのも考慮しないといけないのか。


「とりあえず、もう1回〈広域動体視力強化〉をかけておくよ。人造人間のバフデバフ解除にも条件があるはずだ。多分、視認によるものだと思うけど、一応確定はしていないからね。」


「見ただけで打ち消せるスキルってことですか?」


「多分。おそらくそう。私が最初に〈広域動体視力強化〉を君に付与した後、君は人造人間に触れられていないだろう? だから接触が条件ではない。それ以外なら、だいたい視認が条件と相場は決まってるからね。」


 そうなのか。確かに俺の〈上下左右〉も視認が条件だ。となると人造人間の視界に入らないように行動しないといけないわけだ。でもさすがにそんなことはできないだろう。この〈広域動体視力強化〉が続いている間に、相手の情報を少しでも多く手に入れたいな。弱点とかあればいいんだけど。


「ッ! 来るよ!」


 安藤さんの声が聞こえた瞬間、空から人造人間が降ってきた。脚力による跳躍、推進機関による垂直落下、スピードによる威力増加。スキル自体は1つしか見せていないのに、素のスペックが高いからめちゃくちゃ強い。


 だが、まだ俺にかけられた〈広域動体視力強化〉は解除されていない。動きが見える。今ならやれる。


「〈上下左右・上〉!」


 バフデバフを打ち消せるとしても、スキルを発動するためには時間が必要だ。瞬時に〈上〉を打ち消せたとしても、コンマ数秒の隙はできる。なにより〈上〉を打ち消すためにスキルを使えば、〈広域動体視力強化〉を打ち消すことはできなくなるはずだ。人造人間のスキルにクールタイムがあるのかどうかは知らないが、少なくとも僅かだが有利は作れる。


「いい動きだ。」


〈上〉を付与された人造人間は一瞬浮き上がった。しかしすぐに〈上〉を解除したのか、再び落下を始める。その間に安藤さんは人造人間と同じ高さまで飛び上がり、両手を振り下ろして人造人間を地面に叩きつけた。


「畳みかける!」


 彼女の号令と共に俺は人造人間に向かって走り出した。のだが、俺の強化された動体視力は予想外のものを写した。


「ッ! 人がいます!」


 向かい側の店の脇にある階段から、金髪の女性が降りてきた。制服姿だ。多分一般人。きっと逃げ遅れたんだ。


「俺は彼女を保護します!」


〈リーサル・ドゥーン〉でドゥーンを使いきった俺に、攻撃系スキルはない。〈ゆうしゃのいちげき〉も剣がないと使えない。だから俺が今やることは安藤さんの足手まといにならないように動くこと。安藤さんをサポートすることだ。人造人間が一般人を盾にしたりしたら戦いづらくなる。だから今俺がすべきことは一般人の保護!


「まずい! そっちに向かったぞ!」


 しかし、人造人間の足は俺より圧倒的に速い。どういうわけか安藤さんを無視し、人造人間は一般人の方へ向かった。速い。追いつけない。でも……!


「跳んでください!」


 人造人間より速いものが、この場で2つある。1つは音。俺は人造人間より早く走り出していた。俺の位置と人造人間の位置には若干差がある。確かに人造人間は音速くらいの速さはありそうだが、俺の声だって音速だ。同じ音速ならより近い方から発せられた音速の方が速く着く。この場合、一般人の元に先に届くのは俺の声だ。


 だが、一般人が俺の言葉を理解するための時間も必要になってくる。そこで2つ目の、人造人間より速いものの登場だ。それは光。人造人間が俺を追い抜いたその瞬間、俺の視界に人造人間が入った。


「〈上下左右・上〉!」


 人造人間は速い。おそらく走るというより脚力で飛ぶという移動方法をとっているはずだ。だからそこに〈上〉を付与することで、浮かせてバランスを崩し、速度を落とす。


「〈上下左右・左〉!」


 その間に、金髪の女性は俺の言葉を理解してジャンプしていた。彼女に〈左〉を付与してこの場から逃がす。人造人間はまず自分にかかった〈上〉から解除するだろう。その間に金髪の女性は左の方へ飛んでいく。ある程度離れたら再び解除しておく。安藤さんの出した半球に触れたらまずいからだ。


 そして、そうこうしているうちに人造人間は体勢を立て直す。


「解除されるならもう1回かければいいんだよ! 〈上下左右・右〉!」


 まだ〈広域動体視力強化〉は解除されていない。これが解除されれば俺は人造人間を目視できない。今のうちに〈上下左右〉で時間を作る!


「デバフ解除のクールタイムは1秒ってとこかな。」


 人造人間が〈右〉で飛ばされ、それを解除している隙に、安藤さんも人造人間に追いついていた。


「だったら多重デバフは効くんじゃないかなッ!」


 彼女の拳が青く光り、人造人間に乱打される。それまで飛び回り俺達を翻弄してきた人造人間が、この時初めて動きを止めた。デバフを解除した先からまたデバフを付与しているんだ。解除されたらまたかける。それの繰り返しで動きを止めているんだ。


 俺は安藤さんの方を気にしながらも、一般人の方に向かった。半球がある以上外には出られない。俺が彼女を保護しなくてはいけないんだ。

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