第87話 人造人間戦(7)

 次の瞬間、俺はビルの一室で意識を取り戻した。全身に感じる痛み、体から出ている血、割れたビルのガラス、そして驚愕の表情を浮かべる会社員らしき人物の顔。


「まさか――。」


 俺が体を起こそうとした瞬間、再び目の前に人造人間が現れた。


「テレポ――。」


 かと思うと、今度は空中で意識を取り戻した。浮遊感。体が舞っている。いや違う。落ちている。そしてそのまま受け身も取れず、どこかのビルの屋上に落下した。首の骨が勢いよく折れ、視界が傾く。だが死んではいない。HPが高いため、本来なら即死するような場合も耐えられるのだ。俺は無事だった両手で首を無理矢理元の角度に曲げ、辺りを見渡した。


「人造人間の姿は……。」


 見えない。いないのか? だとしたらどこに――。


「後ろか。」


 振り返るとそこには遥か彼方から人造人間が飛んできていた。米粒以下の大きさから一瞬で視界を埋め尽くす距離までやってくる。


「〈切除〉ォ!」


 だがそれだけ時間があれば十分。この人造人間はスピードタイプだ。そして先ほどの行動からある程度知能はあると推測できる。だったらブラフも効くだろう。むしろ効いてくれ。ビビってくれ、俺の〈切除〉に。


「ガッ!?」


 今度は意識を失わずに済んだ。俺はそのまま突き出した手ごと蹴り飛ばされ、十数階ある高さのビルから突き落とされた。当然なすすべなく落下。だがまだ死んでない。


「そういやこいつには〈切除〉の効果を見せてないからブラフの意味ねぇじゃん。」


〈切除〉は物を切断するスキル。しかし生物には使えない。俺のブラフはその、生物には使えないという情報を自分しか知らないという状況を利用したものだ。だがそもそも〈切除〉が物を切断するスキルであると知らなければ、〈切除〉を怖がってはもらえない。完全な判断ミスだ。ちくしょう。


「次は、次はどこから来る?」


 上か? 右か? それとも左? また後ろからか? 町中は遮蔽物が多くてやりづらい。さっきの騒動で一般人は逃げてくれたのが不幸中の幸いか。ヘイトが俺に向いているのも僥倖。


「来いよ! 人造人間!」


 と息巻いてみるのもいいが、今んとこ策なし。あの速さじゃ〈リーサル・ドゥーン〉も当てられない。カスだぜ。リーリエさんに散々褒められた後がこれかよ。情けない。奏明のお兄さんにせっかくトレーニングしてもらったのに、なにも活かせていない。


「あれ? 君、どうしたの?」


 俺はその女性の接近に気づかなかった。辺りを警戒していたにも関わらず、だ。スーツ姿、カバンを持った、パッと見OLのような格好をした女性。睡眠不足なのか、目には隈がある。


「ここは危ない! 人造人間が暴れてます!」


「人造人間?」


 風が吹き、人造人間がその女性に蹴りを入れた。だが、3度体感した俺が、ようやく捉えることができたその速さを、彼女は初見で躱してみせた。


「ワォ、速いね。」


 それだけではない。一瞬、ほんの一瞬だけ、俺には彼女が人造人間にカウンターを入れたようにすら見えた。人造人間は不自然に吹き飛び、幾度か道路を転がる。すぐに体勢を立て直すと、その体躯を揺らしながら女性の方を睨みつけた。


「市民の避難は済んでる。通報直後に現場付近にいた私達が駆り出されたからね。ただ、予想より被害が少なかったのは君がこいつを引き付けてくれていたおかげかな?」


「あ、あなたはいったい……?」


「ヒーロー、保安官、あるいは公安。要は治安維持組織の人間だよ。」


 人造人間は飛び上がった。かと思うと急降下して女性に攻撃を仕掛ける。よく見ると、人造人間の足には以前見た人造人間にもあったパイプのようなものが生えている。そこから水蒸気のようなものを噴射して推進力に変えているのか。


「あれ?」


 違和感を覚えた。おかしい。なんで俺、こんなに人造人間の姿をはっきりと見れているんだ? さっきまで目で追うこともできないくらいだったのに。


「君、よく見たらギラの八英の子じゃない?」


 女性は人造人間の足を掴み、そのまま地面に叩きつけた。コンクリートは割れ、クレーターができる。


「じゃあ、ちょっとは戦えるよね。悪いんだけどお姉さんを手伝ってほしいんだ。」


 人造人間は即座に捕まれた足を振り上げ、女性を空中に投げ出す。かと思いきやその倒れた状態のまま足の推進機関を使って無理矢理攻撃に繋げようとする。


「〈リーサル・ドゥーン〉」


 ので、そこに〈リーサル・ドゥーン〉をぶちこんだ。最大ドゥーン保管量は若干増えて、12万ドゥーンにまでなった。その全てをぶつけたのだ。重低音が響き、人造人間の体は弾かれて向かい側にあるビルの壁に叩きつけられた。


「効いてる……見える……。これはどういう……。」


「そっか。学生さんってまだ本格的にパーティーを組む経験がないから知らないんだね。」


 OLの女性はカバンを肩にかけ直しながら言った。


「〈広域動体視力強化〉。いわゆる、バフってヤツだよ。」


〈広域動体視力強化〉……? なんだそれ、聞いたこともないスキルだ。もしかして、国寺の〈身体能力強化〉みたいなスキルの上位系スキルなのか?


「私の名前は安藤あんどう マユミ。元Aランク98位の冒険者、現在は公安で働いてる。」


 Aランク……98位……?


「さぁ、呆けてないで。来るよ。今日は辛い戦いになりそうだ。」


 安藤さんの視線の先では、人造人間が立ち上がっていた。スピードタイプとはいえ、〈リーサル・ドゥーン〉を耐えるなんてな。ひょっとしたら前回戦った奴より強い可能性もある。覚悟を決めないとな……!

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