第85話 加速する邪悪

 そんなこんなで夕方。俺は安倍家のみんなに見送られながらリムジンに乗っていた。


「私は夏休み中は実家にいようと思う。」


 奏明にもなにか心境の変化があったのだろうか。どちらにせよ、家族からすれば嬉しいに違いない。


「そっか。じゃあ、また学校で。」


 快晴さん、静来さん、雷騒さん、天海さん、あと名前は知らないけど奏明のお母さん。クセはちょっと強かったけどいい人……うん、いい人達だった。ご飯も美味しかったし。


「また遊びに来るといい。歓迎するよ。」


「ありがとうございます。ではまた機会があれば。」


 リムジンが発車する。俺は手を振ってみんなに別れを告げた。


 走るリムジンの中、俺は執事さんに話しかけた。


「奏明の家族、みんないい人達でした。そういえば執事さんは屋敷の中で見かけなかったんですけど、どちらにいらしたんですか?」


「いえ……。」


 生返事、というより口ごもってる感じだ。人と話すのは得意じゃないのかな?


 それなら仕方ないので、俺はリムジンの中でブドウジュースを飲みながら外の景色を眺めることにした。のだが、なぜか急激な眠気に襲われた。疲れだろうか。トレーニングの筋肉痛も抜けていない。それゆえに、体が休まねばならぬと判断したのだろうか。


 気がつくと車は止まっていた。


「着きましたよ。」


 どうやら学園に帰ってきたようだ。リムジンから降りて執事さんにお礼をし、寮へと戻った。たった1日空けていただけなのだがとても久しぶりに感じる。


「さて……。」


 エアコンのスイッチを入れ、冷蔵庫から食物を取り出す。作り置きしておいたおかずとカッピカピの白米。パックの惣菜もある。それらを素早く胃に流し込み、それから風呂に入る。夜のルーティーンを一通り済ませてから、俺は声をかけた。


「で、話を聞かせてもらってもいいか?」


 腹の中から応答がある。もう何度も聞いて慣れてしまった大魔王デスミナゴロスの声だ。


「我は騙してないぞ。」


「いや騙してんじゃねーか!」


「騙してないもん! 異世界の勇者とはひと言も言ってないもん!」


 クソッ、そういやそうだったような気もする……!


「腹の中にお前がいるってバレたら俺も危なかったんだぞ……。そういうことはちゃんと教えてくれよ……。」


「しかし、我にも守秘義務があってだな……。」


 なーにが守秘義務だ公務員みたいなこと言いやがって。魔王が義務に縛られるな。


「それにしても、大魔王を殺したのが奏明のお爺ちゃんだったなんてな。いや、でも大魔王は生きてるんだし、結局奏明のお爺ちゃんはデスミナゴロスを殺せなかったのか?」


「我は確かに異界の勇者に打ち倒された。そして力の大半を失ったのだ。」


 つまり殺されたわけじゃないんだ。なんで奏明のお爺ちゃんは大魔王を殺さなかったんだ? もしかして逃げられたとか?


「そういや他の魔王もなーんか逃げ足早かったもんなぁ。」


「し、し、知らんぞ。我はなーんにも知らんぞぉ……。」


 怪しい。怪しいぜ大魔王。やっぱり前に会ったミナキリキザムやミナオシツブツの仲間なんじゃないのか? 他にも魔王はたくさんいるのだろうか。だとしたら、どうしてそれが世間にバレてないんだ? 魔王と対になる勇者の一族の奏明すら、魔王が複数存在することは知らなかった。でも奏明のお父さんは知っていたような口ぶりだったな。


「そ、そそ、そんなことよりステータスを確認してみよ。新しい邪悪ミッションを追加しておいた。」


 おっ、久しぶりの邪悪ミッションだ。どれどれ。


「ステータスオープン。」


 ■□■□


 定気 小優

 レベル1

 HP 100000/100000

 MP 40/40


 攻撃 108

 防御 114

 技術 79

 敏捷 56

 魔法 52

 精神 88


 スキル一覧

 ・上下左右

 ・切除

 ・魔王化

 ・ドゥーン

 ・ゆうしゃのいちげき



 戦闘力 7676


 ☆邪悪ミッション

 ・出会い系アプリを使おう!


 ■□■□


 ステータスが上がっていた。あの地獄のような特訓には意味があったのだ。しかしそれよりも強烈に目を引く文字列が入ってきた。


「出会い系……アプリ……?」


「さよう。未成年の使用は法律で禁じられている。」


 な、なるほど。法に背くんなら確かに悪いことだ。だけどなんかショボくね? 言うほど邪悪じゃないような……。


「なにより! 勇者の家の者と顔合わせをした後に出会い系アプリで彼女を作る。それが知れればあの連中はさぞ失望するに違いない。クックック、まさに外道……。」


 私怨じゃねぇか! 要は勇者への嫌がらせに俺を使おうってことかよ!


「でも確かにこれバレたら普通に信用問題だぞ。」


 奏明の家族は俺を信用して家に泊めてくれたのに、そのすぐ後に出会い系アプリを使うだなんて。裏切り行為だ。もしクラスメイトの誰かに目撃でもされて奏明の耳に入ったら……間違いなくあのシスコン共は俺を殺しにくる!


「い、意外と過去イチ邪悪かも……。」


「クックック。ちなみに邪悪ミッションの変更はできないし、これをクリアしないと次の邪悪ミッションは出ないぞ。」


 そんな殺生な! 時間を置いてからやってもいいが、夏休みでちょうどクラスメイトが帰省している今の方が目撃される可能性は低いに決まっている。やるなら今だ。今しかない。


「さぁどうする、矮小なる人間よ。」


 さすがと言ったところか。大魔王の発想には驚かされる。こんな邪悪なミッションを思いつくだなんて。


「だがもう、迷いはない。やるぜ。」


「矮小なる人間であればそう言うと思っていたぞ。さぁ、すぐにでも出会い系アプリに登録するのだ……!」

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