第83話 隠し事

 次の日。目を覚ますと隣にはスヤスヤの奏明。俺は状況を理解するのに数十秒かかった。


 まず、奏明の家に泊まったことを思い出した。次に、昨日はトレーニング続きでかなり疲れが溜まっていたことも思い出した。最後に、奏明が俺の部屋に来たことを思い出した。


「いやなんでだよ!」


 とりあえず幾分か筋肉痛から解放された肉体を駆使し、奏明を起こす。


「うーん、おはよう。」


 意外と朝は強いようだ。彼女はすぐにベッドから出ると、軽く伸びをした。


「じゃ。」


 そしてそう言って出ていってしまった。


「なんだったんだよアイツ……。」


 奏明の謎行動(今に始まったことではないが)に困惑しつつ、朝のルーティーンを済ませる。そして朝食。まだ痛む体を動かし、レストランに向かった。


「やぁおはよう、ご友人。」


 レストランでは長男の安倍 快晴さんがワインとナポリタンで優雅な朝食を摂っていた。なぜか燕尾服。パッと見、使用人っぽい。ただし顔が胡散臭いのですぐに快晴さんだと分かった。


「君とはサシで飲んでみたかった。座りなよ。」


「俺は未成年っすよ。」


「はは、小粋なジョークだよ。アレルギーとかはあるかい?」


「あ、アレルギーっすか? 特にはないですけど……。」


「シェフ、客人に合いそうな朝食を頼む。」


 なんか勝手に注文された。まあ別にいいけど。


「うちのシェフは優秀なんだ。」


「そうなんですか。」


「なんたって料理系スキルを12個も持っているからね。」


 スキルってレベルが2上がるごとに生えるんじゃなかったっけ? なんでそんな持ってんの?


「元冒険者なんだ。」


 俺の疑問に満ちた顔を見て彼は答えた。少しすると、見たことのない高そうな料理が運ばれてきた。しかしなんというか、少ない。高級レストランで出される料理くらい少ない。


「いただきます。」


 珍味。だが悪くはない。しかし、しかし量が少ない……。少ないよぉ……。


「時にご友人。奏明とはどうやって出会ったんだい?」


「出会いっすか。確か、入学初日で道に迷っていたらバッタリって感じでした。」


 そう。そうだったなぁ。なんか最初めちゃくちゃ怖かったんだよなアイツ。今では考えられないね。


「まさに運命的な出会いというワケか。」


 快晴さんはワインをぐいーっと流し込む。その表情からはなにも読み取れない。


「気に入らないね。実に気に入らない。」


「そ、そうっすか……。」


「奏明には長らく友人がいなかった。」


 うん。初手罵倒する癖を直したらいいんじゃないかな。


「しかしいつかは、奏明の友人となる人物が現れる。そうなった時、我々家族はどんな人物でも歓迎しようと思っていたのだ。」


 シェフが空になったグラスにワインを注ぐ。赤い液体が波々と揺れ、幻想的な香りを振り撒いた。


「だが、いざその時になると、そうはいかなかった。寂しかったんだ。妹が、誰かに取られるような気がして。」


 再びワインをあおる。酔ってんのかってくらいグイグイ飲む。


「だが分かってくれたまへ。我々は決して君のことを嫌っているわけではない。」


「それは分かってますよ。じゃなきゃあんな熱心にトレーニングに付き合ってくれたりしませんし。」


「君は誠実そうな男だ。金髪のチャラ男とかが来たら問答無用で1回は殺していた。そういった男に、妹は預けられないからな。」


 てことは第一印象は意外とよかったんだ。嬉しいな。


「それで、誠実な君を見込んで聞きたいのだが……昨晩奏明が寝室から消えていた。どこに行ったかは知らないかい?」


 うっかり口が滑って、俺の部屋に来てましたなんて言ったら殺されるなぁ。どう答えよう……。


「うっかり口が滑って……なんだって? 言ってみろ。」


 心が読めるのか!? まずい!


「なにがまずい? 言ってみろ。」


「お、お、お許しください! あれはアイツが勝手に部屋に入ってきただけなんです! お慈悲を! どうかお慈悲を!」


「兄の力を舐めないでもらいたいね。僕に隠し事は通じないよ。まったく、油断も隙もない。」


 そこまで怒っている様子ではなかった。ホッとした。


「ところで奏明って他に友達いないんですか?」


「いないよ。妹は少し他者と壁を作る性格でね。」


「えっ、小中とボッチだったんですか!?」


 嘘だろ、俺でも小学生の頃は友達いたぞ。


「妹にも色々あるのさ。」


 そっか。アイツにも色々あるんだなぁ。


「あ、そういえば……。」


「ん、なんだい?」


「いや、食事中にするような話ではないのですが、その、ネットニュースで見ました。妹さんか弟さんのことですよね。あの5年前の。」


 快晴さんはピンと来ていないようだった。


「5年前、事故で当時5歳だった勇者の家系の子が死んだってニュースです。奏明の5個下の妹か弟さんですよね。なんというか……悲しい事故、でしたね。」


 沈黙。それはほんの2秒くらいだった。その間、僅かに、ほんの僅かに快晴さんの胡散臭い顔が、崩れた。俺の見間違いではない。確かに彼はその瞬間、笑顔を引きつらせた。しかしすぐに元の表情に戻る。


「奏明は末っ子だ。」


「えっ……?」


「奏明の下には妹も弟もいない。」


 えっ、いや、それはあり得ないはず。だって確かにネットニュースで見たし……。あれはデマだったのか?


「さて、そろそろ僕はこの辺で。では、食事を楽しんでくれたまへ。」


 快晴さんは不自然に会話を切って立ち上がり行ってしまった。あからさまに怪しい態度だ。ネットニュースの話を出した途端に、表情が崩れていた。


 俺はいぶかしんだ。ひょっとすると嘘なんじゃないだろうか。本当は奏明の下に、いたのではないだろうか。妹か弟が。そういえば、奏明は昨日手を握って寝ようとしていたよな。あれってもしかして、歳下の子と一緒に寝ていた時にやってたことなんじゃないのか?


 でもそれならなんで快晴さんは隠すんだ? やましいこと……いや、外部の人間に教えたくないのか。口外禁止の重要事項……なのか?


 理由の分からないまま俺は朝食を終えることとなった。このコミカルで少しおかしい家族達には、どうやら隠し事があるらしい。しかもそれは、多分、おそらくめちゃくちゃデカイ隠し事だ。奏明、この家族は、お前はいったいなにを隠しているんだ。

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