第80話 勇者の特訓

「ところで定気くん。今日は泊まっていくといい。」


「えっ、それって……!?」


「勘違いするなよ。君と奏明の寝室は離してある。この館の端と端だ。間違っても奏明の寝室には近づくなよ。」


 おー怖。子離れできてない親はうざがられるぞー。


「これから奏明は久方ぶりの稽古とする。定気くんも参加するかね?」


「せっかく〈ゆうしゃのいちげき〉を習得したのに使えないなんて、酷いステータスだぜ。軟弱さを改善しなきゃな。」


 勇者の血族のトレーニングか。非常に興味があるね。戦闘力を上げられるかも。


「やります。」


「よかろう。みんな、これから中庭に向かうぞ。」


 こうして俺達は中庭に向かった。屋敷の中庭は、学園のグラウンドよりは狭いが、それでも十分な広さだった。


「まずは戦闘能力を測る。トレーニングはそれからだ。まずは定気くん。試合形式だ。兄弟のうち、誰か1人と戦いなさい。」


 えっ、試合形式っすか?


「安心しなさい。この屋敷の中では常に蘇生魔法が発動するようになっている。だから君が死ぬことはないよ。」


 あ、そうなのか。えっ、屋敷全体に蘇生魔法!? 規模デカくない!? 学園だって蘇生リングだったじゃん!


「さぁ、定気くん。選ぶんだ。僕長男と戦うかい?」


「それとも私、次男と戦うか?」


「いやいや、戦うなら三男の俺だぜ。」


 な、悩ましい。1番弱そうなのは次男だ。ヒョロガリだしな。だが頭はよさそうだし、戦いにくそうでもある。逆に、三男の筋肉ダルマは愚直そうだ。やりやすいだろう。さっき母親に簡単に押し退けられてたし。長男は多分1番強いんじゃないかな。長男だし。


「じゃあ三男の……安倍 雷騒さんで。」


「ガッハッハ。やはり戦るならこの俺とだよな。」


 ギュピッ、ギュピッと特徴的な足音を鳴らしながら、彼は近づいてきた。身長は2メートル強。この前見た人造人間と比べても大差ない。


「では、どこからでも掛かってくるがいい。もちろん殺す気で来い。そうでなければ話にならんからな。」


 俺はピキッときた。俺の戦闘力は7000ちょっと。既に人類の数パーセントには入っているだろう。私立学園ギラの八英でもある。そんな俺にこのデカイ態度。噛ませ犬にも程がある。


「じゃ、遠慮なく。」


 俺は本気でボコすことにした。蘇生魔法がかかってるんなら大丈夫だろう。10万回重ねがけドゥーンを喰らわせてやる。奏明の手前、瞬殺されてしまっては兄としての威厳が保てないだろうが、恨むなら煽った自分を恨めよ。


「〈リーサル・ドゥーン〉」


 俺は右手に〈リーサル・ドゥーン〉を纏わせ、その状態で雷騒を殴った。その時、相手の体に〈リーサル・ドゥーン〉を付着させ、その後フィンガースナップと共に爆発させる。


 ドゥーンという重低音が響き、筋肉ダルマの体を震わせた。その威力は人を簡単に殺せる。多分あの人造人間にだって効くだろう。まさに必殺技。これを喰らって耐えられる人間は――。


「ぐ、くははははははッ! 存外やるではないか!」


 しかし、爆発の中から現れたのはあんまり傷を負っていない筋肉ダルマだった。


「今のをもう100発も喰らえば死ぬぞ! いい火力だ。連発はできるのか?」


 できるわけねぇだろ。数日かけて溜め込んだドゥーンだぞ。


「その顔……すぐにはできないようだな。クールタイムがあるのか。それは長いのか? 待ってやりたいところだが、これは実戦形式だからな。加減はしない!」


 次の瞬間、筋肉ダルマは俺の懐に潜り込んでいた。テレポートかと見紛うほどの速さ。普段から奏明のそれを見ていて慣れてこそいるものの、それより遥かに速い。質量の塊みたいな筋肉なのに!


「ふんぬ!」


 一撃。それは多分なんのスキルも乗っていない一撃だったと思う。ただそれだけで、俺は理解した。HPを全損したのだと。そしてそのまま流れるように気絶。


「というわけでおはようさん。」


 したはずなのだが、即座になにかしらの力が働いて俺の意識は復活した。ステータスを見ると、HPが1だけ残っている。


「ふーむ。戦闘力は1万を超えない程度か? だがそれにしては火力が高いな。スキルか?」


「えっと、はい。〈ドゥーン〉ってスキルで。」


「ほう、〈ドゥーン〉か。あの効果音を出すだけのスキル。そのような使い方があるとは知らなんだ。音を圧縮しているのか。」


 1回喰らっただけでスキルの原理を理解してるの恐ろしいよ。やっぱり見かけに反して知能派だなこの筋肉ダルマ。


「あれより高い威力は出せるのか?」


「いえ、無理です。圧縮できる音は10万回が限界で……。」


「なるほど。であるならば、その限界を超えるトレーニングが必要だな。ステータスの強化も必要だ。」


「いいだろう。今の結果を参考にトレーニング内容を考えてやる。頭を使うのは私の得意分野だからな。」


 片目隠れメガネはどこからともなくノートPCを取り出しカタカタし始めた。


「では長男の僕と父さん母さんは奏明を見るとするよ。3人は先にトレーニングルームに行っておいてくれ。」


 奏明、大丈夫かな。なんや三男ですらやたら強かったぞ。もしかしてこの家族、全員奏明より強い説ないか……?

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