第77話 お兄ちゃんズの襲来

 翌日。俺は学園の校門前に来ていた。服はカジュアルながらも1番綺麗で高級なヤツにした。ちなみにスーツは持っていない。


 そして午前9時。校門前にキキーッとリムジンが止まる。何時集合か聞いていなかったので普通に3時間待った。まだ暑くなる前に来てくれただけ幸いと思うべきだろうか。


「おはよう。」


 リムジンから降りてきた奏明は美少女だった。いや、平時でも美少女ではある。しかしなんだ。制服から一転、白いワンピースに身を包んだ彼女は、儚さと上品さを併せ持つ、お人形さんのような可憐さがあった。


「待った?」


「あぁ。3時間ほど。」


「よかった。あんまり待ってなくて。」


 どうやら奏明基準だと3時間はあんまりらしい。どういう教育してんだよ。


「乗って。」


 促されるままリムジンに乗る。運転席には老年の執事さんっぽい人が座っていた。


「お嬢様、本当に実家に戻られるのですか? その方を連れて。」


「うん。」


「そうですか。」


 執事さんは無口な人で、以降は特になにも喋らなかった。やたら広い車内。いるのは俺と奏明2人だけ。なにも起こらないはずもなく……。


「見て見て定気。ここ押したらジュース出てくるんだよ。」


「おおーっ、すげー! これがリムジンかぁー!」


 俺達はガキのようにはしゃぎながら時間を潰した。まぁ道中は他愛もない会話しかしなかった。昨日見た、勇者の家系に起きた死亡事故のことなんて聞ける雰囲気ではなかった。


 昨日見た記事。大阪にある小さな村で、当時5歳だった勇者の家系の子が死んだという内容だった。ダンジョンから出てきたモンスターに殺されたらしい。5年前の事故で、当時5歳だったんだから、今だと10歳のはず。つまり、奏明の5個下の弟あるいは妹の話なのだ。


 デリケートな部分。家族関係の地雷はこれか? いや、違うな。だとしたら今いる家族とピリつくはずがない。事故の原因に関わっているとかか? どっちにしろ、今考察しても仕方がない。


「なぁ、あと何分くらいで着く?」


「30分くらい。」


 東京から出発して1時間30分ほどで向かえる距離。そこが奏明の実家。勇者の家系の住所なんて、普通に国家機密レベル。それはそうだ。勇者は厄災に対抗する者。一般人は厄災のことを知らなくても、勇者のことはなんとなく知っている。勇者の家系は優れた冒険者や保安官を排出する名家。それくらいの認識だ。しかしそれ自体がミーム的防御になっている。本来勇者の家系は死の厄災に対する切り札。つまり、悪しき人間に知れ渡ってはいけないのだ。勇者の家系の住所は。絶対に。


「緊張してる?」


 するさ。するに決まってるだろう。こいつは俺をなんだと思ってるんだ?


「大丈夫。なんかあったらすぐ帰るから。」


 そう気を使わなくてもいい、と声に出そうとしたところ、車が一気に加速した。危うく舌を噛みそうになった。


「高速道路に入ったのかな。」


 奏明は窓の外を眺めている。自由というか、子供っぽいというか。表情は分かりづらいけど、多分楽しそうだ。


「失礼、少し運転が荒くなります。」


 そんな声が聞こえたかと思うと、突然車内がぐるぐると回り始めた。いや違う。車だ。車が回っている。まさかドリフト!?


「い、いったいなにが……。」


「尾行されています。おそらくマスコミでしょう。振り切ります。」


 車は右に左に、それも猛スピードで曲がりくねった。奏明はなんともなしにブドウジュースを飲んでいる。呑気な奴め。


 そうこうしている間にも、俺達は振り回される。ようやく停車した時には車酔いが酷かった。


「なんとか撒けました。最近のマスコミはしつこいですね。」


 車から降りると、どうやらそこは山の中らしかった。スマホをつけてみるが圏外。なるほど、こういうところに隠れてるのか。


「こちらでございます。」


 執事さんの背には、超巨大な屋敷があった。別荘も確かに広かったが、それより広い。というか、ギラと同じくらいの敷地がある。建物は豪華絢爛、まるで洋風の城。こんなものが日本にあるなんて到底信じられない。


「じゃ、行こっか。」


 手を引かれ、俺は巨大な屋敷の中に入った。玄関はなんというか壮大だった。なんか見たことない絵画とか飾ってある。廊下がクソほど長い。高そうな壺がわんさかある。なにこれ、異世界?


「とりあえず父さんと母さんに会わせたい。多分屋敷のどこかにはいると思うから、一緒に探そう。」


「どこかって……この屋敷めちゃくちゃ広いじゃん。見つかるのか?」


「多分。おそらく。きっと。」


 大丈夫かよ。


「でも気をつけて。この屋敷には奴らがいる。」


 奴ら?


「奴らに見つかったら一貫の終わり。だから隠れて行動を――。」


 突然、奏明は言葉を切った。そして廊下の果てに目をやる。曲がり角からギシリギシリとなにかがやってくる。


「まずい……。」


 冷や汗をかいていた。奏明は冷や汗をかいていた。まさか、あの奏明が? い、いったい奴らってなんなんだ?


「逃げ――。」


「いったいなにから逃げようというのだ、そーうめぇーいぃぃぃ!」


 現れたのは、胡散臭い顔をした背の高い男だった。口角を歪ませた様相はまさに悪人。まさにヴィラン。


「悲しい。悲しいぞ。お兄ちゃんはとーっても悲しいぞ。」


 お、お兄ちゃん? この胡散臭男が?


「なんで今日のおはようのメール送ってくれなかったんだ! いつもは欠かさず毎朝5時には送ってきてくれるじゃないか!」


「……今日は実家に帰る予定だったし……。」


「聞いていない! お兄ちゃんはそんなこと一切合切耳にしていないぞ! さっき屋敷の前に我が家のリムジンが停まったからすっ飛んできたんだぞ!」


 な、なんだこいつ!? やたらテンションが高い! しかもシスコン!? 気持ち悪い!


「まぁまぁ、兄さん、そのくらいにしてあげなよ。」


 気持ちの悪い兄を嗜めるのは、片目隠しのヒョロガリメガネ。ま、まさかこいつも……!?


「ところで奏明。どうして昨日お兄ちゃんのおやすみのメールを送ってくれなかったんだい? お兄ちゃんは心配で心配で別荘までスキルで飛んでいったよ。」


「き、昨日は色々あって……。ていうか別荘には来ないでよって言ったじゃん。」


 き、気持ち悪い!? なに、おやすみのメール!? シスコンが追加されたぞ! まさか奏明の言っていた奴らってこいつらのことか!?


「奏めぇぇぇぇぇぇい!!!」


 現れたシスコンブラザーズに気を取られていると、今度はバカデカイ声が聞こえてきた。そしてギュピッ、ギュピッという特徴的な足音と共に、巨大な筋肉ダルマが飛んできた。


「よくぞ帰ってきたと褒めてやりたいところだァーッ!」


 筋肉ダルマは奏明の横までスライディングしてくると、黒目のない眼球で奏明の肉体を舐めるように隅々まで観察した。


「75/57/79。相変わらず肉体は成長していないようだな!」


 気持ち悪い! 嘘だろこいつら。兄弟揃いも揃ってシスコン変態バカ野郎じゃねぇか! 隙を生じぬ3段構えにもほどがある。


「そ、そういうのはやめてって前にも……。」


「なにを言う! 俺はただ愛する妹の健康を案じているだ……け……だ……? 奏明、お前の後ろの男は誰だ?」


 俺は、なんとなく察した。奏明が実家に帰りたくなかった理由。そして、どうして俺に隠れて行動するよう言ったのかを。

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