第76話 夏だし帰省しよう

「は、話したいことって?」


 奏明が俺に話したいこと……。まさか告白!? ついに俺にもカミング春!?


「定気はさ、夏休み実家帰るの?」


 あ、はい違いました。まぁ、そりゃあそうっすよね。奏明が恋愛とか、異世界ファンタジーよりフィクションだわ。とはいえ、実家。実家か。うーんこりゃなんて答えりゃいいんだ? 実家はありませーんおっぴろぴーと答えるわけにはいかないしなぁ。


「いや、帰らないよ。どうして?」


 俺は秘技質問返しで茶を濁すことにした。


「……なんとなく。ただ、もし帰るなら、定気の親の顔とか見てみたいなって思って。」


 おうふ、これは喜べばいいのか? 複雑だな。親多分死んでるんだよな。いや、そのこと自体はもう乗り越えてるんだよ? 乗り越えてはいるし、ワンチャン生きてる可能性も信じてはいるんだけど、村ごと穴に落ちて行方不明なんて答えられないだろ。


「いいね。面白い冗談だ。小粋なジョークってヤツ?」


 俺は茶化した。途端に不機嫌になる奏明。好感度が下がる音がした。でもこればっかりは仕方ないじゃんね。


「い、いや、俺にも色々と事情があってだな……。そ、奏明は実家帰るんだろ? 見るなら俺の親より自分の親を見た方が……。」


「私は帰らないよ。」


 ピシャリとした、冷たい声だった。奏明は愛嬌のある方ではない。しかし、冷たいわけでもない。だが、その言葉の芯は非常に冷えきっていた。


「な、なんでだよ。親御さん、心配してるだろうに。」


 奏明、沈黙。どうやら地雷踏んだらしい。俺、今日はもう喋らない方がいいかもな。


「私にも、事情があるから。」


 ワケアリかー。ワケアリだなぁー。じゃあなーんで家族絡みの話振ったんだよ。訳が分からないよー。


「そ、そうか。じゃあ無理にとは言わないよ。」


「でも……。」


 でも?


「定気が一緒に来てくれるなら、帰れる、かも?」


 ……は?


「どう……かな……?」


 えっ、それってつまり実家に来いと? 俺に?


「定気 小優、だったか。君、ちょっといいか?」


 理解の追いつかない俺に、風紀委員長は小さく耳打ちした。


「君、もしかして安倍に惚れられてるんじゃないのか?」


「そんなわけないじゃないっすか。第一、俺のどこに惚れる要素があるんですか。顔も性格も悪いっすよ俺。」


「そうか? 性格はともかく、顔は愛嬌のある感じだぞ。カピバラみたいで。」


 カッピバウラ!? なんでまたそんなマイナーどころを!?


「とにかく、せっかく誘われているんだ。行った方がいい。勇者の家系と面識を持つことができれば、将来の役にも立つだろう。」


 とは言われてもなぁ。まあ確かに夏休み中やることはないし、俺としてはぜひとも行きたい。しかしお腹の中にいる大魔王は大丈夫なのかな。勇者とは犬猿の仲。もしかしたら、奏明は俺のお腹の中の大魔王を狙っているのかもしれない。


「う、うーん、ちょっと考えたいから時間をくれないか?」


「ダメ。今ここで決めて。」


 うわーん、詐欺商法の手口だよ! こうやって判断力を鈍らせるんだ! 酷い話だぜ!


「分かった、分かった。行くよ。どうせ夏休み予定もないしな。それで、いつ行けばいいんだ?」


「じゃあ明日。」


「明日ァ!?」


 ゆ、勇者の家系って多分名家だよな!? 別荘が寮の10倍くらいあったもんな!? そこに明日行くって!?


「か、家族にはアポとか取ってるのかよ?」


「実家に帰るのにアポがいるの?」


 いるよ。いるだろ。普通はいるんだよ。しかも男連れてくるんだぜ? 俺が親なら泣くが?


「じゃあ明日、学園の校門に来てね。絶対だよ。」


 そう言うと奏明は走り去ってしまった。いやちょっと待て去るな。私服? 私服でいいの? それともスーツ?


「君と安倍の関係は非常に気になるが、私もそろそろ行かなくてはならない。夏休みという長期休暇にこそ、好き勝手する輩が現れるものだ。風紀委員長として校内の風紀は守らなくてはならない。」


 うん、まぁ、頑張ってください。


「では失礼する。ああ、あと分かってはいると思うが1つアドバイスだ。」


「アドバイスですか?」


「勇者の家系は、作法に厳しい。くれぐれも安倍に恥をかかせるなよ。」


 さ、作法に厳しい……。マジかよ。あとでマナー講座とか調べておこうかな……。


 こうして、なんやかんやあって俺はなぜか奏明の実家にお邪魔することになった。この時の俺はまだ奏明の意図を理解できていなかった。しかし、寮で勇者の家系について調べていると、気になる情報を見つけてしまったのだ。俺は正直、そのインターネットニュースに書かれた内容が真実だとは思えなかった。しかし、後にこの情報が、俺の中で莫大な疑問へと変わることになった。


「5年前に……死亡事故?」

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