第5章 夏休み編

第75話 ビギニング夏休み

 期末テストを終えた時期。つまりは7月の中旬。学生にとっては待ちに待ったイベントがあってくる。


「えー、というわけで。明日から夏休みです。学生時代の長期休暇は貴重。社会人になったらこんな長い休みは取れないんだからね。有効活用するんだよ。」


 セミが鳴いている。教室のエアコンは22℃。しかしそれでも蒸すような暑さに、汗はにじみ出て、制服が肌に貼りつく。しかしこんな生活とも今日でおさらばだ。


「今日は終業式やって、大掃除やって解散だから。荷物残さないのよ。あと、寮生で実家に帰る人は書類出しといてね。」


 センコウ先生の退屈な話を聞いたあと、すぐに終業式に出席。バンキング学長の退屈な話を聞き、次は大掃除。こちらはわりと楽しかった。


 あっという間にこの日は終わり、1学期は幕を閉じた。ホームルームの後、俺は仲のいい奴らに挨拶をして、寮に戻った。


 しかし、夏休み。ああ夏休み。やることがない。当たり前だが、高校生の夏休みに宿題や課題なんて野暮なものは存在しない。少なくともこの私立学園ギラではそうだ。というか提出物自体があんまりない。


「やることがない。」


 早々に俺はそう思った。実家はない。課題もない。つまりやることがない。ゲームか、筋トレか、訓練か。夏休み中も訓練場は使えるから、時間を潰せはするだろう。が、果たしてそれでいいのだろうか。だって貴重な休みだぜ?


「うーん、うーん。学園内を探検でもしてみるか?」


 私立学園ギラはとても広い。俺だって学園の中全てを知っているわけではない。平時は上級生の目もあるのだが、夏休み中はほとんどいないことだろう。終業式が終わって少し経ったし、今なら心置きなく探検できるのではないか。


「よし、そうと決まったらさっそく行くぜ。」


 学校のジャージに身を包み、俺は学園内に駆け出した。まだ昼間。炎天下が俺を襲う。立ってるだけでHPが減っていくような環境だ。日陰を利用しながら俺は学園内を探検した。


 まずは旧校舎。こちらはお馴染み。1年生が使う教室は大体この校舎にある。校舎裏にはエックスとかいう不審者が住み着いているので注意だ。


 次に普通校舎。こちらは入ったことがない。しかし今なら入れる。俺は辺りに誰もいないことを確認してからお邪魔した。


 中は旧校舎とかなり違っていた。まず、壁や床がピカピカだ。まるで新築。掃除が行き届いているのかな。しかし問題はそこではない。教室の作りが、旧校舎のものとまるで違った。学生専用のロッカーなんてものがある。嘘だろ、アメリカじゃないんだから。


 恐ろしき普通校舎の様相におっかなびっくりしていると、廊下の突き当たりにある教室が目に止まった。その教室の扉には大きく『空き教室!』と書かれた貼り紙が貼ってあったのだ。つまり、ここは学生のたまり場、秘密基地的な場所に違いない。俺は覗いてみることにした。


 空き教室の扉に手をかけ、ゆっくりと開けようとする。が、開かない。さらに力を込める。も、開かない。体重をかけて全力で引っ張る。にもかかわらず、開かない。


「開かずの空き教室ってか。」


 俺は固く閉ざされた空き教室に敗北し、その場を後にした。それ以外にも、普通校舎は色々旧校舎よりハイテクで、ある種学校らしい感じだった。旧校舎は日本の公立学校だとしたら、普通校舎はアメリカの私立学校みたいな感じだ。ちょうど昔アメリカを舞台にした学園生活コメディをよく見ていた。あれに似ている。


「じゃ、次は行きますか。スーパー校舎。」


 スーパー校舎。頭の悪そうな名前だが、その実態は魔法と科学の結晶。空間歪曲技術により、見た目は小屋だが、中はとんでもない広さになっているらしい。実際、風紀委員会にお世話になった時入った。本当に中はとんでもない広さで、俺は町かなにかかと思ってしまった。すごいな、空間歪曲技術。


 小さな、されど豪華絢爛なその小屋に向かって歩いていると、聞いたことのある声が耳に入った。


「我々風紀委員会としては、君を歓迎したい。しかし私は不思議でたまらないのだ。」


 俺は瞬時に身を隠した。声の方向には、背の高い黒髪の女性と、見慣れたクリーム色の髪をした女生徒がいた。


「安倍、君は八英戦で優勝したはずだ。だというのに、風紀委員会に入る条件として私に指導を求めるとは。さらに上を目指すということか。」


 風紀委員長と奏明だ。なにか話している。風紀委員会のことか?


「うん。私を追ってきてる人達がいるから。」


「ふむ。そちらにも事情があるということか。いいだろう。風紀委員会委員長として、その条件を呑もう。そして改めて歓迎する。ようこそ、風紀委員会へ。」


 2人は握手を交わしている。そうか。奏明は風紀委員会に入ることにしたんだな。それが奏明の判断なら、俺はなにも言うまい。


「ところで、定気 小優、だったか? この前一緒にいたあの男子生徒。」


 と、突然俺の名前が出た!? なんで!?


「彼、さっきからコソコソと盗み聞きをしているようだが。」


 バレてる!?


「そうだね。面白いから放っておこう。」


 放っておかれた!


「バレてるなら隠れてる意味、ないじゃないっすか。」


 放っておかれるのも癪なので、俺は堂々と2人の前に出た。逃げるよりは男らしいはずだ。


「終業式は終わった。大半の生徒は帰宅している。残っているのは部活動に勤しむ生徒か、寮生だけだ。少なくとも君は前者ではない。」


「俺は普通に寮生ですよ。学園内を探検してたんです。」


「そうか。それはご苦労なことだ。無闇な徘徊は風紀委員の取り締まり対象であることを、忘れたわけではないだろうな。」


 は、徘徊が取り締まり対象!? 横暴だ!


「なんだ、その顔は。まさか知らないのか? 下級生は原則、上級生の使用する校舎への侵入を禁止されている。上級生にしか扱い方を教えていない物や施設があるからだ。過去に事故も起きている。これは決して横暴などではない。」


 な、なんという圧! これが風紀委員長!


「そ、そ、そんなことよりお2人さんはなにを話してたんですか?」


 俺はこのまま徘徊を追及されるのは避けたいと思い、話題転換を図った。


「……特になにも。それより、私定気に話したいことがあるんだ。ちょっと時間、いい?」


 そ、奏明が俺に話したいこと……?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る