第73話 勇者の逢瀬
23時。二次会も終わり、焼肉屋から出た俺達は帰路についた。
「なぁ奏明。お前ずっと隅っこでジンジャーエール飲んでたの?」
「うん。話す人、いないから。」
そうか。こいつ俺以外に友達いないんだった。
「ジンジャーエール好きなの?」
「いや? 今日初めて飲んだ。口に合わなかった。」
合わなかったんかい! じゃあなんでずっとチビチビ飲んでたんだよ。
「じゃ、俺達実家だからこの辺で。」
何人かの生徒と道中別れた。その中には空になった財布を見つめて呆然としている白市と、それを慰める砂原さんの姿があった。
「そして!」
「俺達は!」
「寮だぜ!」
佐山、ノブ、江津の3人は寮らしい。上から残念イケメン、女子フィギュア製作系男子、金メッシュ陽キャ。うーん微妙なメンツ。
「あれ、安倍さんも寮なの?」
奏明も着いてきていた。確かに、奏明が寮住みなんて話は聞いたことがないな。
「ちょっと、話したいことがあって。」
と言いながら俺の服の裾を引っ張ってくる。
「あー、なるほど。ちょっとお前ら先行っててよ。後から追いかけるから。」
俺と奏明は寮組と別れ、近くにある河原まで歩いて向かった。ちょうど学園の近くには川があるのだ。うーん、青春っぽい。
「今日さ、戦えなかったね。」
話を切り出してきたのは奏明の方だった。
「そうだな。俺がもうちょっと強ければな。」
「だから今戦おうよ。」
「いや無理だが?」
え? なに? 殺す気? 戦闘力差5倍近くあって蘇生リングもなければ剣もないんですけど?
「大丈夫。〈みねうちのいちげき〉を使えばHPをミリ残しできるから。」
「そういう問題じゃなくてですね。」
奏明はどうやら聖剣を出せるスキルを持っているらしいから、ここでも戦えるのだろうが、俺はそうじゃない。しかも場外判定がないこの河原じゃあ勝ち目は少しもない。
「まず、そもそも場外がないんだから攻撃系スキルを持ってない俺は勝てないよ。」
「羽山さんの時に使ったアレ、使えばいいじゃん。」
「アレは溜めが必要なんだ。クールタイムが長いとも言える。もう1回使うには、時間が必要なんだ。」
そもそも使えてもアレは普通人にぶっ放せるものじゃねぇよ。蘇生リングがないと対人には使えない。
「そっか。残念。」
シュンとしている。そんなに俺と戦いたかったのか? 俺そんなに強くないけど。
「まぁアレだ。また強くなったらその時戦おう。羽山じゃないけど、俺もお前に勝ちたいからさ。」
しょげている奏明にそう声をかけた。すると彼女はハッとした表情で顔をあげる。
「じゃあ、今強くなろう。」
「えっ、今?」
「定気は攻撃系スキルを持っていないんだよね。だったら私の〈かいしんのいちげき〉か〈つうこんのいちげき〉辺りを覚えれば……。」
「ちょ、ちょっと待って! スキルってそんなポンポン覚えられるもんじゃなくない?」
「指導によりスキルが生えることもある。私が今から教えるから、スキル生やして。」
は、生やしてって言われても……。
「〈かいしんのいちげき〉は確定クリティカルの物理ダメージスキルで、〈つうこんのいちげき〉は確定クリティカルの魔法ダメージスキル。確定クリティカルだから相手の耐性を一切無視してダメージを与えられる。どっちがいい?」
ほへぇ、確定クリティカルだと相手の耐性を無視できるのか。だから〈液体化〉を使った不定ちゃんにもダメージ入ってたのね。うんうん、理解理解。ところでクリティカルってなに? 初めて聞いたんですけどそんな概念。えっ? あるの? 現実世界にクリティカルって?
「ほら、剣貸してあげるから。」
そう言って奏明は聖剣を握らせてくる。もうやる気満々だ。
「い、いやぁ、やっぱり無理なんじゃない? つうか、どうせ覚えるなら俺は〈ゆうしゃのいちげき〉が覚えたいな。」
「それは無理。あのスキルは歴代勇者が重ねてきた剣の集大成。半端な人間が真似できるものじゃないよ。」
あれ、今俺ディスられた?
「でもあれカッコいいじゃん! こう、光をバーッって集めて放つんだろ?」
「最初にスキルをぶつける対象を決定する必要がある。で、その後剣の切っ先から光を集めていくの。ガーッ、ドーンって。」
なるほど。分かりやすいぜ!
「まずは対象を決定!」
よし、対象地面! 決定!
「やるだけ無駄だと思うよ。」
「うるせい! 次は光を剣に集める!」
俺は聖剣を掲げた。しかし、光ってなんだ? よく考えたらアレってなんなんだ? 魔法じゃないよな、奏明の言い方的に。多分、空気中の物質を集めているのか? 魔力というより、勇気や希望みたいなフワフワしたものを集めている。多分、そんな感じ。
「うおお! 光よ、集まれー!」
俺は剣の先に光を集める感覚を意識した。すると、辺りからポウッと光の球が出現。剣の方にフヨフヨと集まってくる。
「……マジ?」
光は徐々に剣を覆い、聖剣は光の剣になった。
「定気、それ、振り下ろせる?」
俺は精一杯力を入れ、剣を振り下ろさんとした。しかし動かない。重たいのだ。いや違う。振れないのだ。固いと言った方が正しい。錆びたレバーを無理矢理動かそうとしているような感覚。
「ぐ、ぐううううう!」
動かない。まずい。なにがまずいって、こうしている間にも光が集まり続けているのだ。どんどん剣は大きく、まばゆくなっていく。
「落ち着いて。私に体を委ねて。」
後ろからピタリと奏明の腕が俺の腕と重なった。腕だけではない。背後から体を重ねてきたのだ。当たり前だが、至極当たり前だが、思春期の男子の集中力を削ぐ最大の方法である。
「お、お、落ち着けるかぁ!」
「大丈夫、怖くないよ。」
怖いよ! お前の行動が!
「このスキルは対象指定攻撃。暴発しても対象以外にダメージを与えることはないよ。」
そう言いながら奏明は俺の手にある剣の柄を、俺の手ごと握ると、ゆっくりと振り下ろした。その先には夜の闇を浮かべる川がある。
「〈ゆうしゃのいちげき〉」
光の柱はほとばしる。川に向かって打ち出され、闇を引き裂いて昼間のような明るさを作り出す。
「対象指定攻撃は対象以外にダメージを与えない。だけどそれは対象に必ず当たるってことじゃない。追尾機能はないから、使う時はちゃんと狙うんだよ。」
ホッとしたのも束の間、奏明はこんなことを言ってきた。
「ステータス、開いてみて。」
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