第71話 勇者vs六角

「さぁいよいよ長きに渡る私立学園ギラ八英戦も決勝戦です! 皆さん盛り上がってますかー?」


 うおおおおお! と大歓声。


「会場のボルテージも最高潮。ライブ配信は同接20万人を超えています。」


「やはりトップクラスの冒険者養成校ともなると、人気は凄まじいよね。10月には2年生、12月には3年生の八英戦もあるよね。それが今から楽しみだよね。」


「そうですね。では今宵のフィナーレを司る双雄に入場してもらいましょう!」


 グラウンドの中央、パパパッとスポットライトに照らされる。四角いリングの階段を登る、2人の姿があらわになった。


「まず紹介するのは彼女! なんか入学早々色々やらかした問題児らしいが、実力は本物! 化け物クラスの防御力を以ってして、鉄壁の華を咲かせるだろう! 六角のヴァリアブルゥゥゥゥゥ!!!」


 歓声。圧倒的歓声。やっぱりすごい人気だ。八英だからだろうか。決勝戦の雰囲気ってのもあるだろうけど。


「そして次! こっちは入学早々四天王!? 1年生とは思えない実力で、ここまで全てをなぎ倒してきた! 勇者、安倍 奏明ィィィィィ!!!」


 歓声。わりと歓声。さっきよりは少ない。なぜだろう。奏明も応援してやればいいのに。


「頑張れー、奏明ー!」


「ではいよいよ、いよいよ開始とさせていただきます。私立学園ギラ八英戦決勝戦、六角のヴァリアブルvs勇者安倍。レディーッ! ファイ!!!」


 掛け声と共に気の抜けたファンファーレ。いよいよ始まった。決勝戦が。


「まずは様子見と行こ――。」


「遅い。」


 2人の間合いは50メートル近くあった。その距離をまばたきの合間に詰め、奏明は剣を振るっていた。


「〈液体化〉!」


「〈かいしんのいちげき〉」


 不定ちゃんの全身が液体に変わる。そこに奏明の剣がすり抜けた。


「残念だけどボクに物理攻撃は――。」


 1拍、不定ちゃんの体から赤い血柱が迸った。


「〈サイコキネシス〉!」


 不定ちゃんは浮遊して距離を取ろうとする。奏明の遠距離攻撃は〈ゆうしゃのいちげき〉しかない。空中戦では奏明の方が不利だ!


「あなた、すごく弱いね。」


 と思ってた時期が俺にもありました。奏明は一瞬で空中の不定ちゃんに追いついた。スキルでもなんでもない、ただの身体能力だけで。つまり跳んだのだ。ジャンプしたのだ。


「〈つうこんのいちげき〉」


 不定ちゃんは空中から地面に叩きつけられた。砂埃が舞い、クレーターができた。


「じゅ、蹂躙! なんということだ。一瞬で、一瞬でヴァリアブルさんをお手玉のように弄ぶ!」


 お手玉のようには言い過ぎだろ。


「武装起動! 不定形の衛星ヴァリアブル・サテライト!」


 不定ちゃんは叩きつけられながらも武装を起動していた。彼女の武装、あれは光線を出す能力のはず。しかし奏明の機動力はとんでもない。果たして光線が当たるかどうか。


「〈光線の照射〉+〈屈折〉+〈歪曲〉+〈追尾〉」


 灰色がかった六角形の板から光線が打ち出された。それはなにもない空間で曲がり、くねり、奏明を追尾する。スピードはそうでもないが、それを連続で射出している。


「俺との戦いでは微塵も本気出してなかったのかよ……。」


 奏明は着地すると瞬時に状況を把握。縦横無尽に動き回るビームを避けることは不可能だと判断したのか、なりふり構わず不定ちゃんに突進し始めた。


「そう来ると思っていたよ! 衛星の防御サテライト・ガード!」


 6つの衛星は練り消しゴムのように1つに集まると、巨大な丸い壁となり、不定ちゃんを包んだ。


「おぉーっとこれは! 紫竜白市くんをも破った必殺技、衛星の防御サテライト・ガードです! 数値にして約5000の防御力を誇る最強の壁! これを破れる者はBランク以上の冒険者くらいでしょう!」


 壁となった衛星は、奏明に立ちはだかる。それに対して奏明が取った行動は、意外なものだった。なんと、その場で立ち止まったのだ。


「安倍さん、ここでストップ! やはりなす術ナシかァーッ!?」


 いや違う。きっとこれは、自身を追ってくるビームを衛星に当てて壊そうとしているのだ。俺くらいの戦闘IQがあると分かっちゃうんだよね、やっぱり。


「あなた、やっぱり弱い。すごく弱いよ。」


「なにを……君にこの防御は破れないだろう。」


「破る必要、ある?」


 奏明は聖剣を掲げる。そこに光が収束していき、まごうことなき勇者の剣に変化した。


「あれは、〈ゆうしゃのいちげき〉? 対象指定攻撃は対象を見ていないと使えないはず……。」


「試合開始直後に、あなたを対象に取った。1度対象に取ってしまえば後から遮蔽物に隠れたとしても無駄。」


 えっ、そうなの? じゃあ対象指定攻撃ってめちゃ強じゃん。でも確か、さっきの試合ではそんなことしてなかったような。1度攻撃したら対象を取り直す必要があるのか? それとも他に条件があったり? うーん、謎だ。


「えっ、いや、ちょっ、それ聞いてないって。」


「それからこれも。〈すてーたすへのいちげき〉」


 パリン、となにかが壊れる音がした。それは会場全体に響くような音だったが、なにか壊れたようなものは見当たらない。


「あなたのステータスを破壊した。今のあなたはステータスやレベルといった概念の恩恵を失った状態。もちろんスキルも使えない。」


「えっ、はっ?」


 ガコンと衛星が力を失ったように倒れる。中から唖然とした顔の不定ちゃんが現れた。


「じゃ、殺すね。〈ゆうしゃのいちげき〉+〈かいしんのいちげき〉+〈つうこんのいちげき〉」


「えっ、いやっ、ちょ、ちょっと待って!」


「あ、後これも。〈みねうちのいちげき〉」


 光の剣がいっそう大きくなったかと思うと、奏明の姿がかき消えた。そして地面を悪魔が穿ったような轟音と共に、光の柱が空に昇った。その根本には、黒焦げになった不定ちゃんと無傷の奏明がいた。


「な、なんという、なんということだァーッ!?」


「これが勇者の血族の力。素晴らしいですねぇ。決勝戦で無傷だなんて前代未聞ですよ。」


「し、し、試合終了ーッ! 勝者は、私立学園ギラ1年生最強が今、決まったァーッ! 勇者、安倍 奏明さんです! 勝者、安倍さん! 皆さん、盛大な拍手をどうぞーッ!」


 割れんばかりの拍手。鳴るシャッター音。歓声。それらはいつまでも止むことはなかった。そんな賛辞を受ける奏明は、どこか悲しそうな顔をしている……気がした。

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