第66話 異常

 意識が戻る。俺はひっくり返って背中を打ち付けていた。砂煙が酷く、状況が読めない。〈リーサル・ドゥーン〉は初お披露目にして初使用だった。威力は未知数。下手をすれば俺まで場外に吹っ飛ばされる可能性もあった。


 が……俺は場外には出ていない! セーフだ。残念ながら〈リーサル・ドゥーン〉を使った方の手は消失してしまっているが。


「HPは……あと4000ちょっとか。」


 もう後がないぞ。これが今の俺の最大火力。これ喰らって生きてんならゲームオーバーだ。だが回復でMP枯渇させられれば、あるいは……って感じだな。


「でも見えねぇ。砂煙が……。」


 俺は立ち上がり、歩いた。砂煙の中で視界は悪い。突然襲われたら堪ったもんじゃない。だが、それは相手も同じで――。


「ッ!?」


 いた。羽山だ。だけどおかしい。無傷だ。あり得ない。どういうことだ? 〈リーサル・ドゥーン〉を喰らって無傷だなんて……。


「羽山さんの蘇生リングが発動がしました。よって、勝者定気 小優くん。」


 アナウンスが流れた。その瞬間、とてつもない歓声が聞こえる。


「なんとなんと! 準々決勝第1試合、勝利したのは空間支配人・定気 小優くんだぁー!」


「とんでもない火力の攻撃ですね。これまでの試合で使ってこなかったのには、なにか理由があるのかな?」


 俺がこれまで〈リーサル・ドゥーン〉を使わなかった理由。使いたくなかった理由。それは至ってシンプルだ。〈リーサル・ドゥーン〉は〈ドゥーン〉を溜めて放つ必殺技。つまり〈ドゥーン〉を溜めないと使えないんだ。試合ごとにHPとMPを回復できるが、〈ドゥーン〉を溜めることは難しい。多分、次の試合までには1000ドゥーンも溜まらない。〈リーサル・ドゥーン〉は本当に最終手段だったんだ。


「えっ……アタシ、負けたの……?」


 その最終手段を使わされた。次の試合からはもう〈リーサル・ドゥーン〉に頼れない。だが仕方ない。実際羽山は強かった。あのままじゃ、多分負けてたろうし。


「誇れ。お前は強い。」


「そんなドヤ顔で言われても説得力ないわよ。」


 差し伸べた俺の手を、羽山の小さな手が握る。


「なんか、悔しいけど清々しくもあるわ。」


「そうか。俺としてはもっと泣きわめいてくれると面白いんだが。」


 無言で蹴られた。痛い。


「あんた、頑張りなさいよ。アタシに勝ったんだから。」


「当たり前だぜ。俺は白市にも奏明にも――。」


 その時だった。俺の全身から力が抜けた。羽山の肩にもたれかかるように倒れてしまう。


「ちょ……あんたどうしたのよ。」


 体が動かない。動かせない。指先……口も。言葉が出せない。いや、それだけじゃない。


「……? あんた、なんか、呼吸が……。」


 い、息が苦しい。できない。思うように。呼吸が。なんだこれ。俺の体、どうなっちまったんだ?


「これなんかおかしいわよ!」


 羽山の背中に翼がバサリと生え、辺りの砂煙を吹き払った。


「ちょっと! 定気の様子がおかしいの! 誰か来て!」


 歓声がどよめきに変わる。音は聞こえる。視界もくっきり。だが、体だけが動かない。まるで麻痺してしまったかのように。


「医療班です。症状は……?」


「全身から力が抜けてる。呼吸も不安定。さっきまではなんともなかったわよ。それより早く担架を……!」


「あ、はい。すぐに持ってきます!」


「チッ、もうアタシが運んだ方が速いわ!」


 羽山の腕に抱かれる。そして突如浮遊感に包まれる。風を切る感覚。空がいつもより近い。これ、多分飛んでる。飛んでるのか。飛ぶってこんな感じなのか。


 羽山はものの数秒で着陸した。視界にはテントが見えた。そこに見慣れた人物もいる。


「メアリー婦人!」


「そこのベッドに置いて。診察を始めます。」


 メアリー婦人はベッドに寝かされた俺の服を剥ぎ、胸に手を置いた。


「〈診察〉」


 スキルだ。そういえば、他人の病状を確認するスキルがあるって、前に聞いたことがある。


「……異常がない? いや、これは……。」


 メアリー婦人が視界から外れる。俺は今、テントの天井とにらめっこだ。


「学長を呼んできて。それから羽山さん、悪いんだけど席を外してもらえるかしら。」


「……分かりました。」


 人が慌ただしく走る音が聞こえる。テントの外ではなにやらアナウンスが鳴っている。もう次の試合が始まったのか? クソ。見たかったのに。


「ふぅ……、落ち着かなくては。冷静に……冷静に。」


 カキンという金属音。モクモクとした煙が見えた。この臭い、タバコだ。なんで学校でタバコ吸ってんだよ。


「婦人! 来たぞ!」


 メアリー婦人がタバコを吸い始めて約5分後、バンキング学長の声が聞こえた。その間、俺の体は一切動かない。


「ようやく来たか。さっそく彼の症状について説明する。あぁ、人払いは済ませてあるから安心しろ。」


 あ、いつものメアリー婦人に戻ってる。タバコがスイッチなのか?


「人払い? まさか……。」


「バンキング。貴様の危惧していることではない。おそらく彼の症状は……回復酔いだな。」


 か、回復酔い?


「回復酔いと来たか。ふむ。」


「不思議なものだな。本来回復酔いは小学校までに克服しているものだ。」


「HPの極端な回復に体がついていけなくなると発生する、短期的な意識の喪失……だったな。」


「あぁ。ついでに全身麻痺も起こる。人類がレベルやステータスといった概念に適応できていないため発生するとされる、現代病のひとつだな。」


 えっ、意識の喪失? 俺意識ありますけど!? 体は動かせないけど意識はあるよ!


「呼吸の乱れは激しいが、死ぬことはない。私がいるからな。だが、学長。私の言いたいことは、分かるな。」


「本来幼少期に克服しているべき病が、なぜ今になって発生したのか聞きたいのだろう。」


「その通りだ。回復酔いはHPが急激に回復することで起きる。最大HPの1/8くらい回復すると発生するとされているが……これは今の状況に見合っていない。」


 メアリー婦人は新しいタバコを取り出して吹かす。


「私は今日……いや以前から彼に回復魔法を使っている。今日だけでも、彼の最大HPの倍くらいの量は回復している。だからこそ、おかしいのだ。」


「回復酔いが発生するのは、ほとんど初めて回復魔法を受けた時。彼は1度HPを全快するまで回復魔法を受けている。」


「入学してすぐ、私はHPが0になった定気を蘇生した。その時は回復酔いなんてなかった。当然、そんなことにはなんの疑問も湧かなかったさ。回復酔いなんて、普通の高校生は克服していて当たり前だからな。」


 メアリー婦人は、『普通の』という言葉を強調して言った。バンキング学長は黙り込む。


「おかしいのはそれだけじゃない。私が以前に見た時、こいつのHPはカスだった。だというのに今は化け物みたいな数値になっている。なにをどうしたら短期間でこんなに上がるんだ? ん?」


 バンキング学長を責め立てるように言う。対して学長はなにも言葉を返さなかった。


「なぁ、学長。こいつは生まれた時からレベル1の天才。そういう触れ込みで貴様が裏口入学させたわけだ。だから正直に聞くぞ。こいつ、まだなにか隠しているだろう。」


 その言葉は、心臓を穿つような言葉だった。もはや俺は意識を失っているフリをするしかない。今目覚めてしまうと、この冷え切った空気に耐えられない。


「彼はなにも隠していないよ。本当だ。」


「ならば貴様は、なにか隠しているのだな? 彼に対しても隠し事があるのか? それを知ってる者は他に誰だ? 何人いる?」


「落ち着け、婦人。これ以上は話せない。ここは仮設テントの中なんだぞ。誰かに聞かれたらどうしかる。」


 それはつまり、俺のことは誰かに聞かれたらマズいことなのか。正直バンキング学長のことは信頼していたが、どこか小骨が引っかかっていた。なにか裏があるとは思っていた。そうでなくては俺を学園に裏口入学させるメリットなんてないんだから。


「ならば質問を変えよう。貴様はどこまで知っている?」


 俺は、俺は確かに短期間に強くなりすぎた。だけどそれは身に宿る大魔王のせいで、俺の力じゃない。だから俺自身は別に特別ではない。と、思っていた。だけど、バンキング学長の口ぶりから察するに、それは違うのだ。学長は、俺の知らない俺を知っている。 


「全てだ。」


 バンキング学長は簡潔に、そう答えた。


「そうか。」


 再びカキンと金属音が鳴る。そして辺りに静寂が訪れた。視界はテントの天井に埋め尽くされているが、多分視界の外では学長と婦人が壮絶な睨み合いをしていることだろう。


「貴様がおいそれと話すことを躊躇う案件なら、冒険者ギルド絡みか。まぁいい。今は見逃してやろう。……だが、八英戦が終わったらきっちり事情を話してもらうからな。」


「分かった。必ず話すと約束しよう。」


 そう言ってバンキング学長は出ていった。俺は悶々とした気持ちでその会話を聞いていた。もう息苦しさとか、そういうのは全部忘れて、自分の知らない自分に対する興味で、頭がいっぱいだった。

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