第63話 羽山 風舞戦(5)

 蘇生リングを装着した俺達は改めてリングの上で睨み合っていた。


「試合開始の宣言をしなさい!」


 羽山の号令により、気の抜けたファンファーレが鳴り響いた。試合開始だ。


「さぁ始まりました、私立学園ギラ八英戦準々決勝第1試合、羽山 風舞さん対定気 小優くんです!」


 よし、まずは〈上下左右〉を――。


「ハーッハッハッハッハ!」


 その時、羽山が予想外の行動を取った。なんと試合開始と同時に羽を生やして飛んだのだ。


「あんたのスキルは知ってるわ! あんたに触れられると上手く飛べなくなる。だったら触れられる前に距離を取るのが定石じゃない!」


 あーうん、そ、そうだねー。確かに触れなきゃ発動できないスキルの場合は、距離を取るのが正解だねー。


「この前はたまたま白市と一緒だったから触られてしまったけれど、本来空は私の領域。何人も私に触れることはできない!」


 そう言って羽山は両手から光の弾のようなものを出した。


「そしてこれはアタシの新スキル〈聖魔法〉よ! これによりアタシの火力不足は解消された! このまま空中から一方的に蜂の巣にしてあげるわ!」


 羽山は空高くで高笑いをしながら、光の弾をグミ撃ちしてくる。ので、その全てに〈上下左右・右〉を付与して逸らした。


「……え?」


「なるほどなかなか強くなったみたいだね。じゃ、お疲れ。〈上下左右・右〉」


 空中の羽山に〈右〉を付与。その瞬間、羽山の体は未知の力によって右方向へ引っ張られる。


「キャアアアアアアア!」


 勝った。そう確信した俺は身を翻した。しかし直後、とんでもない暴風が吹き荒れた。見ると、そこには風を吹かせて〈上下左右〉の引っ張る力に抗おうとする羽山がいた。彼女は〈上下左右〉によって引っ張られる方向へ、凄まじい威力の〈風魔法〉を放っていた。それにより、〈上下左右〉で引っ張る力と〈風魔法〉で押し出される力が拮抗して、彼女はその場に留まることができたのだ。


 そして羽を器用に動かし、徐々に降下していく。そして彼女は地面に足を着けた。その瞬間、〈上下左右〉は力を失い、彼女を引っ張る力は消失した。


「驚いた。まさか〈上下左右〉の術中にハマり、生還する者がいるなんてな。」


 と余裕をぶっこいているが、内心めちゃくちゃ焦っている。え、それ対策されたら勝ち目なくない? じゃあなんすか。剣でHPちまちま削って勝てって言うんすか? 俺剣術系のスキル持ってないのに?


「はぁ……はぁ……あんたもなかなか、強くなったようね。」


 肩で息をしながら、彼女は俺を睨みつける。


「だけど、あんたのスキルの弱点も分かったわ。地に足が着いている限り発動はできないようね。」


 いや、発動はできるんですよ。効果が出ないだけで。


「そして! あんたは剣を武器にしている。つまり遠距離攻撃の手段はないのよ! それなら魔法が使えるアタシの方が有利!」


「なにか勘違いをしていないか? 遠距離攻撃がないのはそっちも同じだろう。俺の〈上下左右〉は魔法にも使える。あんたの魔法が俺に届くことはないぜ。」


「あら、勘違いをしているのはあんたの方じゃない。アタシのメインウェポンを、忘れたわけじゃないでしょうね。」  


 突然腹に痛みが走る。血だ。血が流れている。服ごと切り裂かれた。これは……そうか!


「アタシのスキル〈風魔法〉は不可視! あんたの妙なスキルは、見えないものにも適応できるのかしら?」


 クソが! 〈上下左右〉は見たものにしか付与できない! つまり見えない〈風魔法〉には付与できない!


「ほらほら、このまま遠隔から切り刻んであげるわ!」


 突風が吹き荒れ、俺の体に傷がつく。まるでカマイタチだ。ひとつひとつのダメージは大したことないが、積み重なるとマズい。

 

「だったら近づくしかねぇ!」


 近づいて、近距離で〈切除〉を使う。そして再び浮かせてやる。今度は上だ。上方向へ浮かせる。羽山のMPだって無限じゃないはずだ。〈風魔法〉を使い続けていれば、いつかはMPがなくなる!


「近づけるものなら近づいてみなさい!」

 

 再び暴風。俺を吹き飛ばさんと吹き荒れる。さっきから風のせいで実況解説があんまり聞こえない。あとでアーカイブ見返すか。


「ほらほらほらほら、そのまま吹き飛ばして場外に――。」


「〈切除〉!」


 地面を畳返しのように切り出し、一時的な風よけにする。


「ここまで定気くん防戦一方だ! 威勢がいいのは最初だけか〜ッ!?」


 聞こえたら聞こえたでうるさいな、この実況解説め!


「〈切除〉! 〈切除〉!」


 羽山がいるであろう場所を切除。すると手応えがあった。


「ま、またなの!?」


〈風魔法〉で軌道修正を図る羽山。だがその瞬間は、俺の方に風はこない。壁から飛び出して羽山に近づく。そして羽山が再び地面に着いたら、また〈切除〉で壁を作って身を潜める。


「なんかあの壁近づいてきたわね。」


 このだるまさんが転んだを数回行い、ついに俺は羽山をリング端に追い込んだ。羽山は飛ぼうにも飛べず、また逃げようものなら俺に追いつかれる。


「これで近接戦闘に持ち込める!」


 立て続けに〈切除〉を使い、視界を遮る壁を複数作成。それに紛れて俺は羽山に肉薄。


「今だ!」


 真正面。羽山の真正面を捉えた。魔法は飛んでこない。剣を握りしめ、振り上げる。足を踏み込み、必殺の一撃を叩き込む!


 俺はその時、羽山がなにをしようとしていたのかを見誤っていた。普通、視界が封じられても魔法を適当に連射すれば当たりはする。だが羽山はそうはしなかった。踏み込んで、肉薄して、接近して初めて気づいた。羽山の狙い、目的が。


「〈天使の権能・断罪の剣〉」


 羽山の手には、光の剣があった。

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